夕空の法則

する人しない人

図書流通センターという会社がある。ホームページがあり、「新刊書案内」というサービスをやっている。登録すると、その週に発売されるすべての新刊書のリストが週に一度メールで送られてくる仕組みだ。私は二年ほど前から購読している。ひとつのメールの情報量は膨大だ。気が遠くなるほどたくさんの本が、毎週毎週発売されている。私に必要なのは、そのうちのごく一部の本にすぎないが、ときどき、すべてに目を通すことがある。そして、ある日、私は本のタイトルにある種の傾向があることを発見した。こんな本があった。

菅原康『住宅の正しい買い方・建て方 失敗する人・しない人』住宅新報社

住宅を買ったり建てたりする人には「失敗する人」と「しない人」がいるという。言われてみれば、その通りだ。失敗するか、しないか。どちらかしかありえない。だが、別の本のタイトル見て私は唸った。

ロバ-ト・ゴ-ルドマン、ロナルド・M.クラッツ『脳が老化する人、しない人』廣済堂出版

二種類の人間がいる。「脳が老化する人」と「しない人」だ。「脳が老化する人」にはなりたくない。誰だってそうだろう。ではなぜ『脳の老化を防ぐ方法』というタイトルにしなかったのか。その方が分かりやすいはずだ。だが『脳が老化する人、しない人』である。どういうわけか、「する人」と「しない人」を並べなくてはいけないことになっているらしい。

私は不安になった。ひょっとすると、とんでもないことになっているのではないか。私の不安は的中した。

服部英彦『営業で成功する人しない人』大和出版

今度は営業だ。ここにも「する人」と「しない人」がいる。「しない人」なんかになりたくはない。そんな人には構うな。だが『営業で成功する人しない人』は「しない人」の存在をいやがおうにも天下に知らしめる。別の本が追い討ちをかける。

中谷彰宏『お金で苦労する人しない人』三笠書房

だから「しない人」の話はやめろ。頼む。だが文筆家たちは動じない。

柴門ふみ、北川悦吏子『恋をする人しない人』PHP研究所

「恋をしない人」ではいけないのか。人間ではないというのか。世の中がみんなラブラブでは、それはそれで困った状態ではないのか。

シュラの会『修羅場の人事屋が書いた再就職で成功する人しない人』中経出版

いい加減にしてほしい。だいたい「シュラの会」ってのは何者だ。

富田隆『オジさん解体心書リセットする人、しない人』きんのくわがた社

「リセットする人」ときた。 しかも「きんのくわがた社」だ。

「する人、しない人」は、明らかに書籍の世界に蔓延している。黙っていれば、本屋には「する人、しない人」の本がうずたかく積まれてゆく。阻止しなければいけない。見過ごすわけにはいかない。ではどうすればいいのか。答えはひとつしかない。誰かが書くべきである。

○山×男『人間を二種類に分ける人、分けない人』岩波書店

(2001.10.8)