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距離

本で読んだり映画で耳にしたことはあるけれど、実際に口にしたことがない言葉というものは意外に多いのではないだろうか。

「君の瞳に乾杯」

言わずと知れた『カサブランカ』のハンフリー・ボガードの台詞だ。君の瞳に乾杯。こんな言葉を誰が、どんな場面で口にできようか。誰もがハンフリー・ボガードになれるわけではないように、誰もがイングリッド・バーグマンを恋人にできるわけではない。この台詞は、映画『カサブランカ』のボギーとバーグマンだからこそ許される言葉だ。このことから、言葉はしかるべき状況のもとで用いられるということがわかる。だが、なかには、どういう状況で用いられているのかわからない言葉もある。

「たまにはがっかりしておかないとね」

誰が誰に対して発言しているのか。光景が思い浮かばない。そもそも「がっかりしておかないとね」とはなにごとか。なにも、がっかりしなくたっていいじゃないか。

「君はせいぜい蛇口のパッキンだな」

蛇口はわかる。蛇口にはゴム製のパッキンがついている。それはいい。問題は「君は」だ。「君は」のあとに「蛇口のパッキン」が続くと、どうも困ったことになる。いったいなにを言いたいのだろう。

季節は冬だ。冬といえば鍋である。

「鍋はリスに限りますなあ」

どんな鍋だ。リスの鍋か。リス鍋か。リスを煮るのか。発言者の正体がわからない。どこの誰なんだ。「限りますなあ」という口調から判断するに、女性ではなく男性だろう。職業はなにか。「鍋はリスに限りますなあ」とつい口にしてしまう職業。

「美容師」

なぜ美容師なんだ。だいたい「鍋はリスに限りますなあ」なんてことを言う人間はこの世にいないだろう。だが、「鍋はリスに限りますなあ」という言葉は存在する。現に、ここにこうして書かれている。存在する以上、それにふさわしい状況なり文脈というものがあってしかるべきだ。

「美容師の新年会」

だからどうして美容師なんだ。「鍋はリスに限りますなあ」と「美容師」はかなりかけ離れている感じがする。だが、「鍋はリスに限りますなあ」がかけ離れていない職業というものが思い浮かばない。「鍋はリスに限りますなあ」と「美容師」とを隔てる距離。問題は距離だ。

「脱いでこそのシャッポだぞ」

誰だ。こんなことを言うのはいったい誰だ。今時「シャッポを脱ぐ」はないだろう。しかも「脱いでこそのシャッポ」である。誰が、どんな状況で、これを口にするというのか。

「質屋が、放蕩息子に説教しながら」

わからない。そういう状況というものが存在する可能性は否定しないが、「脱いでこそのシャッポだぞ」にこめられた意味がつかめない。「脱いでこそのシャッポだぞ」と「質屋」の距離は、「鍋はリスに限りますなあ」と「美容師」の距離に等しく感じられるから不思議である。

「『濡れ手で粟をつかませたらわたしの右に出る者はいないわよ』と豪語する戸籍係」

人は距離についてしばしば無自覚である。

(2002.1.18)

夕空の法則