夕空の法則

犬なら名取だ

テレビでイチローのインタビューを見ていたときのことだ。三年前に大リーグに渡っていきなりオールスター代表に選ばれた。しかも毎年外野手部門のファン投票で一位だ。ちょっとどうかと思うくらいの偉業だ。だが彼は三年目、つまり去年がいちばん嬉しかったと語った。ファン投票だけでなく、監督や選手の投票でも一位を獲得したのが理由だという。「グラウンドで一緒にプレーしていると、チームメイトが自分をどう評価してくれているのかわからないんです」と、ゆっくり、言葉を選びながら、カメラの背後にいるらしいインタビュアーにイチローは応えていた。

同業者の評価。これこそが問題なのだった。

玄人に評価されるのが本当の玄人なのだとよく言われるが、イチローの話を聞いてなるほどやっぱりそうかと思った。と同時に、名取裕子のことが心配になった。

三月に新作映画が公開されるのに合わせて、ある雑誌の対談に登場した名取が、どうして主役に抜擢されたのか、そのいきさつを語っていた。主人公は盲導犬である。よくは知らないが写真集が飛ぶように売れたらしい。「涙」とか「感動」とかが渦巻いているんだろうなと、これだけで察しがつく。それ以上何も知りたくはない。だが、いきさつに「おや」と思ったのだった。

主役のブリーダーを演じる女優をどうするかという話になったとき、監督が言ったという。

「犬なら名取だ」

名取裕子が実生活でかなり腕の立つブリーダーであることは、どこかで聞きかじったことがある。監督ももちろん知っていて、だからこそ「犬なら名取だ」となったのだろうが、それにしてもこの言い草はどうだ。対談の名取は満足そうなのだが、それでいいのだろうか。なにしろ理由は「犬だから」だ。牛の映画だったら監督はこう言い放つのだ。

「牛なら柴崎だ」

どこの柴崎さんか知らないが、きっとこんな風に呼ばれている牛博士で俳優の柴崎さんがいる。ほうっておくと仔牛を産むんじゃないかというほどの柴崎さんである。

「釘なら中林だ」

言うまでもなく中林さんは釘のプロである。「釘のプロ」とはどういう人なのか、書いていてよくわからないのだが、作るだけではないだろう。そんなことで主役を射止められるはずがない。「打つ」はもちろん、「かたづける」とか「じっと見る」においてもプロであるに違いない。じっと釘を見る中林さん。そんな中林さん主演の映画である。どんな映画だ。

伝記映画が田中角栄の一生だったら、監督はスタッフに告げるだろう。

「田中なら立花だ」

林真須美を主人公にした作品がいずれ撮られる可能性はゼロではないと思う。きっと誰かがやる。

「ハヤシならカレーだ」

その道の第一人者になるのも考えものである。

(2004.1.13)