週刊誌を読んでいたら対談が目にとまった。小林尊という青年である。TV東京系の「TVチャンピオン」でおなじみの、大食い選手権の人気者だ。ニューヨークで毎年行われているホットドッグ早食い大会で優勝したから知っている人は多いだろう。大勢の巨漢を退けて、痩身ながら12分間で50個平らげ、ギネスブックの記録を打ち破った。
大食いを競う競技は洋の東西を問わずある。だがわたしは小林尊の肩書きをみて驚いた。
「プロ・フードファイター」
小林尊は「食べることのプロ」なのである。しかも「ファイター」だ。戦士である。食べることを職業としている人に料理評論家がいる。たとえば岸朝子だ。だが料理評論家は料理を評価することで生計を立てているのに対して、フードファイターは人より早くたくさん食べることで金を稼ぐ。小林尊の履歴書の職業欄はどうなっているのか。
「職業 食べること」
世の中にはいろいろな職業があるが、ただ食べることが職業になるとは驚きである。
最初はユーモアかと思ったが、対談を読むと、本人はいたって大真面目である。
「遊びでやっているわけではありませんから」
遊びで食べている人間はいない。食べるのは本能だ。だが小林尊がふつうの人と違うのは、「食べて相手を倒す」ということに命をかけているという点だ。大食いで生計を立てる。それが彼の職業だ。あらゆる職業には必要経費がある。おりしも確定申告の時期だ。大食いは自営業だろうから、小林尊も確定申告をするだろう。彼の必要経費はなにか。
「食費」
食費がすべて経費で落ちる。バラ色の人生とはこのことではないか。だがどんな職業にも失業するという事態が待ち構えているのだった。小林尊が失業するときはどんなときか。
「食えなくなったよ」
「どうした」
「失業しちゃってさ」
ふつうはこうだ。だが小林尊は違う。
「失業したよ」
「どうして」
「食えなくなってさ」
人よりちょっと食べる量が減ったとたんに失業だ。だから小林尊はジムに通って体を鍛えている。小林は言う。
「スポーツのアスリートだと思っていますから」
食べることはスポーツなのだった。本能をスポーツにする人がここにはいる。であれば、そのうち登場するだろう。
「水を飲んで暮らす人」
肩書きはプロ・ウォーターファイターだ。ただし間違ってもその人を水商売と呼んではならない。なぜならプロ・ウォーター・ドリンカーは「アスリート」だからである。プロ・ウォーター・ドリンカーは誰よりも早く大量に水を飲んで相手を倒す。倒された相手が失業する。そして新たな職業を生むだろう。
「呼吸して暮らす人」
プロ・エアーファイターである。誰よりも早く大量の空気を吸っては吐く。プロ・エアーファイターは雑誌のインタビューに答える。
「遊びでやっているわけではありませんから」
ということは、世の中には「遊びで呼吸している人」がいるということだ。プロ・エアーファイターにとって、これほど我慢がならないことはないだろう。
「遊ぶな。死ぬ気で吸え。そして吐け」
いちど死ぬ気で呼吸してみたいものである。
(2002.3.5)