杉良太郎に歯向かえる人がこの世にいるだろうか。
熱烈な女性ファンは彼の流し目でイチコロだそうだ。だが私が心配なのは、彼の歌だ。正確に言えば歌のタイトルである。
「男で来い」
いきなり命令である。来るなら男で来い。女はダメだ。男なら男らしく男で来なければいけないらしい。それにしてもなぜこんな命令をされなければならないのか。私は杉良太郎の機嫌を損ねた覚えはない。行くべきだろうか。無視してもいいだろうか。ぼやぼやしていると、しびれを切らした杉良太郎が歌う。
「男達よ熱く眠れ」
また命令だ。今度は眠れという。来てほしかったのではないのか。眠っていいのか。いいんですか。私は寝る支度をはじめる。すると杉良太郎はまた歌う。
「俺に幸せ似合わない」
そんなことを言われても困る。困ります。自分のことを「俺」と言える人は自分にかなり自信があるのではないですか。本音を言えば幸せだと思っているのではないですか。ところが杉良太郎は耳を貸さない。
「俺のうた」
仰るとおりです。あなたのうたです。そんなことは言われなくても分かります。それにしてもなぜ「俺」なのか。
「おれの小樽」
小樽はあなただけの街ではありませんなどと反論してはいけない。なにせ相手は杉良太郎だ。「男で来い」といきなり命令する人である。だが杉良太郎が所有しているのは小樽だけではなかった。
「おれの道」
道路だ。杉良太郎が私有する道路がある。うっかり立ち入ったら大変だ。
「おい、おまえ。おれの道でなにをしている」
見つかってしまった。どう弁解しよう。杉良太郎の道だなんて知らなかった。看板もない。決して故意に立ち入ったわけではない。ああでもないこうでもないと弁明を考えていると杉良太郎が歌う。
「俺はお前に弱いんだ」
何を言い出すんだこの人は。初対面じゃないか。初対面の人に向って「お前に弱いんだ」はないんじゃないか。こんなことを言われた人は困惑するに決まっている。だが杉良太郎は相手の反応などおかまいなしに歌う。
「君は人のために死ねるか」
「おまえ」から「君」に代わったと思ったら、突然究極の問いかけである。「人のために死ねるか」。考えたこともない。これが初対面の人に訊ねることか。あまりにも藪から棒だ。唐突さに戸惑いながら、家族のためになら死ねるかもしれないと考えていると、杉良太郎は歌を変える。
「昆虫ブルース」
杉良太郎の頭の中はいったいどうなっているのか。人のために死ねるかどうか必死で考えているというのに、「昆虫ブルース」とは何事だ。人をバカにしているとしか思えない。あなたはいったい何者ですか。杉良太郎に問いかける。返事は歌だ。
「飲もうぜ」
いきなりこれだ。ごめんである。あなたみたいに支離滅裂な人と飲む気にはなれません。お断りです。すると杉良太郎は歌う。
「いいってことよ」
杉良太郎には何を言っても無駄である。
(2001.11.3)