夕空の法則

風邪

風邪を引いてしまった。

暖かくなってきたので、つい油断して裸同然で寝たのがどうやら悪かったらしい。鼻水とくしゃみがとまらず熱もある。仕事が手につかない。しかたなく薬を飲んで蒲団に横になり、だらだらと時間を浪費することになる。

風邪を引きましたと言うと人は見舞いの言葉をかけてくれるものだが、その見舞いの言葉に決まり文句があるのはどういうわけなのか。

「今年の風邪」

なぜかわからないが、人はつい「今年の風邪」と口にする。そして、あとに続く言葉はたいてい決まっている。

「今年の風邪はしつこい」

毎年毎年、「今年の風邪」はしつこいのだった。嘘だと思ったら振り返ってもらいたい。「今年の風邪?たいしたことないよ」。こんなことを言う人はいない。「今年の風邪」ときたら「しつこい」である。でなければ、「今年の風邪はたちが悪い」か「今年の風邪は長引く」だ。しつこくもなく、たちも悪くなく、長引かない風邪は風邪ではないと言わんばかりである。

「今年の風邪は楽勝だったよ」

あっさり治ってしまう風邪。そんな風邪があったら、どんなに素晴らしいだろう。なにしろ「今年の風邪」は必ずしつこいのだ。そこに、あっさり治ってしまう風邪がやってくる。毎年毎年風邪に苦しんできた人は、待ってましたとばかりに言うだろう。

「今年の風邪はだらしない」

だらしない風邪だ。ちっとも人を苦しめない。喉は痛くないし、洟も出ない。本当に風邪なのかどうかも怪しいものである。

「今年の風邪にはがっかりだよ」

言ってみたい。一度でいいから風邪にガツンと言ってみたいものである。だが、がっかりな風邪も発熱させるのだった。もし熱さえ上がらない風邪だったら、がっかりどころではない。

「今年の風邪はせいぜい二軍だな」

こんなことを言われては風邪の名がすたる。風邪には風邪の誇りというものがあるだろう。二軍呼ばわりされて黙っているようでは「今年の風邪」ではない。風邪のウィルスはメジャーリーグを目指すだろう。

「大リーグで武者修行」

アメリカだ。メジャーと言えばアメリカである。間違っても中国には行かないはずである。なにしろ中国は四千年の歴史だ。健康食品の本場である。漢方薬から民間療法まで、中国にはあらゆる病気を退治する治療法がたくさんある。では中国の病人はどうなっているのかという新たな疑問が浮かぶが、相手は中国人だ。どうにかしているに決まっている。

今年の風邪の特徴なのかどうか知らないが、とにかく鼻水がとまらない。ゴミ箱はあっという間にティッシュの山である。すると人は同情して言う。

「今年の風邪は鼻にくるよ」

そりゃそうだろう。風邪なのだ。鼻か喉にくるに決まっている。目にくることは滅多にないだろう。お腹ならありえる。だが、肘にはこない。くるぶしにもこない。

「今年の風邪は膝にくるよ」

そんな風邪はいやである。

(2002.3.6)