夕空の法則

劇団

去年の秋の終わりごろ、名古屋の御園座で十代目坂東三津五郎襲名披露公演を観た。

歌舞伎は久しぶりだった。襲名披露はおめでたい公演だ。顔ぶれが錚々たるものである。中村鴈治郎、中村時藏、中村勘太郎、坂東吉彌、中村勘九郎、市川佐團次、坂東秀調、尾上菊之助、坂東正之助、そして尾上菊五郎。演目は「義経千本桜吉野山」と「与話情浮名横櫛」の「木更津海岸見染の場」と「源氏店(げんやだな)の場」だ。その前に口上というものがある。全員が舞台に並んで正座し深々と頭を下げている。中村鴈治郎が三津五郎を紹介する。客席から声がかかる。

「十代目!」
 「大和屋!」

大和屋は板東三津五郎の屋号である。だがその夜のわたしの楽しみは「源氏店」だった。戦後一世を風靡した喜劇集団「雲の上団五郎一座」で、八波むと志と三木のり平がこれをパロディーにして日本中を笑いの渦に巻き込んだ、その原作である。お富役は中村時蔵、斬られ与三郎は尾上菊五郎だ。時蔵がお富を愛嬌たっぷりに演じる。

「萬屋!」

菊五郎の斬られ与三郎にも声が飛ぶ。

「音羽屋!」

歌舞伎役者の名前はどれも雅やかであり堂々としている。

「板東玉三郎」
 「市川団十郎」
 「片岡仁左衛門」

ひるがえって、現代演劇の俳優たちはどうか。

「腹筋善之介」

どういう名前だ。惑星ピスタチオという劇団に所属していた俳優である。

「惑星ピスタチオ」

考えてみると、現代演劇の劇団名はかなり妙である。

「ハイレグジーザス」

ハイレグのイエス・キリスト。なにをどうすればこんな名前が思いつくのか。

「ゴキブリコンビナート」

どんなコンビナートだ。

「拙者ムニエル」

誤解しないでいただきたいが、どれも実在する劇団である。それにしても拙者ムニエルは、なにがどうなっているのか。

「ロリータ男爵」

この劇団はどんな芝居をしてきたか。

「犬ストーン」
 「地底人救済」
 「信長の素~桃の節句スペシャル~」

まるで内容の見当がつかない。

怪しげな劇団は後を絶たない。

「NYLON 100℃」

近年高い評価を受けている劇団である。主宰者の名前がまたとんでもないことになっている。

「ケラリーノ・サンドロヴィッチ」

れっきとした日本人である。

この「夕空の法則」は宮沢章夫の『青空の方法』というエッセイ集を手本にしている。宮沢章夫も演出家であり劇作家である。だが自分の劇団を持っているわけではない。公演をするときにはその都度俳優を集めて行う。そのときの演劇集団の名前はこうだ。

「遊園地再生事業団」

だが、現存する劇団名でもっとも不可解なのはこれだろう。

「劇団、本谷有希子」

主宰者の名前がそのまま劇団名になっている。しかし、それだけなら「加藤健一事務所」があるし、かつては「山本安英の会」があった。問題は「、」だ。

「『、』を書く」

それだけで名前は得体の知れないものになる。

(2001.12.27)