棒が気になっている。
これではなんのことか分からないだろう。棒といっても、そのへんに転がっている木の棒ではない。「ー」である。
「ああ」ではなく「あー」と書く。「ぼう」のかわりに「ぼー」と書く。この「ー」が今絶滅の危機に瀕している。
「ー」は長音符で〈音引き〉と呼ばれる記号である。これは大変便利な記号である。ためしに「ハンバーガー」から音引きをとってみるがよい。
「ハンバガ」
これはどうもいただけない。このことから、音引きの存在価値がわかるだろう。
ところが音引きを使わない人がいる。
「コンピューター業界の人」
コンピューター業界の人はなぜか音引きを嫌うのだ。私は今「コンピューター」と書いた。『広辞苑』『大辞林』などの辞書にも「コンピューター」と書かれている。だがコンピューター業界の人はちがう。
「コンピュータ」
「ター」ではなく「タ」で終わる。プリンターも例外ではない。
「プリンタ」
プリンターをパソコンに繋いで使うときにはドライバーというソフトをインストールする必要がある。だがここでも音引きは省かれる。
「ドライバ」
これはいったいどういうわけか。「ドライバー」と書けば運転手と誤解されるとでも思っているのか。まさかそんなことはあるまい。パソコンに運転手をインストールする人は頭がどうかしている。
語末の音引きの省略に関する規則をある学会が定めているということを先日知った。その規則とは以下のとおりである。
規則1 英語の語尾が -er、-or で終わるものは音引きを省く。
規則2 音引きを含めず三文字以上あれば音引きを省く。 規則3 -yで終わるものは省かない。コンピューターは computer、ドライバーは driver だから規則1が適用されたわけだ。「三文字以下」は、たとえば、カラーやバナーなどである。音引きを省くとこうなる。
「カラ」 「バナ」
意味不明だ。規則3の例ではキー(key)がある。音引きを省くとどうなるか。
「キ」
いくらなんでもこれはまずい。ではユーザーはどうか。語末の音引きをとれば三文字である。
「ユーザ」
ところが、パソコン関係の書籍や雑誌は「ユーザー」と書いている。なぜなら「ユー」の「ー」は文字ではなく記号だからだ。ではこれはどうか。
「メニュー」
「メ」は一文字だ。では「ニュ」はどうか。「ニ」と「ュ」で二文字か。だが五十音では「にゅ」は一文字扱いである。つまり「メニュ」で二文字だから規則2が適用される。したがって「メニュ」とはならない。
パソコンの普及率はすさまじい。パソコン用語は日常生活のいたるところでみられる。いずれ上記の規則がほかの言葉に適用される可能性が高い。
「ローラー」
人は音引きを省くだろう。
「ローラ」
西城秀樹の曲になってしまった。
「ピーター」
これも餌食になる。
「ピータ」
なんだか「ぴー太」に聞こえる。ぴー太。何者だ。鳥か。飼っている鳥の名前なのか。
「ジンジャー」
生姜である。
「ジンジャ」
神社になってしまった。あるいは老人が「ジンじゃ」と言っているようにも聞こえる。
「わしの好物はジンじゃ。女はブラじゃ。余暇はレじゃ。管理人はマネーじゃ」
誰かこの老人を始末してほしい。
(2001.11.25)