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大学時代の先輩と名古屋でお会いした。
待ち合わせは午後6時、場所は地下鉄の終点である。少し早く到着したわたしは、待っているあいだ、駅の構内をなんとはなしに眺めていた。
「伝言板」
駅にはなぜか伝言板というものがある。昔の学校の黒板のような板に、チョークがあり、メッセージを書き込める。ただし6時間後には消されてしまう。待ち合わせに失敗したときなどの連絡用に使うと便利だ。最近は携帯電話が普及しているから、伝言板はすたれてしまったのではないかと思っていたが、どっこい残っていた。
書き込みが三つある。読んでみた。
「栄徳の体験入学おもしろかったヨ!受けんします」
署名がない。誰に向けられたメッセージなのかもわからない。だがこの一文だけで、次のことがわかる。
- 書いた人は中学生である。
- 文体からしておそらく女の子である。
- 名古屋の栄徳高校では体験入学という行事を行っている。
- この女子中学生は栄徳高校の体験入学をした。
- 不特定多数の人に伝えたいほど体験入学は面白かった。
- 栄徳高校を受験する決心をした。
- 不特定多数の人に伝えたいど決心は固い。
- だが「受験」の「験」の字が書けない。
受験するのはいいが中学生とあろうものが「験」を書けないのはいかがなものか。彼女の「受けん」が「成こう」することを祈るばかりである。
次の伝言を読んだ。
「おせーよハゲ (ピーチクへ) 寒いから先いく!(あり)」
どういう言葉遣いだ。だがこの一文からもさまざまな情報が読みとれる。
- 二人の人が駅で待ち合わせをしたが、会えなかった。
- 待っていたのは「あり」というあだ名で、来なかったのは「ピーチク」というあだ名の人である。
- あだ名で呼び合うほど二人は親しい。
- 「あり」はなかなか「ピーチク」が来ないので怒っている。
- 「ピーチク」は禿げ頭である。
- 寒い。
- 「あり」は「ピーチク」が来るのを待たずに先に出かけた。
- 「あり」の文体には教養というものが感じられない。
- 「あり」の文体は話し言葉である。
- 「あり」は「行く」という漢字が書けない。
- この文だけでは、「あり」と「ピーチク」が男なのか女なのか分からないが、「ハゲ」という以上、おそらく「ピーチク」は男である。
- 「あり」が平仮名である以上、このあだ名は昆虫の「アリ」ではなく、本名からとった可能性がある。「有田」「有川」あたりではないかと思われる。
短い文だがこれだけの情報がつまっている。
最後の伝言を読む。
「大前翔」
これは難しい。なにしろ漢字三文字である。解読してみよう。
- 少なくとも日本語には「大前翔」という熟語はない。
- おそらく「大前翔」は人名である。
- 読みは「おおまえ しょう」である可能性が高い。
- 年齢は定かではないが、たぶん男性である。
- 天下に自分の名前を知らしめたくてしかたがない。
- 「大きく前に翔けました」という過去形の文である。
- 「大きく前に翔けろ」という命令文である。
- 「大きく前に翔けたい」という欲望である。
- 「大きく前に翔けるのがぼくの主義です」という訴えである。
- ただ知っている漢字を並べたかっただけである。
- テロリストの暗号で、「ビン・ラディン万歳」という意味である。
- 地下鉄職員のあいだの符牒で「キセル乗車発見」という意味である。
- 麻薬の入手先、金額、受け渡し場所の暗号である。
- Oh! My show! という英語を漢字で表現したものである。
大前翔。永遠の謎である。先輩は少し遅れてやって来た。
(2001.12.4)