夕空の法則

尊敬と記号

アメリカで起きた同時多発テロ以来、マスコミはこの話題で大騒ぎである。さまさざまな情報が行き交う中、犯罪の首謀者の名前が連日報道されている。アフガニスタンを拠点として、「アルカイダ」というテロ組織を率いている男らしい。その名前が、メディアによって、微妙に異なることに私は気がついた。特に新聞の表記が各紙ばらばらなのだ。

朝日新聞では「オサマ・ビンラディン氏」である。読売新聞は「ウサマ・ビンラーディン」。毎日新聞は最初「ウサマ・ビン・ラディン氏」と書き、たまに「ウサマ氏」や「ビンラディン氏」と略している。

「オサマ」か「ウサマ」か。「ビン」の後には「・」が要るのか要らないのか。「ラディン」なのか「ラーディン」と延ばすのか。犯人像が特定できない理由のひとつに、この名前の表記の不統一があるのではないだろうか。「・」があるのとないのとでは結構印象が変わるものだ。記号の存在はあなどれない。

と、ここまで書いてきて、私は思い出した。ある歌手の名前だ。その人は、なぜか名前をひらがなで表記するのだが、とくに珍しい名前というわけではなかった。ところがある日、突然その名前に奇妙な記号が現れたのだ。

「つのだ☆ひろ」

「☆」である。なぜか星のマークだ。どう読めというのか。「つのだ・ほし・ひろ」か。どうやら違うらしい」。「つのだひろ」と読むのだそうだ。つまり「☆」は読まれない記号なのだ。「☆」はいかにも目立つ。衆目を集めるにはもってこいだ。

朝日新聞と毎日新聞がテロの容疑者に「氏」をつけて呼んでいることは上で述べた。『大辞林』によると、「氏」は「【接尾辞】人の姓名に付けて尊敬の意を表す」とある。朝日新聞と毎日新聞は容疑者を尊敬しているのだ。しかも連日連夜、尊敬している。事件の真相が明らかになるにつれて、尊敬の度合いが高まる恐れがある。そこで心配になるのが記号だ。記号が出現する危険性がきわめて高い。朝日新聞は書くだろう。

「オサマ☆ビンラディン氏」

今にもドラムを叩き、「メリー・ジェーン」を歌いそうだ。歌うテロリスト。こんな恐ろしい人間がいるだろうか。

毎日新聞も負けてはいない。

「ウサマ@ビン?ラディン氏」

「@」だ。今流行のアットマークだ。しかし「?」ってことはないじゃないか。これでは腰砕けである。毎日新聞の沽券にかかわる問題だ。敵に塩を送るようなものである。案の定、朝日新聞はここぞとばかりに反撃に出る。

「オサマ!ビンラディン氏」

まるでスーパーの大安売りのチラシの文句だ。超お買い得のテロリスト。テロリストだけでもいやだが、超お買い得のテロリストはもっといやだ。

毎日新聞が悩む。悩みに悩みぬいた。その挙句に考えたのがこれだ。

「ウサマ±ビン≒ラディン氏」

「±」とはなにごとだ。しかも「≒」である。中途半端だ。画竜点睛に欠くとはこのことではないか。

以上の考察から導き出される結論はひとつだけである。

テロリストを尊敬するな。

(2001.10.15)