マドリードのビルバオ広場に面する市内最古のカフェ・コメルシアルが昨日突然閉店しました。事前予告もなく閉店記念のイベントもなく、閉ざされたドアには「業務終了のため閉店(Cierre por cese de negocio)」と記された紙が一枚貼ってあるだけというさみしさです。従業員も常連客も閉店の理由は知らされず、憶測が飛び交うばかり。経営者であるイサベル・コントレーラスとマリベル・サラカトーはただ営業続行の意志がないと申し立てただけ。
居心地のよいカフェでした。1887年の開店以来、文学者と映画関係者のテルトゥリアの場として賑わいました。アントニオ・マチャード、カミロ・ホセ・セラ、ブラス・デ・オテーロ、ガブリエル・セラーヤ、フランシスコ・ウンブラルなどの文学者が通い、ルイス・ガルシア・モンテーロ、アルトゥーロ・ペレス=レベルテ、ホアキン・レギーナなど現役作家にも愛されました。ダビ・トゥルエバは2002年の映画『マドリード1987』のワンシーンをここでロケしました。
ミゲル・ポベーダが新作アルバム『自由のためのソネットと詩』 Sonetos y poemas para la libertad を制作し、今夜マドリードのレアル劇場でお披露目します。詩人のルイス・ガルシア・モンテーロとシンガーソングライターのペドロ・ゲラの発案による作品で、ガルシア・モンテーロがアルベルティやネルーダ、ボルヘス、ケベード、ロペ・デ・ベガ、ミゲル・エルナンデスらの詩を選び、ゲラが作曲を手がけました。制作に四年を費やし、ホアキン・サビーナ、アナ・ベレン、ミゲル・リオス、チクエロ、ジュアン・アルベルト・アマルゴースらの協力を仰ぎました。
以下は蛇足ですが、記事の第二段落に引用されたポベーダの談話に見られる cuartado は綴りが間違っており、正しくは coartado です。「制約を受けた(coartado)と感じたことは一度もなくて、若いころから、偏見を持たずに芸術の世界を動き回ったよ」という意味です。
マドリード生まれのシンガーソングライター、ハビエル・クラーエが今朝カディスの自宅で心筋梗塞で亡くなりました。七十一歳。ジョルジュ・ブラッサンスとレナード・コーエンの活躍に勇気づけられた人なので、「シンガーソングライター」というよりは「歌う詩人」と称するのがふさわしいかもしれません。たしか1993年初頭だったと思いますが、マドリードのとあるナイトクラブでライブを聴いたことがあります。開始時刻が午前一時頃で、クラーエはすでに酒を何杯もあおったらしく酩酊状態。呂律が回らないのにマイクを離さず歌い、聴衆は大受けでした。あやしい秘密集会の雰囲気は立川談志の「談志ひとり会」に通じるものがありました。
毎夏恒例のアルマグロ古典演劇祭が開幕し、ホセ・ルイス・ゴメス(75歳)が第15回コラル・デ・コメディアス賞を受賞しました。「我々俳優には、自分自身を洗練された伝達手段にするという高い目標がある。時には人間の最良の部分を伝えなくてはならないからね」「最高の学びは学んだことを忘れることだよ。自分を空っぽにするのは俳優にとって骨の折れる作業なんだ。伝達者になるという難しい目標を引き受ける前に、まず自分を身ぎれいにするのが大事だ。あとでいろんなものに染まれるようにね。準備に必要なのはたったひとつ、自分を空っぽにすることだ」。すぐれた俳優ならではの見解です。