不況だと言われてかれこれ10年になる。失業率は上がる一方だ。失職して自殺する中高年が多いというニュースを聞くと胸が潰れる思いがするが、反面、海外旅行者の数は史上最高を記録し、町をゆく人はきちんと着飾っており、本当に不景気なのかよくわからないのだった。失業率が高いと言っても5パーセント台であり、10パーセント台が当たり前のヨーロッパ各国に較べれば大したことはない。「物が売れない」と人は言うが、インターネット・ショッピングは大盛況だし、オークションは賑わっている。要は従来の売買形態が変っただけのことではないか。バブル期を基準に考えればたしかに不景気なのかも知れないが、バブルが異常だったと思えば、今の状態はごくふつうだと言えよう。
だが、不景気という言葉には魔力があり、マスコミが煽ると人々は「不景気だな。不景気なんだな」と財布の紐を締め、出費をおさえる。それが顕著にみられるのが結婚式ではないか。
「地味婚」
あまり好きな言葉ではないが、いつしか地味婚が流行りだした。派手な披露宴はやらない、あるいは披露宴そのものをやらず、近親者のみでささやかに結婚式を挙げる。結婚産業で潤ってきたホテルや結婚式場は減益だ。
結婚する人がいれば、離婚する人がいる。近年は30万組近くに上るという。そして離婚はなぜか人知れず行うことになっている。結婚式では参列者から多額の祝い金を巻き上げておきながら、離婚のときはなんの挨拶もない。これは失礼ではないか。
「離婚式」
不景気の今だからこそ、離婚式だ。
司会者は沈痛な面持ちである。
「お二人の入場です」
会場がどよめく。別々の扉から、普段着の夫と妻が入場する。夫婦喧嘩をしていたのか、夫の服はほころんでいる。妻の目の下にはくまがある。
仲人がスピーチする。
「わたしは最初から二人がうまくいくとは思っていませんでした」
次は上司の挨拶だ。
「太郎君は成績もぱっとせず、昔から人を見る目がありませんでした」
妻の上司も黙ってはいない。
「花子さんは家事はやらず趣味らしい趣味もない、人間の屑です」
今度は夫の友人代表だ。
「太郎君、花子さん。このたびは離婚おめでとう。そしてご両家の皆さま、心よりお祝い申し上げます。私はただ今ご紹介に預かりました、太郎君の友人で井上隆と申します。今日は友人代表として、お祝いのスピーチをさせて頂きますが、こういった席でスピーチをさせて頂くのは初めてですので、お聞き苦しい点もあるかと思いますが、どうぞご勘弁ください」
妻の友人たちは祝いの歌を歌う。
「美川憲一の『お金をちょうだい』」
夫婦は別々に各テーブルを回り、キャンドルの火を消してゆく。宴もたけなわだ。司会が言う。
「では最後にご両親による花束返還です」
それぞれの両親が息子と娘に花束を叩きつける。
ぜひとも離婚式をやってもらいたい。ただしわたしは出席したくない。
(2002.3.9)