晏起午に近し。快晴。春暖日に/\加はる。午後河畔をインターバル速步にてあゆむ。一箇月振りなり。草稾をつくらむとせしが興來らずして歇む。柳亭市馬の山號寺號、茗荷宿屋、轉宅、出來心を聽く。
寤むれば日は亭午なり。晴れてあたゝかなり。終日執筆。春風亭小柳枝が拔け雀酢豆腐、立川志の輔が井戶の茶碗宿屋の仇討、入船亭扇遊が浮世床、春風亭百榮が壽司屋水滸傳を聽く。
快晴。風漸く絕ゆ。春暖人に佳なり。執筆餘事なし。午後溫泉。夜に至りて曇る。初更BS11ようこそ藝賓館に桂春蝶の地獄八景亡者戲、桂小春團治のアーバン紙芝居を聽く。深更雨ふる。
晴。餘寒なほ嚴し。園丁來りて庭を掃ふ。室生犀星の性に眼覺める頃をよむ。草稾をつくる。茟意の如くならず。苦心慘澹たり。夕餉にカルボナーラをつくる。火加減味つけともに失敗す。卵料理は難しきものなり。
半陰半晴。北風烈し。寒氣激甚。杏つ子を讀み了る。望月氷の如し。
晏起午に近し。乍陰乍晴。書齋と寢室の塵を拂ふ。室生犀星の杏つ子をよむ。
快晴。午前皮膚科に行く。待合室にて待つこと一時間、診察わづか二分なり。午後宮本百合子の播州平野をよむ。夕刻空くもりて夜雨となる。この日誌を書始めてより十二年の歲月を經たり。枕頭室生犀星のあにいもうとを讀む。
隂。連日寒し。セキセイ鸚哥のアサリ君、余が朝飯のサラドを食べ始めるや興味津〻として籠の屋上をトコ/\驅來りて箸の上に乘りたり。箸を皿の緣に下ろしてやるに、自家製鷄ハムを啄まむとするを以て、それは鷄だから駄目だよと余が制するを聞入れ、サラドのレタスと胡瓜を喰ひたり。穎割大根はさすがに舌に辛しと見え、一口啄みては頭をブル/\と左右に振るさまいと可笑し。晝夜とも門を出でず。山本有三が路傍の石をよむ。
吾一といふのはね、われはひとりなり、われはこの世にひとりしかないといふ意味だ。世界に、なん億の人間がゐるかもしれないが、おまへといふものは、いゝかい、愛川。愛川吾一といふものは、世界中に、たつたひとりしかゐないんだ。
人生は死ぬことぢやない。生きることだ。これからの者は、何よりも生きなくてはいけない。自分自身を生かさなくつてはいけない。
たつたひとりしかない自分を、たつた一度しかない一生を、ほんたうに生かさなかつたら、人間、生まれてきたかひがないぢやないか。
人間はな、人生といふトイシで、ごし/\こすられなくちや、光るやうにはならないんだ。
人間、何をやつてもいゝんだ。一番大事なことは、まつすぐに生きることだ。
若い時に、にがい水を飮まなかつたやつは、ひだちが惡いよ。
天氣牢晴。寒氣退かず。山本有三が女の一生をよむ。
あなたはおかあ樣にとつて、たつたひとりの人です。あなたゞけがおかあ樣のものです。そしておかあ樣だけがあなたのものです。
エンゲージ・リングなんて、男の祕密と財產を預けるシンボルだなんていふけれど、女の指にキンのたがをはめて、女を逃がさないやうに縳つておこうつて、惡いしやれかもしれないね。
女には二つの出產がある。肉體的の出產と、もう一つの出產が。肉體的の出產によって女は母になる。そしてもう一つの出產によつて母おやは人間になるのだ。
性の知識を授けたゝめに、もし子どもがけがれた生活にはひるものなら、さういふ子どもは、その知識がなかつたならば、一層けがれた生活にはひるにちがひない。
母性愛なんて言ひますが、自分の子どものことしか考へないやうなものは、動物と變はるところがないぢやありませんか。
ゆび輪をいたゞいておかないと約束があやふやなやうな結婚なら、はじめからしないはうがいゝと思いますわ。
世の中には父母の恩愛よりも、もつと大きなものがあることを考へてください。ぼくはその大きなものゝためにいま家を出ます。
結婚するつてことは、一生ばかをやり通すことだ。
人生には隨分むだが多いぢやないか。そして、むだもまた、ある塲あいには、かなり必要ぢやないか。
恐ろしいものだ。時代だよ。詩でもなんでも時代で讀まれるのだ。
生むといふことは、生まれるといふことは、お互が離れることである。
曇天。西北の風强く寒きこと嚴冬に劣らず。午前執筆。午後主治醫を訪ひ診察を請ふ。謂はれなき焦燥感と不安を訴ふるにウインタミン細粒追加處方せらる。歸途理髮舖に立寄る。夕刻執筆。晚食の後溫泉に行く。歸宅してまた執筆。草稾六篇を編輯員に交附す。初更BS11にて錄畫したる柳家喬太郎のようこそ藝賓館に柳家三之助の轉失氣、柳家小袁治の女天下を聽く。女天下といふ噺を聽くはこの日初めてなり。小袁治は人物の演じ分け巧みにて就中女房の演技に眞實味あり大に感心す。
春雨霏〻。里見弴の多情佛心をよむ。
一番むづかしいのは、自分のしたいことがなんであるか、それをはつきり知ることだ。
一生懸命になりさへすれば、その時間、人は誰でも淸く美しい心になれるのだ。
俺はまだ、こいつは惡人だと思ふやうな人に出つくはしたことがないんだ。世の中に、そんな人が一人でもあらうとは思へないんだ。
好意で報はれた徒しい敵意ほど始末にわるいものはない。
心の通路さへたどつて誤らないならば、古今東西、どこに行つても、懸け渡す橋もないやうな谿は、決して一箇所でもあるべきはずはない。
さやうなら、……みなさんも安心しなさい、死んでくのは、存外樂なもんですよ、……あゝ、樂だ……。
眞に愛し合つてゐる二つの心が、善き方へ、深き方へ、瞬間もたゆまず枝を擴げ、根を張らないと云ふためしはないのだ。
ひとりだ、なんと云つても、結句人間は、ひとりッぽつちのものだ。水も洩らさぬ、と云ふほどの仲でも、二人めいめいに、どうにもならないひとりッぽつちの寄合なのだ。
みんなも本氣になるんだね。本氣なら何をしたつて立派だからね。
まごころから何かしたがること、―――これがあたしの一生かゝつて貯めた財產の全部だ。
世の中に何が救はれないつて、自分で自分を騙して平氣でゐられる人間ほど始末におへないものはないんだ。
曇天。江戶川亂步が二錢銅貨とD坂の殺人事件をよむ。夕餉の後O市圖書館に行く。半月朦朧として夜しづかなり。
世の中にいちばん安全な隱し方は、隱さないことだ。
人間の觀察や人間の記憶なんて、實にたよりないものですよ。
天氣好晴なれど西北の風吹きすさみて寒し。武者小路實篤のお目出たき人と友情をよむ。友情をよむは三十三四年振りなるべし。
女は放蕩者の方を君のやうな道學者より歡迎するものさ。第一面白いもの。
女に戀されやうと思つたら、プラトニックな考をすてなければいけない。何んでも露骨にゆくに限る。
口ではうそがつける。耳にはうそがつける。しかし眞心はうそをつかない。
食ふに困れば人間はなんでもする。
戀は畫家で、相手は畫布だ。戀するものゝ天才の如何が、畫布の上に現れるのだ。
戀の相手にぶつかる位は、學問をした片手間で澤山だ。又每日の仕事をした餘暇で澤山だ。
ともかく戀も一種の征服だからね。
大槪の人はいゝ加減に戀して、いゝ加減に結婚するのだね。それが又利口らしい。
雨聲瀟瀟。午後溫泉。島崎藤村の夜明け前をよむ。夕餉の後中央圖書館に徃く。夜雨雲散じて星出づ。五日頃の弦月西の空に沈みゆくさま芝居の書割の如し。魯西亞チェリャビンスク州にて隕石落下。NHKニュースの映像を見るに閃光物凄し。落下の衝擊波により建物の硝子粉微塵になり怪我人五百人に及ぶ。時恰も2012DA14といふ小惑星明朝地球に最接近するなり。
天氣好晴。風寒からず。過日市ヶ洞に開店せしばかりの便利店ローソンにて預金を引出し、カーマホームセンターに赴きセキセイ鸚哥の混合餌を買ふ。鄰の超級市塲アオキスーパーにて一袋百三十五圓の上白糖を三袋買ふ。カーラヂオのNHK-FMひるのいこい一曲目に大滝詠一 Blue Valentine Dayの 流るゝを聽く。YouTube にて中田ダイマル・ラケットの漫才を聽く。僕の農園、僕の漂流記、僕は迷優、僕の戀人君の戀人、家庭混線記。二人の漫才の中にて余が最も感歎せしは平成九年三月廿日NHKラヂオ第一話藝・笑藝・當たり藝にて立川談志が出演せし折に紹介せられし僕は時計なり。
好く晴れたれど西北の風吹き狂ひて寒氣凜烈なり。舊稾を整理す。桌上型電腦背面のディスプレイ入力端子を見るに平らなる差込口あり。定めて HDMI 端子なるべしと思ひ、アプライドに赴き HDMI-DVI ケーブルを購ひ來りて接續せむとするに、端子の形合はず嵌めること能はず。仔細に見るにこの差込口は HDMI にあらずして DisplayPort なり。急いては事をし損じるとはこの事なり。
曇天。草稾三篇をつくり編輯員に交附す。午後溫泉に徃き執筆の疲れをシルク風呂に癒やす。夕餉に天麩羅を揚ぐ。夜に入りて雨ふる。八時BS11柳家喬太郎のようこそ藝賓館に柳家小里んの碁泥、柳亭小燕枝の强情灸を聽く。九時BSプレミアムに小津安二郎の無聲映畫生れてはみたけれどを看る。オナカヲコワシテヰマスカラナニモヤラナイデ下サイの貼紙に呵呵大笑す。
陰晴不定。建國紀念の日なり。執筆他事なし。羅馬法王ベネディクト十六世今月末に退位するといふ。ディズニーの新作短編漫畫映畫 Paperman を看る。
Paperman
舊正月初一。天氣好晴。午後曇りしが薄暮に至りて雲散ず。寒氣稍ゆるやかなり。有島武郎がカインの末裔、生れ出づる惱みを讀む。曉明に錄畫せしNHK總合テレビ演藝圖鑑に桂小南治の鼻ねじを聽く。この噺を聽くはこの日が初てなり。岩淵達治歿。享年八十五。
藝術家にとつては夢と現との閾はないと言つていゝ。彼は現實を見ながら眠つてゐる事がある。夢を見ながら目を見開いてゐる事がある。
人間といふものは、生きるためには、いやでも死のそば近くまで行かなければならないのだ。
ほんたうに生は死よりも不思議だ。
未來はすべて暗い。そこではどんな事でも起こりうる。
晴。終日有島武郎の或る女をよむ。
自分はどうしても生まるべきでない時代に、生まるべきでない所に生まれて來たのだ。自分の生まるべき時代と所とはどこか別にある。そこでは自分は女王の座になおっても恥ずかしくないほどの力を持つ事ができるはずなのだ。生きているうちにそこをさがし出したい。
女を全く奴隸の境界に沈め果てた男はもう昔のアダムのやうに正直ではないんだ。女がじつとしてゐる間は慇懃にして見せるが、女が少しでも自分で立ち上がらうとすると、打つて變はつて恐ろしい暴王になり上がるのだ。
私は一旦かうと決めたら何所までもそれで通すのが好き。それは生きてる人間ですもの、こつちの隅あつちの隅と小さな事を捕へて尤めだてを始めたら際限はありませんさ。
平穩な、その代はり死んだも同然な一生がなんだ。純粹な、その代はり冷えもせず熱しもしない愛情がなんだ。
この幸福の頂上が今だとだれか敎へてくれる人があつたら、わたしはその瞬間に喜んで死ぬ。
僕は一生が大事だと思ひますよ。來世があらうが過去世があらうがこの一生が大事だと思ひますよ。生きがひがあつたと思ふやうに生きて行きたいと思ひますよ。
空は好く晴れわたりしが北風吹きすさみて寒氣骨に徹す。樋口一葉のにごりえを讀む。午後溫泉。圖書館に立寄りてかへる。執筆。書き終へれば夜は二更にならむとす。九時半Eテレ日本の話藝に入船亭扇遊が三井の大黑を聽く。結構なる高座なり。
行かれる物なら此まゝに唐天竺の果までも行つて仕舞たい、あゝ嫌だ嫌だ嫌だ、何うしたなら人の聲も聞えない物の音もしない、靜かな、靜かな、自分の心も何もぼうつとして物思ひのない處へ行かれるであらう、つまらぬ、くだらぬ、面白くない、情ない悲しい心細い中に、何時まで私は止められて居るのかしら、これが一生か、一生がこれか、あゝ嫌だ嫌だ
曇天。確定申告の書類を稅務署に送る。原稿六枚を書きて編輯員に交附す。樋口一葉のたけくらべを讀む。
ゑゝ厭や/\、大人に成るは厭やな事、何故このやうに年をば取る、最う七月十月、一年も以前へ歸りたい。
夜來の雨霽る。暗雲次第に散じて夕刻には靑空を仰ぎ得たり。終日門を出でず。今朝ソロモン諸島沖にてマグニチュード八・〇の地震ありとてNHKは津波注意報の報道一色なり。午後幸田露伴が五重塔をよむ。夜國木田獨步の武藏野、牛肉と馬鈴薯をよむ。
世の中の主義つて言ふ奴ほど愚なものはない。
凡そ缺伸に數種ある、その中尤も悲むべく憎くむ可きの缺伸が二種ある、一は生命に倦みたる缺伸、一は戀愛に倦みたる缺伸、生命に倦みたる缺伸は男子の特色、戀愛に倦みたる缺伸は女子の天性、一は最も悲しむべく、一は尤も憎むべきものである。
どうにかしてこの古び果てた習慣の壓力から脫がれて、驚異の念を以てこの宇宙に俯仰介立したいのです。
結果は頓着しません、源因を虛僞に置きたくない。習慣の上に立つ遊戲的硏究の上に前提を置きたくない。
僕は人間を二種に區別したい、曰く驚く人、曰く平氣な人……。
朝の中好く晴れしが午後に至りて暗雲天を蔽ひ雨もよひの空合となる。午後溫泉。主治醫を訪ひ診察を請ふ。ドグマチール增量せらる。頓服に抗不安劑デパス處方せらる。花屋の西鄰にいつか便利店ローソン出店す。浮雲を讀終へる。二更BS11柳家喬太郎のようこそ藝賓館に古今亭志ん輔の豐竹屋、古今亭志ん橋の無精床を聽く。
人世の困難に遭遇て、獨りで苦惱して獨りで切拔けると云ふは俊傑の爲る事、竝や通途の者ならばさうはいかぬがち。
自心に苦惱が有る時は、必ずその由來する所を自身に求めずして他人に求める。求めて得なければ天命に歸してしまい、求めて得れば則ちその人を娼嫉する。
心理の上から觀れば、智愚の別なく人咸く面白味は有る。
苟めにも人を愛するといふからには、必ず先づ互ひに天性氣質を知りあはねばならぬ。
惡夢に魘され目覺めて枕頭の時計を見るに午後二時過なり。倦怠感甚し。去土曜の不體裁を思ひ返すだに穴があらば這入りたき心地するなり。雨聲淋鈴たり。晝夜門を出でず。市川團十郎の訃あり。舊臘勘三郎に續いて團十郎もまた鬼籍に入りぬ。嗚呼。二葉亭四迷の浮雲を讀む。この日立春。
快晴。荷風先生がつゆのあとさきを讀む。執筆。二時FM愛知にサンデー・ソングブックを聽く。明日山下達郎氏還曆の誕辰なり。拂曉NHK總合にて錄畫せし演藝圖鑑に春風亭百榮が弟子の强飯を聽く。いつ聽きても抱腹絕倒なり。
西洋文明を模倣した都市の光景もこゝに至れば驚異の極、何となく一種の悲哀を催さしめる。
歲月は功罪ともにこれを忘却の中に葬り去つてしまう。
人間の世は過去も將來もなく唯その日その日の苦樂が存するばかりで、毀譽も襃貶も共に深く意とするには及ばないやうな氣がしてくる。
人間一生涯の中に一度でも面白いと思ふ事があればそれで生れたかいがあるんだ。
晏起。夜來の雨霽る。講師懇親會の約あれば一年振に地下鐵道に乘り名驛に出づ。町に出づるは一年半振のことゝて人の徃來賑やかなるに輕き目眩を覺ゆ。名驛四丁目なる vintae といふ西班牙バルに徃く。參加者九人、半數は初對面なり。余は何故か卓子中央の席に坐らされ、緊張のあまり會話に加はること能はず、左右に四人ヅヽ組をなして歡談する中餘ひとり蚊帳の外なり。見るに見かねたるにや時〻聲をかけてくれる人ありしかど余は返荅するが精一杯にて、話の接穗を失ひ又もや蚊帳の外にあるなり。家にかへれば日は晡なり。泉鏡花の草迷宮を讀む。拂曉錄畫せしBS-TBS落語硏究會に柳家さん喬が雪の瀨川上及び下を聽く。
舊十二月廿一日。晴後に陰。午後溫泉。婦系圖後篇を讀む。朝八時五十五分Eテレえほん寄席にて錄畫せし死神を聽く。演者は柳家さん喬、繪師は思ひもかけず水木しげるなり。三時BSプレミアム日本の話藝セレクションにて錄畫し置きたるさん喬の夢金を聽く。二更Eテレ日本の話藝に六代目柳家小さんの松曳きを聽く。いつか窗外雨聲蕭條たり。
家門の名譽と云ふ氣障な考へが有る内は、情合は分りません。
未來で會へ、未來で會へ。未來で會つたら一生懸命に縋着いてゐて離れるな。
あゝ、狂人だ、が、他の氣違は出來ないことを云つて狂ふのに、この狂氣は、出來る相談をして澄ましてゐるばかりなんだよ。
およそ世の中に、家の爲に、女の兒を親勝手に緣附けるほど慘たらしい事はねえ。