夕空の法則

いやらしい

成人向けの映画や漫画や小説のタイトルは、どうしてどれもこれも似通っているのか。まるで決まりでもあるかのように、同じような語句が頻繁に用いられる。代表的なものは「淫」だ。

「淫らな欲望」

この言葉を聞いて、「おいしいハーブティーの入れ方の本だな」と思う人はまずいない。「淫ら」という言葉は辞書にも載っているからまだいいが、ときどき「淫夢」「淫美」「淫獣」などの不思議な熟語に出くわすから面食らう。

どうして「淫」なのか。考えられる理由は、「淫」という字のもつイメージ喚起力だ。おそらく成人向けの本や映画が好きな人にとって、「淫」の文字はたまらない誘惑装置として機能するのだろう。読書欲がかきたてられる。映画を観ずにはいられない。これがもし「厳」だったら話は違ってくるだろう。「岩」はまずいと思う。「塩」もダメだろう。「力」を見るとつい欲情を覚える人はどうかしている。

どうやら「淫」でなければならないことになっているようである。この字があればこその売り上げである。「淫」さえ使えば売れる。ならば、なかなか売れそうにない本のタイトルにも使えばいいのではないか。

農林水産省『農林水産省統計表 淫らな午後』

たちまち増刷りだ。飛ぶように売れる。「改訂版はまだか」という質問の電話が農林水産省に殺到する。農水省は嬉しい悲鳴を上げるだろう。

頻出する語句は「淫」だけではない。「したたり」がそうだ。

「白いしたたり」

素直に考えれば、白い液体のしずくという意味しかないはずなのだが、特定の文脈でこの語句が用いられると、ある種の人は体がむずむずするらしい。これだって応用が利くはずだ。

NHKテレビ中国語会話 紹興酒のしたたり

これでいいのだろうか。いいはずである。なにしろ「したたり」だ。

だが成人向け語句のチャンピオンといえば「人妻」ではないだろうか。

「昼下がりの人妻」

「昼下がり」と「人妻」を並べただけで、なぜいやらしい感じがしてしまうのか。「人妻」のせいだろうか。試しにほかの言葉と繋げてみよう。

「人妻と金魚」

いやらしいだろうか。分からない。人妻と金魚の関係がまるで見当がつかない。だが、人によってはたまらない魅力があるかも知れないから言葉は侮れない。

『ドラえもん のび太と恐竜 人妻争奪戦』

あまり卑猥な感じはしないと思うが、ふだんは子供に手を引っ張られてしぶしぶ「ドラえもん」の映画につき合わされているお父さんも、ひょっとするといそいそとはせ参じるかも知れない。

では「昼下がり」はどうか。

内閣府『平成13年度 昼下がりの国民生活白書』

いったい何を調査しているんだ。「昼下がり」そのものにはいやらしい感じはしないが、「人妻」と組み合わせられると突然そこには淫猥な空気が立ち込める。

いずれ思いも寄らない組み合わせの言葉で人々が発情してしまう可能性は誰にも否定できない。「大工の夢」と聞いて顔を赤らめる女性が現れる。風俗店の看板に「実存と本質」と大書され、子供が「お母さん、あれ、なんて読むの」と訊ねる。お母さんは子供の手を引っ張って言うだろう。

「子供が見るもんじゃありません」

(2002.4.14)