夕空の法則

ブーム

『週刊文春』の書評欄を読んでいたら、小室直樹の近著『数学嫌いな人のための数学』(東洋経済新報社)の書評が載っていた。評者は「予備校講師」の細野真宏という人である。出だしはこうだ。

「このところ『数学』が静かなブームになっているみたいで、『“数学コンプレックス”を持っている大人向けの数学の本』を目にすることが多い」

言われてみればたしかにそんな気がする。どちらかといえば私も数学は得意ではない。そして、近年、数学が苦手な人に向けて書かれた数学の概説書がたくさん出回っている。過去十年を調べてみた。

秋山仁『数学流生き方の再発見 数学嫌いに贈る応援歌』中公新書
 Jacques Amano『数学嫌いこの指とまれ』遊星社
 シンシア・A・アーレム、秋山仁『みんな数学が嫌いだった』クレスト新社
 藤川大祐『数学する教室 数学嫌いも思わず夢中!』学事出版
 通信勉強指導塾アテネ東大生講師グループ『数学嫌いのための青チャート勉強法』ごま書房
 上野健爾『誰が数学嫌いにしたのか 教育の再生を求めて』日本評論社
 石川英輔『数学は嫌いです! 苦手な人のためのお気楽数学』講談社
 仲田紀夫『算数・数学ランドおもしろ探検事典 "疑問"が解けて好きになれる』評論社
 宇沢弘文『好きになる数学入門』岩波書店

ちょっと調べただけでこれだけある。世の数学者たちは、なにがなんでも人を数学好きにしたくてたまらないらしい。だが私が問題にしたいのは、数学が好きになる方法ではない。書評の言葉が気になったのだ。

「このところ『数学』が静かなブームになっている」

うっかりすると読み過ごすが、注意してほしい。

「静かなブーム」

どういうわけか人はこの言葉をよく使う。ただのブームではない。「静かなブーム」だ。ある酒屋の宣伝文句を見た。

「今、本格焼酎が静かなブームになりつつあります」

テレビ東京ではこんなニュースをやっていた。

「今、緑茶が静かなブームになっているんです」

なぜかブームは「静か」である。その証拠に、こういう人はいない。

「このところアロマテラピーがうるさいブームになっています」

うるさいブームはいやである。

「台湾屋台がやかましいブームです」

やめてほしい。やかましいブームはごめんである。

それにしてもなぜ「静か」なのか。

「静か」にはいろいろな意味がある。まず、物音がせず、ひっそりとしているさまだ。「静かな夜」などである。動かないでじっとしているさまも表す。「静かな海」が好例だ。落ちついておだやかという意味もあるし、口数が少なくておとなしいという意味もある。

「今、葉巻が動かないでじっとしてブームです」
 「今、絵本が落ちついておだやかなブームです」
 「今、シマウマが口数が少なくてブームです」

もしかすると、今は「静か」という形容詞が「ひっそりとブーム」なのかもしれない。

(2001.11.19)