パソコンが故障してしまった。
電源ボタンを押しても、うんともすんとも言わない。幸い我が家にはパソコンが二台あるので、この文章は二台目で書いている。
さっそくメーカーのサポートセンターに電話をかけて修理を依頼した。わざわざ拙宅まで取りに来てくれるという。修理が終わると宅急便で送ってくれるそうだ。助かる。
サポートセンターの係の人は女性だった。故障の経緯を話し、修理の申し込みをすると、係の女性が言った。
「お名前の方ちょうだいできますか」
これには面食らった。いや、正確に言うと、面食らったのではなく、「おいおい、おまえもかよ」という気分だった。
「お名前の方ちょうだいできますか」
いったい、いつからこんな言葉が使われるようになったのだろう。
「お名前の方」の「方」がわからない。なんだよ「方」って。しかも、人に名前を訊ねるのに「ちょうだいできますか」はないじゃないか。
「お名前の方ちょうだいできますか」 「いいえ。できません」
わたしはこう答えたくてうずうずしていた。が、ぐっとこらえて、しぶしぶ名乗った。どうして「お名前お願いします」じゃいけないんだ。これでいいじゃないか。だが、ある種の人々は妙な言葉遣いをして平気な顔をしている。
ファーストフード店で品物を注文する。店員が言う。
「おひとつでよろしかったでしょうか」
「よろしいですか」ではなく「よろしかったでしょうか」である。
「敬語として間違っている。けしからん」 怒る人がいる。だが、名古屋ではごくふつうに使われるし、過去形が丁寧語として使われる地方はほかにもある。たとえば東北では「おはようございます」より「おはようございました」の方が丁寧な表現である。スペインでは、デパートの店員などが客を見かけると、「なにをお探しでしたか」と過去形で声をかける。過去形は丁寧語なのだ。こういうケースなら許してやろう。問題は許せないケースだ。
「記入していただいてよろしいでしょうか」
この人は「記入しろ」と命令したいのだ。だが「記入しろ」ではあまりにもぶっきらぼうである。敬語の出番だ。
「記入して下さい」
これで済む。なのに「記入していただいてよろしいでしょうか」などと、わけのわからない言葉遣いをする。
元来「いただく」は、他人から恩恵となるような行為を受ける意味をあらわす補助動詞だ。しかし「記入しろ」はあくまでも命令であって、相手から恩恵を受けるわけではない。ここにはなにが起きているか。
「敬語の暴走」
敬語は、いったん暴走をはじめると、誰にもとめられない。猪突猛進、跡にはぺんぺん草も生えない。
「免許証を拝見させていただいてよろしかったでしょうか」
こんな警察官がいたら、わたしは張り倒す。
「レポートの方、わたし的にはちょっときついかな、みたいな。締め切りの翌日に提出させていただいてよろしかったでしょうか、てゆーか、いい?」
こんな学生がわたしの研究室に来たら、ぶっ飛ばす。
(2002.2.1)