流行語大賞が決まった。
毎年自由国民社の『現代用語の基礎知識』が選んでいる。今年は小泉首相の言葉が選ばれた。
「米百俵」
「聖域なき改革」
「恐れず怯まず捉われず」
「骨太の方針」
「ワイドショー内閣」
「改革の『痛み』」
「米百俵」は山本有三の同名小説に由来する。明治維新直後の旧長岡藩の人々が官軍との苛酷な戦闘で日々の糧にも窮していた。そこに支藩の旧三根山藩から百俵の米が届けられ、人々がこれに飛びつこうとしたが、大参事の小林虎三郎が「この百俵の米を資金として学校を作り、人を育てることが長岡藩にとって大切だ」と説いた話である。その結果、日本初の公立学校が長岡にできて、多くの俊英が育ったという。
こんな話は、じつはどうでもよろしい。「流行語大賞」
いったいこれはなんのために存在するのだろうか。第一回目の授賞は1984年である。この年の大賞を覚えている人がいるだろうか。
「オシンドローム」
NHKの「おしん」だ。日本人がすっかり感情移入して視聴率は驚異的に伸びた。ところでこの言葉を発明したのは雑誌『TIME』のジェーンジェーン・コンドンという記者である。今、この言葉を使う人はいない。記憶している人ももはやほとんどいないだろう。
1985年の大賞はどうか。
「分衆」
こんな言葉を使う人にお目にかかったことがない。日本人の価値感が多様化・個性化・分散化し、従来の均質的な「大衆」のかわりに生まれたのが「分衆」だという。
「ブンシュウ」
発音してみる。頭にどんな漢字が浮かぶか。
「文集」
これしかあるまい。
1987年の「表現賞」はこれだ。
「朝シャン」
なつかしい。なつかしいと同時に、はずかしい。当時は朝シャン用の洗面台が飛ぶように売れた。今はそんな話はさっぱり聞かない。「朝シャン」はどこに行ってしまったのか。
1988年の「大衆賞」を見てみよう。
「しょうゆ顔・ソース顔」
あったよな、たしかにあったよなと思う。だが今はすっかりすたれてしまった。由来が少年隊の東山紀之と錦織一清だということさえ、忘却の彼方に葬り去られている。
比較的最近のものはどうだろう。1997年の大賞である。
「失楽園(する)」
こんな言葉が流行っていたのか。なんだか気が滅入る。
流行語の歴史をふりかえって気がついたことがある。
「すべて今は死語」
流行語大賞は死語予備軍だ。どれも瞬間最大風速のような言葉である。
「くれない族」
「千円バック」
「ネバカ」
「プッツン」
「ハナモク」
「カイワレ族」
「デューダする」
「イカ天」
「アッシーくん」
「ヤンママ」
「チョベリバ」
「たまごっち」
「だっちゅーの」
「カリスマ」
死屍累々である。
だが、ひとつだけ、今でも現役をつとめている言葉を見つけた。1992年の新語部門金賞だ。
「ほめ殺し」
いわゆる「佐川スキャンダル」を取材した『サンデー毎日』の小林泰一郎編集部員の造語である。
生き残る言葉には生命力がある。そんな言葉を生み出したいものである。
(2001.12.8)