夕空の法則

カレシ

地下鉄に乗っていたときのことだ。

女子高生三人が雑談に興じている。ひとりが大声でまくしたてていた。

「カレシがぁー、チョーうざったくてぇー」

語尾をやたらに延ばす。近年の傾向だ。その理由や言語学的な意味は言語学者におまかせするとして、私が気になったのは「カレシ」の発音である。

「カレシ」

ちょっと油断すると気づかないのだが、よく聞いてみると、アクセントが平板なのだ。

「カレシ

無論、「彼氏」である。「彼氏」はふつう最初の「か」を強く発音する。だが三人の女子高生たちはいずれも、「らくだ」という時のように、平板なアクセントで喋っていた。

「耳障りである」

そう嘆く向きもあろう。だが考えてみると、単なる第三者を示す「彼氏」と、自分の恋人を指す「カレシ」を、アクセントを変えることによって区別できるのは便利だ。

友人を訪ねて長野県は松本市を訪ねた時のことである。

友人には妻と二人の子供がいる。お連れ合いとの馴れ初めを聞いたところ、「バイクのツーリング仲間だった」という返事だった。

「バイク

私は「バ」を強く発音する。だが友人は「バイク」を平板に発音した。「まぐろ」と同じ具合に「バイク」と口にするのだ。

「カレシ」と「バイク」。趣味のサークルや友人関係など、自分が所属する世界のことがらについての言葉は、平板アクセントになる傾向がある。そんなことを思ったのは、パソコンに詳しい知人の言葉を聞いた時だ。

「ネッ

インターネットの略称である。ネットは網という意味だ。この外来語は、もともと「ネ」にアクセントがある。だがパソコン通の知人は「銀座」という時と同じように「ネット」と発音する。平板アクセントだ。

「関係者のあいだでは平板になる」

どうやらこれが法則らしい。

世の中にはさまざまな関係者がいるだろう。ティッシュを製造する会社の人たちがいる。ティッシュの関係者だ。法則に従わねばなるまい。平板だ。

「ティッシュ

なんだか間が抜けている。腹に力が入らない。だがなにしろ関係者である。関係者は平板だ。

ランドセル製造業の人たちはどうか。

「ランドセル

いやだ。どうも馴染めない。だが関係者だからしかたがない。他人がとやかくいう筋合いのものではない。

バスの運転手も例外ではないだろう。

「バ

これでは魚のブラックバスである。いいのか。これでいいのか。

いつか、プロ野球の中継はこんな風になる危険性がある。

「解説の○○さん、今日の試合を振り返って、いかがですか」
 「そうですね。ピッチャーのフォーが乱れませんでしたね。キャッチャーのリーも冴えていました。ホームランではなく、ランナーをためて、バンやエンドランで点を重ねていったのが勝因ですね。ゲッツーでアウになったのはコーのミです」

解説者に言いたい。

おまえはどこの生まれだ。

(2001.11.16)