やっとできました、アルモドバルのブログ。3月25日付のメッセージ(長文)が載ってます。内容は新作 Los abrazos rotos (引き裂かれた抱擁、くらいの意味)の脚本についてですが、デボラ・カーについて熱く語っています。
脚本の初稿を脱稿したのが去年の10月21日、それから書き直して今は七稿。初稿を脱稿した週にデボラ・カーの訃報に接し、真っ先に思い出したのが『イグアナの夜』だったそうです。ジョン・ヒューストン監督、テネシー・ウィリアムズ原作の『イグアナの夜』はアルモドバルにとってテネシー・ウィリアムズの最高傑作ではないしジョン・ヒューストンの最高傑作でもない、デボラ・カーの主要作品でもない、でも「この映画では監督が言葉を恐れていない」。
ヒューストン監督が言葉を恐れていないとアルモドバルが感じたシーンは、デボラ・カーが唯一の恋愛体験を語る場面。デボラ・カー扮するハンナは「ヒッピー風の修道女」で処女の年増。リチャード・バートン演じるシャノンは荒々しい男で、シャノンにとってハンナは「宇宙人に等しい」。そしてシャノンがハンナに、お前には恋愛の経験はあるのかと訊ねる。ハンナは「あるわ」と答える。彼女が香港にいた時のことで、宿泊先のホテルで知り合ったデブで禿の男に鉛筆で肖像画を描いてあげた、下着メーカーのオーナーで、どこにでもいるような風采の上がらない男。男はハンナに大枚のチップをはずみ、彼女を誘って小舟に乗る。男はおどおどして、ひとつ頼みを聞いてくれないかと訊ねる。「向こうを向いているから、下着を脱いでわたしに放り投げてくれないか」――。
昔話を聞いたシャノンはびっくりして、「言われたとおりにしたのか」とハンナに訊ね、「そうよ」とハンナは応える。「脱いだ時も見られなかったし、下着を受け取った時も私はあの人を見なかったわ」。「そんなつまらない話を君は恋愛体験と呼ぶのか」「ええ」「気持ち悪くなかったのか」。ハンナは答えます。
「人間的なものに嫌悪感を感じることはありませんよ、シャノンさん。残酷で暴力的でさえなければ」
アルモドバルはこの「常軌を逸した」モノローグが「感動的」で、デボラ・カーの訃報に接してまず思い出したのがこのモノローグだったと言います。そして、彼の新作でも「モノローグがあるだろう、ブランカ・ポルテーリョがナレーションの締めくくりを飾るモノローグになるだろう」と述べています。
新作については、主要キャストのリュイス・オマール、ペネロペ・クルス、ブランカ・ポルティーリョ、ホセ・ルイス・ゴメスに大満足。脚本は、フェリーニやベルランガが撮影中も書き直したように、今後も書き直しがあるだろうとのこと。物語は1994年と2008年。参考にした本はアイルランド人作家コルム・トビーンの小説二冊。一つはブッカー賞ノミネート作 "The Blackwater Lightship" 、もう一つはヘンリー・ジェイムズの伝記小説 "The Master"。さらに「原題再考の物語作家」アリス・マンローの『イラクサ』と "Runaway"。後者には「映画化したい物語がある」。
そのほかジャンル・モローについても長々と語っていますが、長いんだよアルモドバルの話。また後で書き足します。
今日は訃報続きです。
20世紀のスペイン舞踊界の大人物、舞踊家・振付家ピラール・ロペスが25日早朝、マドリード市内の病院で亡くなりました。遺体はマドリードのサン・イシドロ霊安室に安置されています。
1912年6月4日、サン・セバスティアン(バスク)生まれ。スペインの〈銀の時代〉と呼ばれる1920年代から30年代に一世を風靡。〈ラ・アルヘンティニータ〉ことエンカルナシオン・ロペス・フルベスの妹。ロルカや闘牛士イグナシオ・サンチェス・メヒーアスと親交が深く、内戦勃発直後に姉と亡命。
1952年にホアキン・ロドリーゴ作曲の「アランフェス交響曲」をバレンシアのプリンシパル劇場で初演、大評判を呼び、パリ公演を行います。日本にも1960年代初頭に来日。1974年に踊るのをやめ、1982年引退。以後活動したのは三回だけで、1979年にアントニオ・ガデス芸術監督のスペイン国立バレエ団『アランフェス交響曲』と、2001年、2002年にエルビラ・アンドレス芸術監督の同バレエ団が行った同公演の手直しでした。
記事では触れられていませんが、60年代の来日公演を観て「フラメンコを極めよう」とスペインに渡り修行したのが小松原庸子さんや小島章司さんです。今や〈フラメンコの第二の故郷〉となった日本にフラメンコが広まったきっかけを作ったのがピラール・ロペスでした。
ブエノスアイレスで脚本が入ったパソコンが盗まれてどうなることかと思われたコッポラの新作『テトロ』 Tetro。いよいよ製作が始まります。ハビエル・バルデムとマリベル・ベルドゥのスペイン人コンビが出演決定。共演はマット・ディロンとロドリゴ・デ・ラ・セルナ。
コッポラは一年前からブエノスアイレスのパレルモ地区で脚本を準備。『テトロ』は「18歳の時から作りたいと思っていた」んだそうです。アルゼンチンのイタリア系移民の話で、父と息子の対立を描くものの、『ゴッド・ファーザー』のコルリオーネ一家とはかなり違うとのこと。「大勢のイタリア人がアルゼンチンとアメリカ合衆国に移住した。兄弟の人が一方に、もう一人が他方にとどまることもよくあった」。
ロケ地はボカ(サッカーのボカ・ジュニアーズの本拠地)、パタゴニア、バリローチェ、そしてカリファテの氷河。
待ってました。『海を飛ぶ夢』でアカデミー賞最優秀外國が映画賞を受賞してから三年、アレハンドロ・アメナーバル監督が新作にとりかかります。タイトルは『アゴラ』 Ágora。来週16日(月)からマルタ島で撮影開始。制作はテレシンコ・シネマ、モッド・プロドゥクシオネス・エ・イメノプテロ。
舞台は西暦4世紀のエジプト。ローマ帝国の支配下でキリスト教が台頭してきた時代。混乱する時代における宗教、愛、文化がいかに混交していったかを描くそうで、脚本はもちろんアメナーバル本人といつもの協力者マテオ・ヒルの合作。プロデューサーはフェルナンド・ボバイラ。
主人公は『ハムナプトラ』シリーズのレイチェル・ワイズ。実在したアレキサンドリアのヒュパティアを演じます。ヒュパティアは西欧初の女性哲学者・数学者。共演はオスカー・アイザック、アシュラフ・バルフム、マックス・ミンゲラ、マイケル・ロンズデール――記事に Lonsdalem とあるのは Lonsdale の誤り――、ルパート・エヴァンス、ホマユン・エルシャディ。
キャストを見ればわかりますが、『オープン・ユア・アイズ』同様、全篇英語です。スタッフが凄いよ。美術はガイ・ヘンドリックス・ディアス(『スーパーマン・リターンズ』『エリザベス:ゴールデン・エイジ』『インディアナ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』)――苗字が Diyas になってるけど正しくは Dyas――。撮影はシャビ・ヒメネス。衣裳は『女の都』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』『薔薇の名前』『エイジ・オブ・イノセンス』『レ・ミゼラブル』『チャーリーとチョコレート工場』『グリム』のガブリエラ・ペスクッチ。楽しみです。
ギリシャの歌手ナナ・ムスクーリが歌手生活五十周年を節目に "The Farewell tour" と題して引退ツアー中。スペインは3月14日にバルセロナのパラウ・デ・ラ・ムシカで最後のコンサートが開かれます。ツアー最終は7月にギリシャで。
今年73歳。これまでに11の言語で1500曲を録音、レコード売上枚数は3億枚以上。「バルセロナは私にとって大切な場所。1960年に地中海歌謡祭で来てから国際的なキャリアが始まったから」。この歌謡祭で優勝、クインシー・ジョーンズとミシェル・ルグランに認められアメリカとフランスでコンサートを開き、世界に羽ばたきました。スペイン語で歌った曲もたくさんありスペインでは昔から人気があります。バルセロナのコンサートでは "Dos Cruces" や "Soledad" などが聴かれるはず、と記者。
五十年の歴史を誇る全ヨーロッパの歌の祭典ユーロビジョンについては近年の「墮落ぶり」を批判。「誰も母語で歌わなくなった。下らないグローバリゼーションのせいでみんな英語になった。ヨーロッパの底力は多様性にあるのに」。引退後は自身が設立した若いアーティストを助成する基金の運営にあたるそうです。