夕空の法則

通報する人

新聞を読んでいたら、自分が住んでいる町の近くで強盗事件があったことを知った。

「15日午前11時50分ごろ、愛知県○○市稲葉町のJAあいち尾東稲葉支店から、『ナイフを持った男が押し入り、カネを奪って逃げた』と110番通報があった。愛知県警守山署は強盗事件として、緊急配備を敷いて男の行方を追っている」

犯人の行方が気になるが、もっと気になるのは通報した人の言葉づかいである。

「ナイフを持った男が押し入り、カネを奪って逃げた」

強盗の被害にあった人が、果たしてこんなふうにすらすらとよどみなく話したのだろうか。記事によれば、通報した人の言葉としてカッコでくくられているから、この言葉どおりに喋ったのだろう。だがそんなことが本当にありえるだろうか。なにしろナイフを持った男に襲われたのである。気が動転してもおかしくはないはずだ。犯人が去って、店の人が警察に電話をかける。そのとき、店の人はどんなふうに喋るか。

「ナイフを持った男が押し入り、カネを奪って逃げた」

嘘だろう。これではまるで教科書の例文の朗読だ。受話器をとった店の人は、本当はこんなふうには喋らなかったはずだ。

「あの、もしもし」
 「はい、こちら警察です」
 「あの、あのですね」
 「どうしました」
 「強盗です」
 「どちらですか」
 「あの、ええと、○○市のですね、稲葉町の」
 「はい」
 「JAあいち尾東稲葉支店なんですけど」

実際はこんな具合ではなかったか。

しかし、新聞の「通報する人」は、なぜか必ずよどみなく喋ることで知られている。

「13日午後8時ごろ、千葉県白浜町白浜の海岸で釣りをしていた男性から、『磯釣りの男性2人が岩場から海に落ち、姿が見えなくなった』と110番通報が入った」

この「通報する人」も弁舌巧みである。

「磯釣りの男性2人が岩場から海に落ち、姿が見えなくなった」

大変な事態である。生死が危ぶまれる。にもかかわらず、「通報する人」は悠揚迫らず、でんと構えている。

「はい、こちら警察です」
 「磯釣りの男性2人が岩場から海に落ち、姿が見えなくなった」

こんな会話があるものか。

「はい、こちら警察です」
 「あの…大変です」
 「どうしました」
 「あの、海に」
 「海に?」
 「…落ちましてね」
 「はい?」
 「だから、海に落ちたんです」
 「誰がですか」
 「いや、わかんないんだけど、二人くらい」
 「二人ですね」
 「たぶん。二人」
 「あなたは今どこにいらっしゃいますか」
 「見えなくなってね」
 「は?」
 「だから、落ちた人が見えなくなって」
 「で、見えなくなったのはいつですか」
 「早く来てください」
 「今どちらにいらっしゃいますか」
 「早く来てください!」
 「ですから、落ちついて、ね、あなたの今の居所」
 「あ、」
 「どうしました」
 「あ、いや、なんでもありません」

だいたいこんな感じになるのがふつうではないだろうか。

「通報する人」はよどみがない。いつか、よどみなく通報してみたいものである。

(2002.1.20)