夕空の法則

セキセイインコ

セキセイインコを飼っている。名前はレモンだ。頭の先が黄色い。それにちなんでレモンと名づけた。

レモンは私によくなついている。朝、籠の扉を開けると待ってましたとばかりに私の肩に乗り、ピーピーと啼く。それから体中を散歩して、服のあちらこちらを嘴で突っつく。顔や指を軽く噛むこともある。痛くはない。いわゆる「あま噛み」というものだ。

食事をしていると、必ず飛んできて箸の上にちょこんと乗り、おこぼれにあずかろうと目を凝らしてキョロキョロする。かわいい。なんてかわいいんだおまえは。目に入れても痛くないとはこのことだ。

話は変わるが、私はこの「夕空の法則」をパソコンのワープロソフトで書いている。毎朝の日課だ。するとある朝、執筆中の私のところにレモンが飛んできた。いつものように肩に止まる。「おはよう」と挨拶すると、ピーと啼く。だがその日はそれだけでは済まなかった。

レモンがパソコンの上に乗ったのである。キーボードの上を歩き始めた。どうやら私の作業に大変興味があるらしい。レモンは興味津々でキーボードの上をちょこまかと歩き回る。そして、キーボードの文字を押し始めたのだ。

セキセイインコがパソコンで文章を書く。

私は興奮した。

今まではピーピーと啼くことでしかコミュニケーションがとれなかったレモンが、ついにパソコンを使うことを覚えたのだ。興奮せずにいられようか。もしかするとセキセイインコの歴史に一ページを刻む偉業かもしれない。ギネスブックに載るかもしれない。殿堂入りするかもしれない。いや待て。インコに殿堂はあるのか。聞いたことないぞ。まあ、それはいい。とにかく歴史的瞬間であ。

レモンは必至にキーボードを嘴で押している。私は固唾を飲んでその仕草に見入った。期待に胸が膨らむ。パソコンを通じての人間とセキセイインコの初のコミュニケーション。はやる心をおさえて私は見守った。

レモンのメッセージが画面に現れた。

「ねねねねねねね」

思わず絶句した。分からない。なにを伝えようとしているのか、さっぱり分からない。「ね?」と相槌をうながしているのだろうか。それともただ「ね」という言葉が好きで好きでたまらないのか。いくら考えても分からない。するとレモンは新たなメッセージを発信した。

「ほほほほほほほ゜゜゜゜゜゜゜゜゜゜゜゜」

私は唸った。これほど難解な言葉は生まれて初めてだ。「ほ」は分かる。「゜」も分かる。だが、こう続けられるとなにがなんだかお手上げである。餌をねだっているのか。眠いのか。ひょっとすると「ブッシュさん、あなたのやっていることは人道に反することですよ」と言っているのかもしれない。だがなにしろ「ほほほほほほほ゜゜゜゜゜゜゜゜゜゜゜゜」である。困った事態になった。レモンが必至になって書いてくれた文章を解読できない。人間が発明した文字を使ってわざわざ書いてくれたのに。私は自分が情けなくなった。レモンに申し訳ない。するとレモンは、私の心のうちを読んだかのように、こう書いた。

「゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛へへへららら」

セキセイインコと人間が理解しあうまでの道のりは長く険しい。

(2001.10.29)