手紙を書くのが好きである。
便箋はなるべく美しいものを選んで買い置きしてある。ただ、生来の悪筆のため、文面はワープロソフトで印刷する。その代わり、結語の「草々」や「敬白」「恐惶謹言」のあとに自筆でサインする。それから行を改めて、上に相手の名前をやはり自筆で書く。その際、「脇付」というものを添える。
「机下」
相手を敬う言葉だ。恩師の場合は特別な言葉がある。
「函丈」
カンジョウと読む。恩師や目上の人に奉る書状に書く。わたしはこの言葉が好きだ。しょっちゅう使っている。
手紙が好きだなどと言うと笑われるかも知れない。
「今はメールでしょ」
たしかにそうだ。メールも書く。多いときは日に二十通くらい書く。だが、お礼状や季節の挨拶などはなんといっても手紙だ。書体や余白のスペース、改行のバランス、便箋のデザインなど、メールには到底太刀打ちできない技を披露できる。技といっても、わたしのことだから、たかが知れてはいるが。
「今はメールでしょ」と言う人は、実はこう言いたいのだ。
「じつは手紙書くの、苦手です」
こういう人は結構いると思う。先日、同年輩の友人から長文の手紙が届いた。
「手紙を書くのは高校時代以来です」
ということは、十五年ぶりくらいだ。ありがたく拝誦した。「拝誦」。これも好きな言葉だ。拝読という意味である。
手紙を書くのが苦手な人のために、世の中の人はパソコンのソフトを開発した。
「直子の代筆」
差し出す相手や目的を選ぶと手紙の文面が自動的に作成される。それにしてもなぜ「直子」なのか。どこのどいつだ。
それはいい。とにかく「直子の代筆」である。これのインターネット版があるのを発見した。
さっそく覗いてみた。「ビジネス」「個人」「スピーチ」「冠婚葬祭」の四つのカテゴリーがある。「個人」を選んでみた。
「作成する分野を選択して下さい」
お詫びから見舞い、抗議、督促など、数十種類ある。とりあえず「お詫び」にした。これまた多くの種類がある。適当に選んでみた。
「浮気を反省して妻に送る誓約書」
クリックした。
誓 約 書
私こと、この度あけみとの件につきましては、久美子をはじめとして、家族・親戚にご心配をおかけ致しましたことを深く反省し、ここにお詫び申し上げます。 入社した頃からあけみと同じ職場になったのがきっかけで深く交際するようになり、帰宅を避けあけみ宅に泊まり込むようになってからは、久美子にも不自由な思いをさせ、随分と酷いことをしてしまったと心から反省しております。結果として私の色情狂いから、久美子にもあけみにも人間として最低の態度をとってしまいました。子供にとっても最低の父親像を見せてしまったわけで、悔やんでも悔やみきれません。 その後、あけみとの仲も精算し、今は迷いからも抜け出すことが出来ました。そのあいだ耐えてくれ、私を再び受け入れてくれる久美子には、本当にすまなく思うと同時に、これから償っても償い切れない気持です。 ここに過去の過ちを反省し、明るい健全な家庭を作ることを誓約致します。
2002年2月3日
なんだかわからないが、頑張ってほしい。
(2002.2.10)