夕空の法則

言うまでもない

朝日新聞のインターネット版を読んでいたときのことだ。画面右隅にこんな項目があった。

「おすすめ最新情報」

いかにも新聞や雑誌で組みそうな特集である。項目が並んでいる。

「年末年始特集 今年イチオシ本は?」
 「テロ関与の証拠か?ビンラディン氏ビデオ」
 「中国茶サロン 青茶=烏籠茶の造り方」

なんだか取り上げる材料のジャンルがめちゃくちゃである。今年の本とテロと中国茶。どんな関連性があるというのか。あいにくわたしはどれにも興味はない。だが、ひとつだけ目に留まった。

「英語ひとくちメモ 『当たり前だろ』は・・・」

はっとした。英語で「あたりまえだろ」はどう言えばいいのか。思わずクリックした。

「ローマ法王(Pope)が、ローマカトリック教会の最高位の聖職者であることは、周知の事実なため米口語で、Is the Pope Catholic?(ローマ法王はカトリック教徒だったっけ?) と言うと『分かり切ったことを聞くなよ、当たり前だろ』の意味になる。Is the sky blue? も同じように使われる」

なるほど、言われてみればそのとおりである。ローマ法王がイスラム教徒だったとしたら世界はとんでもないことになる。空が赤かったら天変地異だ。

「ヨハネ・パウロ二世がこっそり念仏を唱えている」

そんなばかな話があるものか。

「ローマ法王はカトリック教徒か」という疑問文が、アメリカ口語で「あたりまえだろ」という意味で使われていることを、わたしは知らなかった。手許の『ランダムハウス英語辞典』を引いてみた。載っていた。さらに別の表現もある。

「ローマ法王はポーランド人か」

ヨハネ・パウロ二世はたしかにポーランド人である。こんな質問をする人はどうかしている。だからこそ「あたりまえだろ」という意味になる。

ところで日本語では「あたりまえだろ」をどう表現しているだろう。

「あたり前田のクラッカー」

古い。往年の藤田まことのギャグだ。もはや死語である。

「あたりきしゃりきのこんこんちき」
 「あたりきしゃりきのくるまひき」

たしかにこういう言い回しはあるが、実際に口に出していう人は滅多にいない。ならば新しい表現を考案してはどうか。幸い英語の例がある。それにならってみよう。

季節は冬だ。友人が「寒いね」と言う。あたりまえである。冬だ。寒いに決まっている。すかさず言おう。

「納豆はねばねばするか」

いいのか。これでいいのだろうか。いいはずである。なぜなら、これは「言うまでもないこと」だからである。「言うまでもないこと」をわざわざ言ってこそ、「あたりまえだろ」の意味になる。

友人と喫茶店に入る。友人が言う。

「あったかいね」

あたりまえだ。暖房が効いている。迷わず言おう。

「おすぎはオカマか」

コーヒーが運ばれてくる。友人が言う。

「おいしいね」

ためらってはいけない。

「おまえは人間か」

あなたの日本語は豊かになるだろう。ただし、間違いなく、友人を失う。

(2001.12.17)