夕空の法則

地名

札幌で生まれた。

北海道はアイヌの地である。とうぜん地名にはアイヌ語が残っている。

「札幌」

サッポロ、である。アイヌ語で「乾燥した大地」という意味だそうだ。そういえば北海道の地名には「ポロ」や「ホロ」がつくものが多い。

「野幌」

ノッポロと読む。これは「野の中の川」という意味だ。だが「川」を意味するアイヌ語は「ベツ」である。

「江別」

エベツ。語源は諸説ある。チョウザメのいる川という意味の「ユベオツ」から来たという説と、「大事な所への入り口」という意味の「イブツ」から来たという説。いずれにせよ「ベツ」がつくところは「川」にちなんでいる。

本州以南の人には珍しいだろうが、幼少期を北海道で過ごしたので、こういう地名には違和感がなかった。だが四年前に愛知に来て、わたしは地名のおそろしさを知った。

「最中」

「さいちゅう」か「もなか」に決まっている。そう信じていた。だがちがうという。

「もちゅう」

音読みと訓読みが組み合わさっている。それにしても「もちゅう」はないじゃないか。「喪中」みたいだ。

「新城」

しんじょう、と読んだ。すると新城市の人が「ちがう」という。「にいじろですか?」と訊くと、やはり首を振る。

「しんしろ」

またしても音読みと訓読みである。

職場の同僚が住んでいる町がある。

「岩作」

これを読める人がどれだけいるだろうか。わたしは正解を聞いてたまげた。

「やざこ」

読めない。読めるものか。だが愛知はこれでもかと難読地名を押しつけてくる。

実家の近くの地名にもてこずらされた。

「香流」

「こうりゅう」だと信じて疑わなかった。だがそうは問屋が卸してくれない。

「かなれ」

いわれてみれば、なるほどと思う。もともと「かなれ」という地名だったのだ。それを、いつの時代の人かは知らないが、誰かが「香流」という漢字をあてた。なかなか風流な地名である。調べてみると地名もなかなか奥深くて面白いな、などと感心していたら、辻斬りのごとく、こんな地名に出くわすのが愛知だ。

「主税町」

しゅぜいちょうではないことは見当がつく。だが読めない。いらいらする。愛知の人が説明する。

「ちからまち」

もう勘弁してほしい。だが愛知は勘弁してくれない。

「『水主町』が読めるか」

読めません。読めるもんですか。

「いいかよく聞け。『かこまち』と読むのだ」

いったい、なにをどうすれば「かこまちが「水主町」になるのか。だが愛知の人は責め立て続ける。

「『油田』はどうだ。どうなんだ」

ゆでんじゃないのはわかる。もうだめだ。降参です。

「『あぶらでん』だ」

やられた。またしても音読みと訓読みである。

ところで愛知には「愛知郡あいちぐん」というところがある。そしてなぜか滋賀県にも「愛知郡」という地名があるのだ。だがこれの読みがとんでもない。

「えちぐん」

地名には魔物がひそんでいる。

(2001.12.3)