夕空の法則

寒いから

日課としてスポーツ新聞の芸能欄に目を通しているのだが、驚かされるのは有名人の結婚と離婚のニュースの多さだ。とくに結婚である。他人が誰と結婚しようが知ったことかと思うのだが、世間は他人の結婚に目がないようである。

誰に命令されているわけでもないのに、自分の思想や行動がそれに規定されてしまう観念をイデオロギーと呼ぶが、少なくとも日本人の大半の人の意識を律しているイデオロギーのひとつは「結婚」ではないか。

誰かと雑談に興じているとき、有名人や知人の結婚が話題に上らないことは稀だろう。どういうわけか、人は結婚について話をしたがるものである。ほかの話題でもいいはずなのに、なぜか結婚だ。そのせいか、古今東西の多くの賢人たちが結婚について発言してきた。そして、彼らの名言名句はたいてい、結婚生活における男の悲惨さに言及している。たとえばショウペンハウエルだ。

「結婚とは、男の権利を半分にして義務を二倍にすることである」

妻はカルチャーセンターでフラワーアレンジメントを習い、昼食はお友達と千五百円のフランス料理のランチだ。午後は喫茶店に河岸を変えてケーキのバイキングで盛り上がり、夕方はエステサロンでネイルアートだ。一方、夫は一ヶ月のお小遣いが三万円で、昼食は二百五十円の牛丼である。妻と顔を合わせるたびに、「もっと稼ぎなさいよ」「はやく水道のパッキン交換して」「ゴミは八時前に出しなさいって言ってるでしょ」「たまにはどっか連れてってよ」と、注文の雨が降る。ベーコンは言う。

「結婚する男は七年も老いたと思うであろう」

結婚しただけで男は老け込む。無理もない。妻はフランス料理のランチなのに、夫は牛丼なのだ。老けるなという方が土台無理な相談である。それほど結婚というものはつらいものらしい。チェーホフは言う。

「結婚生活でいちばん大切なのは忍耐である」

つらいのだな。結婚はよほどつらいものなのだな。長谷川如是閑の言葉が追い討ちをかける。

「男子は結婚によって女子の賢を知り、女子は結婚によって男子の愚を知る」

まったくもって夫はダメらしい。夫は妻の浮気になかなか気づかないが、妻は夫の浮気をたちどころに見破るという話をよく耳にする。恐ろしい。妻ほど恐ろしい生き物がこの世に存在するだろうか。

どうやら男にとって結婚とは、忍耐であり、束縛であり、地獄であるようだ。なぜこんなことになるのか。その理由が知りたい。バルザックの考えを聞こう。

「あらゆる人知のうちで結婚に関する知識がいちばん遅れている」

なんということだ。プラトンが哲学の基礎を築き、ダ・ヴィンチがルネッサンスを開花させ、アインシュタインが相対性理論を唱えたというのに、結婚についてはまだまだ謎だらけだという。

「なぜ人は結婚するのか」

ある日落語を聴きに行ったら、小話をやっていた。絵に描いたようなダメ男と結婚した妻がご隠居さんに愚痴をこぼす。「そんな男とどうして一緒になったんだい」とご隠居さんに訊ねられた妻が答える。

「だって寒いんだもん」

人が結婚する理由は、せいぜいこんなところではないだろうか。

(2002.4.16)