夕空の法則

膝がない

十年ほど前、大学で、さほど親しくはなかった先生と話をしていた。話題は忘れたが、私は先生にこう言われたことだけははっきり憶えている。

「君には人を見る目がないね」

私は呆然とした。「目がない」とは「人や物事の価値を判断する能力がない」という意味であることくらい、私も分かっている。だが、それにしても「目がない」ときた。「ありますよ、目」と反論したかった。でもそんなことを言ったら、気がおかしくなったと思われるだろう。私はぐっとこらえた。

毎年夏にはお世話になった人にお中元を送る。何を送るかでいつも悩む。今年は北海道は利尻産の生ウニにした。一週間ほど経ち、ある人がお礼の葉書を下さった。夕食が豪華になりました、舌鼓を打ちました、などとある。喜んでくれたようで私も嬉しい。するとこんな文が目にとまった。

「ウニには目がないんです」

ウニが大好物という意味だ。だが私はあらためて読んだ。「ウニには目がない」。なんだか変だ。「目がない」。どうして大好物の人は目がなくなるのか。目がなくては生活に困るだろう。のんびりウニを食べてる場合ではない。

「人や物事の価値を判断する能力がない」人や、「大好物」の人は、目がなくなる。どうして目なんだ。実際に目がなくなるはずがない。これは決まり文句だ。決まり文句はしばしば突拍子もない言葉で表現されるものだ。

「首を長くする」

化け物であ。だがこれは「期待して待ちこがれる」という意味だ。問題は首だ。首でなくてはならない必然性が分からない。そうだ。決まり文句の言葉に必然性はないのだ。ならば、ほかの言葉を使ってもよさそうである。

「耳を長くする」

よく分からない。何をしているのだろう。「耳をそばだてる」という意味か。どうもピンとこない。

「肩甲骨を長くする」

肩から肩甲骨が飛び出て、えんえんと伸びている。死ぬぞ。さっさと病院に行け。

「後ろ髪を長くする」

だから何を言いたいんだおまえは。後ろ髪が長いといえばジャンボ尾崎だ。ジャンボ尾崎がやって来るのを待ちこがれているのか。分からない。

「鼻を短くして曲げる」

いい加減にしてくれ。だいたい鼻は低くなったり高くなったりするものであって、「短く」するものではない。そもそも鼻の形がしょっちゅう変わるものか。しかもそれを「曲げる」。そんな人が向こうから歩いてきたら怖い。私なら一目散に逃げる。障らぬ神にたたりなしだ。

「指を長くして結ぶ」

どんな気持ちになんだこれは。どんな気持ちを伝えたいんだ。さっぱり伝わってこない。私の心は宙ぶらりんになった。

今年も早くも十月だ。光陰矢のごとし。じきに年末になる。お歳暮の季節だ。今年は北海道のホタテを送るつもりである。だが私は心配だ。お礼状が来る。どんな言葉が書かれているか、想像しただけで身震いがする。もしこんな礼状を受け取ったら、私は途方に暮れるだろう。

「私、ホタテに膝がないんです」

(2001.10.18)