滅多に鳴らない電話に出ると、ほとんどの場合、マンション購入か投資の勧誘だ。
あいにくどっちも興味がない。相手も、この人はいくら話しても無駄だなと思うらしく、たいていは素直に引き下がるが、なかには、てこでも動きませんという人がいて、しきりに投資をすすめる。家にいながら簡単に巨万の富を手にできるような口ぶりで、それが本当であれば、電話の主だってもちろん投資しているだろうだから、わたしが電話で話している相手の正体は明らかだ。
「働く億万長者」
巨万の富を手にした億万長者が、せっせと電話して働いている。
知り合いにも友人にも億万長者はいないので、どんな暮らしをしているのかさっぱりわからないが、なんとなくイメージするのは、広大な屋敷で使用人に囲まれてぼんやりしている姿だ。ガウンをまとい、手にはブランデーだ。ロッキングチェアに揺られながら、地平線まで見渡せる庭をながめる。夕日がゆっくりと沈んでいくだろう。
「沈む夕日を眺めながらせっせと電話する」
そんな億万長者がいるものか。百歩譲っていたとして、その人は「だめな億万長者」ではないか。「せっせと働いている」のがなんといってもまずい。
「人間能力科学アカデミー」の「金持ち人間養成講座」を知ったのは先週だ。週刊誌を読んでいたら、毒々しい活字が目に飛び込んできた。広告が3ページにわたって載っていて、あらゆるところに見出しがある。
「目指せ年収大幅アップ!」
「豪邸・宝石・クルーザーも狙え!」
「金に縁がない、金運に恵まれない・・・そんな悩みも一挙解決!」
どの見出しにも必ず感嘆符がついているあたりは怪しさ満点で、「億万長者が続出中!」にいたってはなんだか嬉しくなる。受講生の「泉川愛希さん(51歳)」は都内某所に豪邸を購入して高級エステに通って毎日を優雅に過ごしているらしく、その暮らしぶりはまさしく億万長者だ。しかも泉川さんだけではない。億万長者は「続出中」だ。「金持ち人間養成講座」はすごい。
広告には講座の監修者のウィルソン氏が写真入りで紹介されている。若い頃まで貧乏に苦しんだが、ある日本人経営者に金持ちになるノウハウを教わり、ビジネスで数々の成功をおさめたという。ウィルソン氏の今の暮らしはこう説明されている。
「現在はそのノウハウを教えながら、世界中を駆けめぐる多忙な生活を送っている」
泉川さんは優雅に暮らす。ウィルソン氏は息をつく暇もない。
決して名乗らない電話の主は「ある日本人経営者」かもしれない。だとしたら、少しは休んだらどうだ。
(2003.2.6)