ある集団が一致団結するときとは、一体どういうときだろう。家族でもいい、会社でもいい、あるいは趣味のサークルでもいい。ある目的にために集まっている集団。その構成員が、ふとしたときに、「やっぱりおれもこの集団の一員だな」「わたしもこれで一人前のメンバーだわ」と思う。それはどんなときか。
言葉ではないか。
その集団の人にしか理解できない言葉。隠語ともいう。たとえば不良少年のグループのひとりが警察にそのグループが犯した犯罪をこっそりと告白する。そのことがバレて、グループのリーダーが言う。「あの野郎、チクリやがった」。「チクる」。密告するとか、告げ口するという意味である。
あるハリウッド映画を観ていた。登場人物の不良少年が英語で話している。すると字幕にこんな文字が出た。
「やばい、マッポだ」
直後、警察官が押しかけてきた。不良少年のあいだでは警察官は「マッポ」と呼ばれることを知った。
数年前、妹が看護婦として働いていた。ある日こんな話をしてくれた。看護婦のあいだでは、患者が死ぬことを「ステる」と呼んでいるというのだ。ドイツ語の sterben という言葉が元だという。
こういう言葉が載っている辞書はないものか。私は探してみた。するとあったのだ。米川明彦『集団語辞典』(東京堂出版)である。
ページを開いて驚いた。ありとあらゆる業界の隠語がずらりと並んでいる。項目に単語があり、その後ろに業界の名前が《 》で記されている。たとえばこんなのがある。
ウララ 《デパート》
この意味が分かる人がどれくらいいるのだろう。デパートに勤めている人はすぐピンと来ることになっているらしい。意味を読んでみた。「万引き」だという。山本リンダの「狙い撃ち」という歌のフレーズが起源だと説明されている。私は隠語の世界に魅了されてしまった。
かみなり〔雷〕 《盗人》
分からない。説明を読む。「天窓や明かり窓から忍び込む泥棒」。泥棒が仲間に洩らす。「昨日かみなりに失敗しちゃってさ」。こんな会話が日々行われているのだろう。
しろいかお〔白い顔〕 《税関》
まるで見当がつかない。「銀・プラチナ・ステンレスなどの高級腕時計」。
どうぶつえん〔動物園〕 《不良》
「学校」だという。例文が載っていた。「動物園行っても、なにもおもしろいことないしさあ」。こんな言い回し、初めて聞いたぞ。
にほんちゃ〔日本茶〕 《銀行》
銀行で「日本茶」である。お手上げだ。説明を読もう。「あやしい客。あやしい客が来た時、『日本茶お願いします』という風に使う」。銀行員の想像力も凄い。私は感心した。
べろん 《暴力団》
「相手を見下す。『べろんされた』などと使う」。「べろん」された暴力団員はさぞかし肩身が狭いことだろう。
世の中には物知りと呼ばれる人がいる。あらゆる業界の裏の裏を知り抜いている人だ。その人はきっとこんなことを言うだろう。
「すあは水つれで水天さしたら変きんが来てさ、御免口にごむれたらステッたきすずれがきっぱらいだったよ」
こんな人とは友達になりたくない。
(2001.10.17)