夕空の法則

クリスマス

クリスマスである。

イエスが生まれたことを祝う祭だ。だが聖書を読んでも、イエスが12月25日に生まれたなどとは書いていない。いったいどうなっているのか。

その疑問を解いてくれたのがアイザック・アシモフの短編集『クリスマス12のミステリー』だった。「まえがき」でアシモフは、クリスマスの源はサトゥルナリアという冬至の祭だと説いている。キリスト教が伝わる前の地中海沿岸では、冬至の日に乱痴気騒ぎでお祝いをしていた。冬至は太陽が一年でいちばん低い位置にある日である。翌日から太陽は日に日に高くなる。暗く寒い冬が去り、明るく暖かい春がやってくる。キリスト教は、「春の到来」と「イエスの誕生」を結びつけた。そして生まれたのがクリスマスの風習だという。

クリスマスを Xmas と表記するのをよく見かける。わたしはてっきり、Xはクロス(十字架)の意味だと思っていた。だが勘違いだとわかった。クリスマスはギリシャ語で書くと Χριστοζ である。Xはギリシャ語のX(カイ)なのだった。すると発音はどうなるか。

「買います」

たしかに買う。クリスマス商戦だ。

英語の Christmas を『ランダムハウス英語辞典』で調べてみると、キリスト Christ の語源もギリシャ語だと説明されている。元来の意味はこうだ。

「塗油により聖別された」

ある種の樹脂からとれる香油で、昔は黄金と比せられるほど貴重なものだったという。この油を塗られると聖なる者として扱われた。だがよく考えてみると、香油を塗られた人の姿はなんだか奇妙である。

「油まみれ」

コギャルたちは指差して笑いながら囃し立てるだろう。

「チョー油ギッシュ!」

さらに『ランダムハウス英語辞典』で Christ の説明を読むと、五番目の語意としてこんな例文が紹介されている。

【5】《強意の成句として》  上品なまたは信心深い人との会話では Christ は避けたほうがよい

Jesus Christ. 《俗/卑》《驚き・嫌悪などを表して》 ひでえな、なんだと

俗語だ。それにしても「ひでえな」とはひどい。たしかにひどい。「なんだと」にも驚かされる。まるで安っぽいドラマのセリフのようだ。だが俗語の例文はこれだけではない。

Thank Christ! ありがたい、しめしめ。

「しめしめ」である。日本人でこんなことを言う人がいるだろうか。いるとすれば誰だろう。

「泥棒」

目当ての家に行く。そっと鍵を開ける。留守だ。すかさずつぶやく。

「しめしめ」

いるのか。本当にいるのか。

だがわたしがなにより驚いたのは『ランダムハウス英語辞典』のChristmasの項目で見つけた俗語表現である。

cancel a person's Christmas 《米暗黒街俗》 〈人を〉殺す

直訳すれば、人のクリスマスをキャンセルする、ということになろう。それが「殺す」という意味になる。ただしこのフレーズが通用する世界は限られている。

「アメリカの暗黒街」

どこにあるのか知らないが、クリスマスの時期には避けて通りたいものである。

(2001.12.22)