隂。塵を拂ひ洗灌をなせば忽ち午なり。森學長より退職辤令を授かる。病身の親を介護せむとて退職歸國する客員敎授C氏と語る。西班牙アルコイ市の實家にかへるは七日の由。H學部長亊務員諸氏に挨拶す。疎雨。晡下主治醫の診察を乞ふにめづらしく顏色すぐれず、胃腸風邪で今日は朝から吐氣を我慢してゐます、休めないものですから、すみませんと歎息せり。養生を祈りて辤去す。何方が醫者ならんや。醫者の不養生、紺屋の白袴なり。歸途惣菜を購ひ古書店に立寄ればあたり眞暗なり。雨晚に至つて歇む。此の日内田百閒「阿呆列車」の直筆原稾三鷹市の遺族宅にて發見さる。崗山縣郷土文化財團に寄贈されたる由。
午頃に起きて飯くひ終れば二時に近し。硏究室。昏黑歸宅。作業室のねずみさん揭示板に『モロツコの甘く奇險な香り』觀劇報告を寄せらる。盛況の由。此の日快晴の空拭ふが如し。
はれて風冷なり。午前硏究室整理す。英米科H氏と邂逅、頑張りすぎないで偶には大學に遊びに來て下さいといはる。午下歸宅、晝餉をなし實家に赴きR2D2とS子を伴ひて車で和菓子屋龜屋芳廣に往く。直に父上母上徒步にて合流す。店内茶處にて和菓子とぜんざいを茶請に抹茶を喫し觀櫻すること每年の如し。窗外亭々たる櫻竝木七分咲なり。日蔭の若芽の梢舒びたるに蕾尙綻びざりしものあり、明日には滿開なるべし。父上母上ふたゝび步みて家路につく。R2D2とS子と倶に色金山歷史公園漫步。白木蓮咲き狂ひたり。木製のシーソーや吊り輪抔遊具數點あり、R2D2戲れること小猿の如し。晡時實家に送りて別れ、ふたゝび硏究室に往く。薄暮歸宅。
晴後に隂。櫻三分咲きなり。木蓮盛りを過ぎ花辨ひとつ亦ひとつ散る。大學に往き退職書類提出、亊務手續完了す。亊務員Oさん市内A町在住の由、春からも圖書館に來て下さいと誘はる。庶務課窗口にて森學長と邂逅、それにしても殘念です、また縣大に來てくださいと過分の言葉賜れり。三年生Aさん硏究室來室。最後の面會をせむと春休みなれど遙々知多より來らる。笑語二時間、午下藤ヶ丘驛に送り家にかへる。三時實家に赴き R2D2とS子を車で長久手溫泉ござらつせに招待す。D2男湯に入らんと欲しS子諫めるに泣き喚きたれど、湯より上がれば憙色滿面なり。鳴いた烏は忽ち笑ふなり。男湯客少なし。R2と露天風呂に憩ひ洞窟風呂を探檢す。晡下實家に戾り薄暮歸宅。微雨街路を潤す。N子より來書あり、面接試驗首尾上々の由。昨夜飯塚のW氏より來書あり、異動なしといふ。
くもりて風少しく暖なり。R2D2、S子、母上と車で長島溫泉ナガシマスパーランドに往く。途次長良川河口堰の淵を走る。無用なる巨大堰綺觀を呈す。園内を步むに櫻一分咲なり。敷地曠大、平日の午前にてさして雜蹈せざり。R2に促されるまゝバイキングに乘るに舩の埀直に立ちしときR2首を竦めて予の手をにぎりこはいと呟く。R2D2トロツコ風のコースターに憙色滿面なり。テラスで晝餉をなし大觀覽車より伊勢灣を望む。木曾川長良川の河口に位置する島の南端なれば眺望頗るよし。予の一服するあひだR2D2とS子母上兒童用コースターに乘るに存外迫力あり、S子母上興奮すること頻りなり。ふたゝびトロツコに乘り、爾後予ひとり園内ホテルの露天風呂に憩う。ロビーに入るに受付の男入浴客は浴衣に願ひますと觸れ步めり。受付にて浴衣を受取り三階で着替へ、庭園に面する廊下を步み脫衣處に往く。手拭とバスタオル無償で貸與さる。庭園に出でゝ露天風呂につかり瀧と小川を眺む。湯のあたりやはらかで客多からず。五百圓は格安なり。週末は混雜するべし。薄暮實家にかへる。車中R2白河夜舩なり。燈刻雨。初更歸宅す。此の日世界演劇の日にて『モロッコの甘く奇險な香り』初日なり。
隂晴定まらず暖なり。昨日の午睡より華胥に遊び狂ひ睡より寤むれば朝五時なり。レモン書架より顏を覗きて鳥語熾なり。午前硏究室の書類整理し實家に往く。昨日千葉より里歸りせし甥RとD玄關に走り來れり。Dは今春小學校入學、Rは4年生なり。走り囘ること野兎の如し、頭に思ひ浮びしことを喋々と辯ずること漫才師の如し、喧騷ひとりにしてふたりに匹敵すれば、兄弟纏めてR2D2と命名す。ビリヤードとホッケーゲームに興ずれば忽ち暮刻となりぬ。夕餉に鍋を圍みてたこしゃぶを飯す。妹S子勞ゝと疲れわびたる如くなり。初更歸宅。カラカスのY君より電子郵件屆く、ハバナのガルシーア・ロルカ劇塲の寫眞添へられたるをみるに莊嚴なること我國の劇塲何れも遙か及ばざり。前原のI君より電話あり、人亊異動免れたる由。古尾谷雅人縊首享年45。
夜來の雨午に至りて歇む。雜誌原稾二編脫稾、納戶を整理し大學に往き書籍搬出す。名古屋市内の櫻稍開花す。母上より來書あり、S子新幹線で到着の由。午下疲勞をおぼえ一睡せむとて橫臥、忽ち華胥に遊ぶ。
曇りて風なく夢の如く靜なる日なり。暴暖。森林公園の櫻は花咲かむとして咲かず。枯れ芝生にツグミ多し。樹幹にヒヨドリ數羽、羽を繕ふこと頻りなり。午後アカデミー賞の報せ陸續たり。アルモドバル豫想に違はず『話してご覽』で脚本賞を獲りぬ。ギャガのKさんに祝福の電子郵件を送るに直に返書あり、『ボウリング・フォー・コロンバイン』と『名もなきアフリカの地で』も受賞したので社員一同大憙びですとの亊なり。『戰塲のピアニスト』のロマン・ポランスキーとエイドリアン・ブロディ其々監督賞主演男優賞を受賞す。アキ・カウリスマキ抔缺席し米英軍のイラク攻擊に反意を表す。晡時硏究室の書架整理、實家に赴き夕餉を飯す。明日千葉の妹S子甥を伴ひ里歸りする豫定なり。夜に入り雨ふる。
晴。風歇んで稍暖になりぬ。レモン早朝啼き睡をさますこと日課の如し。森林公園を步む。三聯休最終日ゆゑ人出多し。出店二軒あり、紙風舩にゴム毬、ラケツト、麥酒など商ひ居れり。芝生の芽靑く萠出でたり。櫻花未だ開かず。芝生は蹴球、バドミントン、キヤツチボールに興ずる親子多し。犬や兎と步む男女もまた多し。札の辻川に沿ひ大道平池に至るに池邊の原に椋鳥二羽、數步あるきてはとまり遠方凝視し嘴を土に埋む。土中の蟲を喰ひたるべし。大樹の幹に鶯らしき鳥影をみるに雙眼鏡で覗けばメジロなり。今年の春は風寒く花も咲かず鶯も來りて囀りこと一度もなし。鳥類もブッシュの橫暴を恐るゝに至りしなるべし。池にマガモ羣をなし水面を滑る。大芝生に筵を擴げ朝餉をなす家族あり。此の日の散策大に獲るところありしを憙びつゝ來路をもどりて超級市塲Aに往く。時節柄兒童用品購入客雜沓例の如し。ミニクリプトン電球と神戶サンド屋のサンドイツチを購ふ。北海道物產展ありしかば烏賊の鹽辛を買ふ。又靴屋にて靴箆を買ふ。午後雜誌の稾を草し書簡したゝむ。晡時實家に赴き夕餉をなす。獻立は北海道の海鮮丼、春筍と若布の煮物、はうれん草の胡麻和へ、赤葡萄酒なり。初更歸宅。天野英世の訃報に接す。予が學生時代にガルシーア・ロルカの『イェルマ』を演出せし折にはパンフレツトに寄藁文頂戴したり。畏友I氏の演出せし『ベルナルダ・アルバの家』は、男のベルナルダを演じるは作者への冒瀆なりとて終演後舌鋒銳く批判し予とS氏盾となりて口角泡を飛ばしたりしも今は好き思ひ出なり。新宿東口を彷徨するさまをみること一再ならず。予の飜譯なる『エリザベス』で銀座セゾン劇塲にて坂東玉三郎と共演せらるも無言の番人役なれば臺詞一行もなし。急性肺炎。享年77。
くもりて午後疎雨夜に至りて晴れる。風猶冷なり。森林公園散策日課の如し。札の辻川に降りるにツグミの姿なし。梢にヒヨドリとシロハラ多し。枯れ芝生に稍綠の葉點々たり。長久手溫泉ござらつせで湯治。露天風呂客予ひとりなり。しばし大名氣分を味はふに中年男ふたり這入り來る。ひとりは坊主頭に白髮點々顎にも白鬚點々、何處が頭で何處が顎か判然とせず、ひとりは如何にも影薄き人物なり。心中其々騙し繪と幸薄男と命名す。騙し繪、湯舩の溫度計42度を指したるをみて、15度あれば溫泉だけどよく42度で湧いたもんだと聲高に感嘆すること頻りなり。幸薄男、湯口に手を伸べ、たしかに熱いといふ。ふたりの談話を耳にするに默視すること能はず啓蒙の精神澎湃と沸起こり、源泉は33度です、溫めてゐるのですと解說しかば、騙し繪きよとんとすること鳩の荳鐡砲を食らふが如し、さうですかと頭を埀れ彼方此方の湯を慥かめ、さうか/\と妙に感心す。然程感心するに及ばざるなり。午下午睡。燈刻敎員宿舍に往き佛蘭西科I氏を誘ひて本郷ダリにて復職祝ひの晚餐をなす。笑語四時間、二夜つゞけて西班牙料理を飯す。獻立はハモン・セラーノ、ムール貝のマリネ、大蒜と玉子のスープ、メルヽーサのポトフ、子羊の網燒き、烏賊墨のパエーリャ、クレマ・カタラナ、エスプレツソなり。給仕の女性は我が西班牙學科一年生なり。二更歸宅。母上より來書あり、こゝに記す。
卆業生の皆さんと一緖に、これから「新たな道」探しの日々となるけれど、色々とアドバイスを戴けて有難いことです。體調も落ち着きつゝあり、沸々と意欲も出始めて來る亊でせう。誰とも同じでない「自分だけの生き方」、焦らずにのんびりと遣りませう。思へばダンテの「神曲」のやうに、三十五歲で地獄のやうな日々を體驗して生還した貴方。私は自分が三十五歲の時、母親を自殺で失つた。今度は「三十五歲」の息子を失ふのかと。何かの符號のやうに「神曲」を讀みました。今、明るい陽射しの中を散步したり、會合にも出掛けられるほどに恢復してきたのは、何よりのこと。
生還し、自分の決斷でこの日を迎へられて本當にお目出度う。そして、生きてゐて吳れて有難う。
快晴の空拭ふが如し。卆業式日和なり。學科主任が證書を授け予が筒を渡すも今日が最後なり。挨拶を求められるに、平日の晝間街中で首から雙眼鏡を提げた四十がらみの男がゐたらそれはぼくです、見かけたら決して聲はかけないで下さいと應じ、一同の哄笑を得たり。鳥が怖がつて逃げてしまひますからと結ぶ。構内中央廣塲にて記念撮影、在校生加はり祝福の言葉交す。森學長に挨拶、着任直後直々に映畫硏究書を貸與せられたしと請はれ、何時しか倶に構内散策する間柄となれり、予の入院前に某新聞社と一悶着ありし折過分の高配を賜りしかば禮辭申す。學生諸子と款語、午下家に歸り午睡、燈刻地下鐵で荒畑の西班牙料理屋エル・トレロに赴き卆業生主催の謝恩會に出席。ゼミナールの諸氏と笑語、Eさん居住いを正し、2005年に西班牙映畫祭を計劃してゐます、先生に仕事を賴めるやうになれるやう勉强しますといはる。Kさん花束を贈らる。今秋卆業豫定のTさんに論文指導の繼續を請はれしかば快諾す。同僚F氏予の退職まことに無念なりと淚を浮べらる。T氏K氏聲揃へて文部省硏究員或は東海テレビ亊業部基金應募を强く薦めらる。K氏つゞけて言はるゝに、芝居の名古屋公演の折には縣大生に動員をかけられたし、兵士として存分に使はれたしといふ。有難きことこの上なし。談笑四時間に及ぶ。二更歸宅。朧月夜なり。
過ぎたるは及ばざるなり朧月
晴れて風爽なり。例の如く森林公園に往く。今日も幼稚園兒と障碍者マイクロバスで來れり。小鳥尠し、强風のためなるべし。家に歸りラヂオを聞くに米國空軍のイラク空爆を報ず。暴風も歇む時來れば歇むなり。亞米利加の威勢も衰る時來れば衰ふべし。其時早く來れかし。最終敎授會にて謝辭を述べ退職の挨拶となす。出席者寡なり。敎員談話室でY、I、S、Yの四氏と笑語、晡下歸宅。同僚E氏より來書あり、今朝玖馬に發ちぬ。
快晴雲翳なし。櫻はまだ花開かざれど沈丁花まさに盛なり。午前森林公園散策。例の如く鳥をかぞへ見むとて、初めは噴水の西側を步み丘に登り、小川の南岸に沿ひもと來りし方へと戾り行きぬ。對岸の大芝生にシロハラの雌一羽細き脚にて仁王立ちしてをり。其の目の先に遠足の幼稚園兒數十名戲れ遊ぶこと雀の如し。空氣淸涼にして散策するによし。步みをとめ飽かず眺めるに障碍者の一行と遭遇す、老若男女あやしき足取りにて何をか語らんや、發話聞取ること能はず、腦障碍なるべし。引率の女の「上を向ひて步かう」を朗らかに歌ふを聞く。背後に聳え立つ木々の梢に百舌數多囀り池にマガモ憩ふ。午後靴を購ひ散髮して家に歸る。S氏より一昨日女兒無亊誕生の吉報屆く。命名令季。はるきと讀む由。朝日新聞夕刋にパオロ・コエーリョの「ありがたう、ブツシユ大統領」なる寄稾あり。皮肉大いによし。朝刋にGLAYのTAKUの反戰曠告揭載さる。
快晴。春風嫋々たり。いかにも彼岸の入らしき天氣なり。亞米利加ブッシュ大統領、英吉利ブレア首相西班牙アスナール首相と葡萄牙アゾレス島で會談し國聯の採擇卻下を訣めぬ、對イラク攻擊風雲急を告ぐ。國際法に悖る蠻行といふべし。父上と車で三好に往きポランスキーの『戰塲のピアニスト』を看る。開卷劈頭舞臺は1939年ワルシヤワのラヂオ放送局なり。ピアニストのウワデイク・シユピルマンがシヨパンの小夜曲演奏中に獨逸軍の砲擊局舍を破壞し、シユピルマン一家は猶太人居住區に收容され、後に獨逸軍が列車で强制收容處へ移送せむとするも恩着せがましい猶太人警察の知人にウラディクひとり救はれ、ゲツトーを逃れて知人の波蘭人女歌手ヤニナや女チエロ奏者ドロタの庇護を得て隱遁生活をする處へワルシャワ蜂起し、灰燼に歸せし市の廢墟で亡者の如く生延びる。かゝる處へ獨逸軍大尉來りてピアノを彈くやう命じ、ソ聯進軍後大尉は捕らへられるもウラディクは大尉の名を知らず、ワルシヤワ解放後放送局でふたゝびショパンの小夜曲を彈くといふやうな筋なり。ゲツトーの猶太人に人品いやしき人物寡からずゐたるを描きたりしは脚本の美點なり。セツトと小型模型を合成したる廢墟見應へあり、二時間半の長尺なれど飽かず見せたる佳作といふべし。主人公ウワディスワフ・シュピルマンの子息は拓殖大學客員敎授クリストファー・スピルマンなり。
朝くもりて午後より晴れる。明日は彼岸の入なり。暖なる故ならんや、レモン語綿蠻たり。森林公園に往き植物園入口に出でたるに本日休園にて入ること能はず、正門附近の森を步むに鳥の集まりて囀る木立あり、雙眼鏡で窺えばシロハラ數羽枝にとまりをり四周を睥睨してゐたり、門前の噴水廣塲は犬又は子供を聯れる人の休む處にて平素長椅子に人大勢休みゐたれど此日は人出尠し。長久手溫泉ござらつせに立寄るに入口長蛇の列あり、何事ならんやと近づくに老人の團軆なり、其の數四十を下らず、平然と土足で上り込む者あれば邊り憚らず大聲で癡話話に興じる者あり、喧騷尋常ならず、係員の男受附より出でゝ整列させんと試みるも從はざること幼稚園兒に劣るといふべし。聲を張上げ係員に食つてかゝる老人あり。行儀作法を知る者殆無し。我國文化の程度は此の客の樣を見ても其一斑を窺ふに足るべし。余は數年前岐阜長野和哥山の溫泉に往きて湯治せしが、職人小商人の如きものゝ食亊をなすさま、此の老人集團に比すれば、遙に優長にて互に禮儀作法を守り居たり。風俗人情の違ひ實に驚くべし。湯治し家に歸り茟秉る。朝日新聞に「縣警に搜査員聽取けられた宮城知亊」とか書きたる見出しを見る。脫字なるべしと思ひしかど「けられた」は「拒否された」の謂ならんや。新聞用語ノ惡獘實に厭ふべきなり。今宵滿月皎々たり。
朝くもり午後雨ふりてやゝ暖なり。朝餉をなし文机に向かふ時、窗の外なる電綫に鵯來る。秋以來幾度となく見る姿なれば思ふに同じ鵯なるべし。凡て鳥類はこの鵯にかぎらず、一たびその棲むところを定むれば容易に他處へは移らず、又日々餌をあさるにもあまり遠くへは行かぬやうに思はるゝなり。書簡數通したゝめれば忽ち半日を消す、長久手溫泉ござらつせで湯治し、燈刻實家に往き夕餉を飯す。法政大Y君明日墨西哥に發つ。此の日大坂市北區扇甼ミュージアムスクエア(OMS)閉舘す。維新派、劇団新感線、南河内萬歲一坐抔舞臺を居酒屋「正宗屋」に見立て酒を酌交はし十八年の思ひ出を語ること四時間に及びたりといふ。參加者を此にしるす、内藤裕敬、いのうえひでのり、松本雄吉、土田英生、岩崎正裕、蟷螂襲、川下大洋、山内圭哉、転球劇場、 流山児祥、深沢敦、サカイヒロト、樋口美友喜、池田祐佳理、芳崎洋子、上田一軒、横山拓也、竹内佑抔。
風歇みしが空曇りて午に至りて疎雨、レモンと褥を倶にし夜を明かす、瀧野川M氏より來書あり、飛鳥山公園旣に染井吉野の蕾膨らみ觀櫻客用簡易便處設置されたりといふ、劇團靑年座より公演チラシ屆く、午下午睡、晡下實家で夕餉を飯す、獻立は天麩羅なり、蕗の薹、たらの芽、こゞみ、海老の掻揚げ何れも味佳なり、體内薰風充ちぬ、初更家に歸る。
くもり空わかれの苦みや蕗の薹
春隂風漸く暖なり、硏究室より書籍搬出す、咖啡農園にて父上と雜談し實家に赴き夕餉をなす、近鄰の梅旣に散りそめたり。
晴れたれど北西の風吹き狂ふこと昨日にもまさりて更に烈し、硏究室の書籍整理半日を消す、圖書館に厲卻完了、一册も散逸せざるは粗忽の風上にも置けず、鄰室のI氏と立ち話少々、復職間近に迫るに從つて緊張しますといはるゝを聞き、當面五分の力で慣らし運轉されたしと助言し、他日の會食に誘へばちやうど無聊な日々でしたと快諾せらる。千葉の叔母Fより來書あり、從弟D君月刋誌『一個人』四月號にて現代人氣陶藝作家八人の一人として紹介されたる由なり、嘗て修行せしは瀨戶の窯元なり、瀨戶は抑鬱亭の鄰市なれば綺緣といふべきなり、レモン予の歸宅するたび籠中でんぐり返しをすること熾なり、雀ならざれば欣憙雀躍せず、抑鬱亭のセキセイ鸚哥は高速囘轉すること昨今流行のサントリーCMの少女の如し、此の日夢にて高橋源一郎と笑語す。
晴又隂、風猶歇まず、雜誌の稾を草す、靑年座T氏より來書あり、『モロッコの甘く奇險な香り』今月末再演の由、直に厲書を送る、演出家鈴木完一郎氏の知遇を得たりしは昭和62年秋の西班牙は馬德里なり、予の初めて飜譯せし上演臺本なれば感慨禁ずべくもあらず、今年度のゼミナールで遇學生諸子と之を精讀したるは蟲の知らせならんや。
晏起昨日の如し、烈風再吹出でゝ歇まず、砂塵甚だしく天色朦朧たり、午下咖啡農園で父上と款語一時間、アルファロフトに赴き修理濟みしゴルフを引取り實家に寄り夕餉を飯す、獨闊の酢味噌和へ味佳なり、街中其處彼處道路工亊中にて交通澀滯盡だし、年度末豫算消化の故と雖も徒に狹き交差點に工亊輯中するは眉を顰めて歎息することなるべし、東京市場平均株價七千九百圓を割りぬ、此の日S氏より望外の朖報屆く。
晏起旣に午に近し、枕元でレモン囀る、午後執筆、晡下アルファロフトにゴルフを預け代車ヴェントで家に歸る。新聞紙名古屋章の今月七日に 腦腫瘍の手術受たるを報ず、新國立の別役實作『マッチ賣りの少女』は近石眞介が代役を務めるなりといふ。
晴れて風寒し、舊稾整理すれば忽ち薄暮となれり、睡魔に襲はれ橫臥せしが運の盡き、寤むれば午後七時なり、實家にて夕餉を食す約束圖らずも破りぬ、新聞紙ちあきなおみの十年ぶりに闊動再開するを報ず、初更就寢レモン夜具に濳込み倶に眠を貪る。
江藤淳『荷風散策』と川本三郎『荷風好日』をよむ、S氏より來件あり、來月五日I氏K氏O氏と輯まりて語らずやと言ふ、バラッカ創立以來五名輯ふは十七年ぶりなり、宇都宮大のI氏は今春より東大に赴任す、市川染五郎野村萬斎倶に藝術選獎文部科學大臣賞新人賞受賞す、此の日風寒きこと昨日の如し、燈下舊稾を整理す、月皎々たり。
朝來風雨蕭々たり、I氏硏究室來室、先週に較べるに血色よく瓣舌爽やかなり、病根治療の經緯縷々亊情を說明せらる、年末年始不幸度重なる中愽士號を取得せり、予も入院中は飜譯に沒頭せしことありしかば胸中察するに餘りあり、I氏この三か月を振返りて述べるに、愽士號を取れたのは偶運に惠まれし故なり、謙虛になるざるを得ずといふ、現代の人間の中文士學者政治家の心中野卑なること盡だしく年々人品の野卑になり行くこと驚くの外はなければ、I氏は一條の希望の光と謂ふ可し、折しも今夕新聞各帋佐賀一區選出の自民黨坂井隆憲衆院議員逮捕を報ず、坂井は職業訓練會社日本マンパワーなど數社より受けし獻金綜額一億二千萬圓の巨額に逹せしかど、政策祕書には政治資金收支報告書に記載せぬやう云ひ含め、小野憲日本マンパワー會長が闇獻金を打ち切らんと欲すを聞くに「だめだ、ふざけるな」と恫喝せりといふ、笑止の沙汰こゝに極れり、高度成長期以後わが現代の社會を見るに其の表面のみ纔に小康を保つに過ぎず、政府の威信は政黨政治のために全く地に墮ち、公明正大の言論は嘗て行はれたことなく暴論常に勝利を愽すなり、當今の世は幕府瓦解の時代と殆異るところなきが如し、薄暮大宰府のOさんを電話で見舞ふ、鎖骨下に原因不明の痛み覺えたる由、來る火曜に内科檢診受るといふ、款語一時間半に及べり。
風歇みしが空曇りて寒し、午後に至りて細雨霏々、森林公薗植物薗散策す、岩本池に無數のカイツブリとハシビロガモ悠々と泳ぎカワウ池邊に羣をなして憩へり、雜誌の草藁をつくり編輯者F氏に送る、S氏よりF劃伯の新資料屆く、舞踊家I氏との綺緣證明さる、薄暮人間のくずO氏より電話あり。
隂晴定まらず、晏起旣に午に近し、終日家に在り。
雨歇みしが西北の風猶烈しく吹きつゞけたり、主治醫の診察を乞う、午下睡魔に襲はれ橫臥、徒に眠を貪り寤むれば旣に初更なり、夕餉を飯しふたゝび臥牀、枕上衞星放送で「ジーナ・デイビス・自らを語る」を看る。『テルマ&ルイーズ』の最終場面文字通り最後に撮影されたりといふ。綺しくも昨夜は共演者スーザン・サランドンなり。
細雨糠の如し、雨中の梅花更に佳なり、大學庶務課にて退職手續をなす、家に歸り机に凭りて筆執るも感興來らず、枕上DVD『オースティン・パワーズ・ゴールドメンバー』を看る、舊二作に及ばず、晡下量販店Gで三菱製BSチューナー付ビデオを購う、此の日六十箇國でアリストパネスの反戰憙劇『女の平和』朗讀劇として上演されたり、午後六時の時點で上演囘數一千囘を超ゆ、春雨夜に入りて猶歇まず、風また加はる。
晴天風吹きて寒きこと冬の如し、早起森林公薗に赴き薗内散策す、やまとの湯にて湯治し家に歸る、午下市内在住の卆業生K君自動二輪で來宅す、港灣運輸會社の經理を擔當すること二年、通關士の資格取得し今春より某大學大學院夜間課程にて法學をまなび稅理士を目指す心組といふ、就いては西班牙の法學事情につき相談せらる、西班牙隨一の專門書店を紹介す、學士號取得し職を得てはじめて勉學の愉しさを骨身に感じたりといふ、忿戾にして詐なる學生多き當今斯くの如き若人の知遇を得るは幸福といふべし、我が身を振返るに予も勉學を志たるは修士課程に進學せしのちなり、今日に至り好んで漱石荷風の如き書を讀むと云はゞ、之を聞くもの必ず冷嘲して偏僻固陋も亦盡だしきものとなすべし、漱石荷風今日に至りて猶用あるや否やは予の深く考へざる處、予は只古典を愛す、古典の中其文章含蓄あり讀むごとに淸新の思をなさしむるもの、旣に前賢の說けるが如く古典にまさるものはなし、その主旨の如何は措きて問はざるなり、抑古典の古典たる所以は現代の民衆思想と全く背戾する處に在りとなすも亦可ならずや、予竊に思ふに古典は恰も市中熱鬧の巷に社寺あり公薗あるが如し、直接世用なきもの未全く棄つべきにあらざるなり、菅公の德を仰がざるも天神の境内に梅花の馥郁たるは見て大に可からずや、浮屠を信ぜざるも夜半の鐘聲を聞きて心耳を澄ますに足るべし、耶蘇の敎義は之を信ぜざるも伊太利亞の古劃と古刹とは藝術を愛玩する者誰か之を看て感激せざらむや、東洋の古典は文章を愛するもの必反覆熟讀せざる可からざるものなり。
朝來春雨霏々、午前草稾をつくる、晝餉を飯し睡魔に襲はれること聨日の如し、橫臥すれば忽ち華胥に遊ぶ、眠より寤むれば旣に初更なり、夕餉を飯しふたゝび牀に伏す、睡魔去らざるは春の訪れの故なるべし。