ひとりで夕食を済ませてネットの新聞を読んでいたら、ミシュランの記事が目にとまった。レストランの格付けをする、あのミシュランである。
格付け調査員を16年間つとめたパスカル・レミという人がマスコミの取材に応じたもので、二つ星や最高の三つ星という評価は編集幹部の独断であり、三つ星の三分の一はその評価に値しないという、つまりは暴露記事である。
編集長は反論しているそうで、そりゃそうだろう。本当のところはどうなのか、わからない。そもそも、「フランスで食事をする」ことよりも、「あしたは燃えるゴミの日なのか、それとも燃えないゴミの日なのか」を知ることの方がはるかに切実なわたしにとって、星の真実はどうでもよろしい。なのに読まずにいられなかったのはレミ氏がこう語っているからだった。
「週60時間以上働き、1人で食事をし、家族とも会えない。孤独な仕事だ」
知りたくもないレミ氏の生活を知ってしまった。何とも言えない悲しみを覚える。そして疑問が浮かぶ。
「レミ氏はなぜ結婚したのか」
だってそうじゃないか。「家族」は常識で妻子のことだろう。妻となる女性にはプロポーズだってしただろう。
「週60時間以上働き、1人で食事をし、家族とも会えない孤独な仕事をしている。結婚してくれ」
妻が涙を浮かべて受け入れる。そんなばかな話があるものか。
「家族」というのは親兄弟のことだろう。未婚なのだ。25歳くらいから格付け調査を始めたとしたら、退職したときは41歳である。親兄弟といっしょに食事をしたい、一度でいいから家族と食卓を囲みたい。16年間ずっとそう願いつつ、しかし、ひとりもくもくとレストランでご馳走三昧だった41歳独身のレミ氏。そんなレミ氏を人はどう思うか。
「すごく気持ち悪い中年男」
家族でなくたっていい。友だちでいいんだ。とにかく誰かと食べたい。ただしレストランだけはごめんだ。家庭料理だ。レミ氏は真夜中に友だちに電話をかける。
「おまえの家で食べたいんだけど」
真夜中に電話を受けること自体とんでもなく迷惑な話だ。しかも「食べたい」と言っているのは、あのミシュランの格付け調査員である。笑ってごまかして切る。それ以外、どんな対処法があるだろう。
記事にはレミ氏の今の年齢がない。ル・モンドをみたが、やっぱりない。
「レミ氏は16歳である」
その可能性を誰が否定できよう。格付けを始めたのは生後間もないころだ。家族とは一度も食事したことがない。週60時間労働だった。孤独だった。
「フランスの労働法はどうなっているのか」
知りたくもないことを知ってしまう悲しさである。
(2004.2.16)