地下鉄に乗った。
ふだんは車を運転する。地下鉄に乗るのは稀だ。久しぶりに駅に行くと、駅前はクリスマスのイルミネーションで輝いている。もう師走なのだ。
切符を買おうとしたら、券売機の前に柱がある。そこに看板がある。
「駅構内及び車内で次の行為をすることを禁止します」
今まで注意したことがなかったが、地下鉄に限らず、駅にはこういう注意書きが必ずある。わたしははじめてじっくりと読むことにした。
「1. 物品の販売・陳列・配布・ビラはり」
外国の地下鉄に乗ると、よく車内で詩人が自作の詩集を売ったり、マイノリティーが物乞いをするのを見かけるが、日本ではまずお目にかからない。
「2. 演説・勧誘・募金・署名運動等。」
たしかにこれらの行為は駅の構内や車内ではなく、駅の入り口や広場で見かける。
「3. 他人に迷惑を及ぼすおそれのある行為。」
どんな行為だろう。
「ヨーデルを歌う」
はた迷惑だ。車内でヨーデルを聞かされてはたまったものではない。
「バーベキュー」
車内にバーベキューの臭いが充満する。これはいやだ。
看板の注意書きには続きがある。
「車内へ次の物品を持込むことを禁止します」
持ち込んではいけないものがあるらしい。
「1. 危険物及び他に危害を及ぼすおそれのあるもの。」
なんだろう。サリンか。サリンはまずい。炭疽菌もだめだろう。
「3. 動物(愛がん用小動物で容器に入れたものを除く)。」
「愛玩」と書かず「愛がん」と書く。思わず「愛癌」という字が頭に浮かんでしまった。ペット以外の動物はだめらしい。牛はまずいのだろう。馬も拒絶されるにちがいない。豚はどうか。
「豚ですし詰めの地下鉄」
こんな地下鉄に乗るのはごめんである。
「4. 規定以上の大きさの物品。」
だが肝腎の規定が書かれていない。どこまでなら許されるのだろう。
「冷蔵庫」
持ち運ぶのは大変である。そもそも冷蔵庫は持ち運ぶものではない。
「墓石」
なにを持ち歩いているんだ。
「5. 乗客に迷惑をかけるおそれのあるもの。」
なんだろう。
「リオのカーニバル」
祭りだ。それもリオのカーニバルである。サンバが轟く。裸同然の美女たちが腰を振り踊る。だがカーニバルは「物品」ではない。
「火鉢」
なぜそんなものを持ち歩く。寒いのか。火傷が心配である。
「6. その他係員が持込むことを不適当と認めたもの。」
「その他」ではあまりにも漠然としている。
「ダ・ヴィンチの『モナリザ』」
なぜそんなものを持っているのだ。盗んだのか。
「奈良の大仏」
持込む以前に、これを持ち上げる人がいることが信じられない。しかも地下鉄に持込む。どういう人間だ。
だがわたしがなにより驚いたのは二番目の注意書きである。
「2. 死体。」
死体は「物品」だという。しかも持込みを禁止しないと、車内に持込む人が後を絶たないらしい。町を歩く。人々がカバンに死体を入れて持ち運んでいる。
町は驚きで満ちている。
(2001.12.5)