微風冷ならずいかにも春らしき日なり、鄰家の紅梅將にほころびむとす、本年は春暖例年よりも早きが如し、S氏より帝劇資料屆く、燐光群より新作上演の由にて案内狀來る、但し余年度内は公開の塲處にはなるべく出向カざる心組なれば不參の趣返亊す、資料をよめば忽ち午となれり、硏究室に赴くにI氏來室す、同病を患ひ今年度休職せしかば今春より復職の由、顏色すぐれず視線定まらぬをみるに復歸は時朞尙早なること火を見るより明らかなり、留學先の西班牙南部はマラガより歸國せし三年生Aさん來室、表情すつかり逞しくなりぬ、ゼミ生GさんKさん加はり款語すること二時間半に及ぶ、Aさんの話をきくに當世の西班牙人學生の間にボテジョンなる酒宴盛んなりといふ、銘々麥酒など曠塲に持寄り野外で酌交はすのが慣はしの由、醉ひにまかせて空き甁は放置し放謌盡だしければ四鄰の住民の苦情絕えず何時しか禁止の憂き目に逢ひたりといふ、酒塲で飮食するに較べて安上がりなるがゆゑの習慣なり、これにつけて思出すは昭和六十年前後の學部に入學したる時のことなり、學科先輩各氏新入生を招いて大學構内の芝生に蟠踞し晝間から麥酒を酌交はしたり、下戶なれどその自由闊達なる事今に忘れ得ず、晡下實家に赴き夕餉を飯し初更家に歸る。
徒に眠を貪り寤めれば午前五時なり、窗の外をみるに南天下弦の月朦朧漆黑の闇に浮かぶ、昨日より西北の風烈しく吹出でゝ歇まず、寒氣盡だし、曝書の旁窗に倚りて『斷腸亭日乘』をよむ、昭和四年八月の日錄に文學に從亊する靑年を觀るに勉强して洋書を讀まむと志すものさへ年とゝもに少くなり行くが如しと嘆けり、其文に曰く、されば彼等に向かつて今更漢文の必要を說くも功なし、せめて年わかき時洋學を修めて洋書を讀破すべし、容易に洋書を讀破する力あらんか、中年以後一旦漢文を讀まむとする時、洋學の力大に益あることを悟るべしといふ、余敎鞭を執りし時言はむと欲して言ふこと能ざりしもの、今偶然之を先哲の文輯に就いて見ることを得たれば憙びのあまりこゝに抄錄するなり。
曇りて暖し、讀書執筆例の如し、午下前日の如く睡魔に襲はれ橫臥、忽ち華胥に遊ぶ、此の日長崎ハウステンボス會社更生法適用を申請す。
昨夕の午睡より寤めれば旣に三更なり、起出でむと試みしが眠氣猶失せず、再び被を擁して伏す、レモンの囀りに起き出でたれば午前六時なり、表に出るに思ひがけず電綫に頻に鵯(ひよどり)二羽キーヨキーヨと囀るをきく、吾がよろこび限りもなし、近鄰の梅五分咲きなり、朝食をなし稾を草すこと日課の如し、感冒殆ど痊えたれどふたゝび睡魔に襲はれ臥牀すれば忽ち午となりぬ、長久手溫泉ござらつせに赴き二階で揉み治療す、歸途通りの麪麭屋で硬水コントレツクス一ダース購ふ、薄暮蒼茫窗外の眺望晚秋の如し。
快晴暖氣例ならず、讀書毎朝の如し、NHKの聚金人來訪し衞星放送はご覽ですかと問ふにアンテナを据付けてゐない旨傳へれば此のマンションはアンテナですから部品さへあれば何時でも見られますといふ、半信半疑でギガスに赴き接續部品を購ひテレビのBS端子に繫げば忽ち受信成功し拍子拔けす、午下午睡。
晴、風靜にして暖なり、朝餉の後森林公園植物園を散策す、一帶の冬木立凛として水彩劃の如し、アオキの葉のみ瑞々し、池の水面にカモの大群憇ふ、畔より雙眼鏡で觀察すればカルガモにマガモ、ミコアイサ、ホシハジロなど數百を下らず、園内は靜にして徃來の騷音も聞えず、鳥の囀りの散策路に聞ゆるのみ、午後午睡、眠より寤めれば旣に燈刻、父上母上夕餉を持ち來りて家路につきし後なり、食後母上より來件あり、讀むにレモンは溜守番鳥らしく不審人物めがけて飛んできて手や首や頬などに噛み附いてきました、なか/\勇敢な戰ひぶりでしたといふ。呵呵。
暗雲散ぜず、雨濺來つてはまた歇む、『滑稽な巨人 坪内逍遙の梦』のつゞきを讀む、書筐に單行本溢れたれば四十册ほど近鄰の古書店に賣却す、賣價僅か二千圓なり、近頃に至り書籍賣れざること新舊を問はず、かの講談社戰後はじめて赤字に轉ずるほどなれば二束三文は止むを得ずと謂ふべし、午睡より寤めれば日旣に暮れぬ。
餘寒料峭、喉の痛み小康を保つ、午前執筆、タイヤ無料點檢異常なし、大學に赴き書類整理す、南新甼に百圓シヨツプダイソー開店しナカイの竝びにスギヤマ移轉せしかば近鄰遽に闊况を抂す、津野海太郎の『滑稽な巨人 坪内逍遙の梦』を讀む、此の書は逍遙の滑稽味を敘し暗に著者平生の抱負不平を漏せしものなり、余も亦今日の時勢に對して心平なること能はざるものあり、此の書に倣つて平素私淑する演劇人の畧傳をつくらむかとこの頃窃に思ひを凝らしつゝあるなり、八王子まつおか書房より藤波隆之『近代謌舞伎論の黎明 小宮豐隆と小山内熏』屆く、岩波書店『斷腸亭日乘』第二卷を捲るに明治四十四年の春帝國劇塲開場式の思ひ出あればこゝにしるす、西洋室の書割かざり附けたる舞臺の上に大倉澁澤末松阿部などいふ紳士フロツクコートにて居竝び、阿部某東亰府知亊の由にて祝辭を讀み上げたり、その光景の滑稽醜惡なりし亊今に忘れ得ず、足短く胴長き日本人の洋服を着て大勢立竝びたる儀式の光景ほど形のわるきものはなし、されば震災後謌舞伎座開場の際招かれしかど行かざりしなり。
風吹き狂ひて寒氣盡だし、數日來嘔吐を催すほどにはあらざれど喉痛みて心地わろし、余二十二三歲の頃風邪の後喉腫上りて聲を失ひし亊あり、ふとその亊を思浮べ何となく心にかゝりしかば甼内尾張旭クリニックに徃く、鼻ネブライザーなる吸入をし院長の診察を請けるに炎症なりといふ、發熱なかりしかば流感にはあらざるなり、患曺來院引きも切らず、クリニックを出れば旣に午となりぬ、晝餉の後藥六種類呑みトローチ舐めれば直に痛み和らぎたり、近藤史人『藤田嗣治「異邦人」の生涯』を讀む、S氏より來書あり、『白鳥の湖』上演史おそくも月末には編纂を畢るべき由、余は二丗左團次『修譱寺物語』の上演錄を草案すべしとの亊なり、余は嘗て學部に在りし時始めて氏と相識りてより多年知遇を蒙ること淺からず、義として辭すべきにあらざれば執筆のことを快諾せり、晡時父上母上夕餉のシチユーを持參し來宅せらる、父上過日余の貸與せし『憂國呆談リターンズ』に感激すること頻りなり、これからは三十代四十代の時代なりといふ。
好く晴れて暴暖三四月の如し、喉の痛み耐へがたし、西班牙エル・パイス紙に寄稾せしアルモドバルの投書飜譯しS氏に送る、松居桃樓篇『市川左團次』をよむ、晝餉の後風邪の氣味にて牀に伏し褥中にてつゞきを讀まんとせしかば忽ち熟眠し睡より寤めれば窗外は漆黑の闇なり、遽に朝夕の別わからず時計をみるに午後八時なり、喉のみ癒えざれば明日通院加療するに如くはなかるべし、前原のI氏より電話あり款語十分、過日入院し睡眠墻碍なしと診斷されたりといふ。
曇りて暗き日なり、西班牙ルゴ市在住アントニオの過日送り來りし文獻を讀む、昭和三十年南米智里より來航せし海兵隊員のつゞりたる手記なり、嘗て智里にエスメラルダ號なる軍艦あり、明治政府之を購ひたればサンチャゴを出でゝ橫濱に入港し日露戰爭勝利に大なる貢獻せりといふ、サンチャゴは先月余の飜譯芝居上演されし首府なれば感慨禁ずるを得ず、海兵隊員東京橫濱鎌倉を歷訪し市中の樣子具に記したるを讀むに、海上自衞隊主催の晚餐にて鷄と思しき肉を頬張るに味奇なれば之はなんぞやと問ふに自衞隊員犬の肉なりと荅へたる由、海兵隊員仰天して吐出しヰスキーを喇叭飮みし口内洗淨せりとあり、呵呵大笑す、アントニオに返書をしたゝめれば忽ち薄暮に到る、風邪の氣味にて伏す、新聞紙草笛光子聽力低下し藝術座公演『港甼十三番地』、蝸牛型メニエール病の由。
快晴和暖、窗の光日に日に春めきたり、S氏より電話あり、舊帝國劇塲小山内薰左團次逍遙を倶に論ず、直にS氏よりF畫伯の文集複冩郵送し來る、余數年來帝劇の文獻を蒐集せむと欲し大方之を獲たりしが、唯F畫伯の文集のみ今日まで手に入らでありしなり、余のよろこび思ふべし、日刊雜誌J編輯長F氏より電子郵件あり扉繪原藁依賴せられば快諾す、大宰府のOさんより菓子屆く、過日揭示板にてそろりさんに二胡奏者チェン・ミンを薦めらる、本日CD『我願』屆きしかば筆記本電腦で「我願做一只小燕」を聽く、やまとの湯で湯治すること例の如し、新聞紙夕刊にワイルダー囘顧展の曠告揭載さる、『お熱いのがお好き』『情婦』『アパートの鍵貸します』銀幕に復闊するは望外の歡びといふべし。
春雨烟の如し、執筆半日を消す、咖啡豆を贖はんと富が丘W咖啡店に赴くにいつの間にか鄰にセブンイレブン開店せり、午後網站揭示板の意匠あらたむ、昨日反戰運動各國で催されぬ、一昨日國連安全保障理事會にて佛蘭西外相ドビルパン武力に訴へるべからずと述べ滿塲の喝采を浴びたり、舉止溫籍にしてラムズフェルドの如く野鄙ならず、西班牙は馬德里百萬人、バルセロナ百三十萬人、全國三百萬を超ゆ、先導を務めしは映畫關係者なり、首府のプエルタ・デル・ソルにてペドロ・アルモドバル數萬の群集に聲明を發す、國民黨アスナール首相英米に追從するさま我が國の某首相の如し、「エル・パイス」紙報ずるに民放テレビにて「余を信ぜよ」と國民に訴へしといふ、信ぜよと口にする者悉く信ずるに足らぬ輩なり、一國の宰相なれば愚の骨頂と云ふべし、英吉利の報道によるに示威運動參加者六十か國六百都市で一千萬に及び、越南戰爭時を凌駕せし由、羅府ロブ・ライナー、國連本部スーザン・サランドンら映畫關係者集ひぬ、リビングストン倫敦市長の聲明を讀むに、人種性別年齡の別なくかくも大勢の群衆立ち上がるをみるは初てなり、此度の戰爭の目的は石油なり、ブッシュはいちどたりとも人權尊重せざりとあり、ブレアの勞働黨を除名さるは詮方なし、その沈勇賞贊さるべし。
空澄みわたりて日の光愈々春めきたり、早起机に凭りて稾を草す、揭示板常連Sさんの贈り來しジュリー・ドレフュスの肖像畫に見蕩れること午に至りぬ、可憐な氣品一輪の水仙の如し、かのパスカル・オードレの娘なるを知り一驚すれど氣品美貌相通ずるものありしかば宜なるべし、歐州主要新聞に目を通すに、一面見出しおしなべて獨佛抔十二カ國の米英イラク攻擊案非難を報ず、我が國の新聞何れも主語が「米英」の見出しあるのみ、政治面は外務省と政府の提燈記事ばかりなり、昨今の三大新聞いづれも公器の分を忘れ身を慚ぢず堂々と大本營發表をなすに至つては、國家の前途まことに憂ふべきものありといふべし、西班牙のエル・パイス紙は智識人こぞつて寄稿し反戰を呼びかけたり、比較文學者クラウディオ・ギリェンのオースティン『言語と行爲』に倣ひて「言語と戰爭」なる一文を寄せるを讀む、かくの如き隨筆我が國の新聞に皆無なり、とりわけ朝日新聞の墮落ぶりは太平洋戰爭を熾に扇りたる戰中の如し、新聞界の理念愈々低落したるを知るべし、午後華胥に遊べば忽ち昏黑となりぬ。
空澄みわたりて日の光愈々春めきたれど午前に細雨ぽつ/\と降り來り、午後より風も吹添ひ寒氣忍びがたし、書翰二通したゝめ大學に徃き雜事、學生より電子郵件數件あり、墨西哥より歸宅せしT君彼の國の記錄映畫の脚本二篇飜譯し著作權獲得したれば是非映畫を高覽に供したしといふ、病みがちなりし學生が遙か中米に渡り獨力で活路を見出すは望外の慶びと謂ふべし、三年生Oさん西班牙學科の興隆を圖らんと學生有志のサークル結成するにあたり主頁を開設する由、學生鳩首相談の上映畫隨筆の連載は余がよろしかるべしと衆議決定したる由、冥利に盡きるとはこのことなるべし、二年生Oさんに在京のフラメンコ敎室を紹介す、從弟K君より空谷の跫音、壯健の由、午後父上母上來宅せらる、母上掃拭例の如し、長久手町天然溫泉「ござらつせ」に赴き父上と憩ひ、家に歸りて咖啡を啜り談笑すれば日は忽ち晡なりぬ、電子郵件返書淨冩半日を消す。
碧空拭ふが如く晴れ渡りしが風冷なること初冬の如し、午前雜誌の草稾をつくる、S子より小包屆く、開いてみるにレモンへの贈り物三點あり、レモン一も二もなくビーズ附鏡と戲れる、午下大學に徃き書類整理、LL敎室に客員敎授C氏S氏夜間主卒業生S社長を誘ひ『話してご覽』零號ビデオを倶に看る、後期授業終了したれば煖房なく、皆セーターや外套を着込みてスクリーンを凝視す、物語の時間操作巨匠の域に達するをみて一同驚歎すること頻りなり、敎員センターに河岸を變へ熱い咖啡を啜りながら款語すること半時間ばかりなり、S氏脚本非の打ち所なしといふ、其の瞳歡喜に輝きたり。
黎明胸元でレモンの寢言聞ゆ、早起窗をひらき見るに昨夜の霜氣天より失せたり、硏究室に徃き書類整理し超級市塲に立寄り伊太利產炭酸水を贖ひ家に歸る、午下四軒家のおもしろねえさん抑鬱亭來訪せらる、伊太利產レモン入りオリーブ油や硬水コントレツクス、佛蘭西パンなど贈らる、淺草菓子店Aの紙縒狀につくりたるチヨコレート味佳なり、病克服の經緯に人生の指針趣味戀愛結婚書物映畫など笑語二時間半、美大出身の畫才なれば北野武の細密畫を高く評價せらる、『オーステイン・パワーズ』『ブルース・ブラザース』『デストラツプ』何れも禮贊せらるをみて快哉を叫びぬ、『海邊のカフカ』の返禮に文樂志ん生今輔志ん朝小三治志の輔談志の落語MDに錄りしものを渡す、歡談中レモン無禮にも片時も余の懷を離れず、おもしろねえさん十年に及ぶ難病克服したるを期となし畫業再開せんと欲す、巧まざるヒユーモアと好き趣味兼備へたり、之を今日の凡百の操觚者に比すれば人物霄壤の別明らかなり、論語に繪事後素(カイジハソヲノチニス)とあり。
曇天午後に至りて微雨、早起書翰したゝめる、昨夜の疲勞ゆゑならんや午下卒爾に睡魔に襲はれ華燭に遊び忽ち黃昏となれり、實家に徃き夕餉を飯す、母上に請はれて無料軟件の下載方法を指南するに早速將棋軟件を下載さる、父上挑戰忽ち敗れ去りぬ。北大西洋條約機構第二囘緊急理事會開催、佛蘭西、獨逸、白耳義三國トルコへの防衞力配備に反對す、獨佛露倶に米國の對イラク攻擊に難色示したり、奇しくも此日紀元節なれば各地で集會あり、日本の建國を祝ふ會々長小田村四郎拓殖大總長の發言新聞に報ぜらるを讀むに、我が國には有事法制も整備されてゐない、憲法や敎育基本法の改正などをめざす國民運動の推進が必要といふ、北朝鮮のミサイル着彈五分以内なれば有事は觀念なり、妄語こゝに極まれり、現憲法とりはけ第九條は我が國が唯一世界に誇りうる先進的精神なり、田村某ら外見は國家主義旺盛を極るが如くに思はるゝなれど實は卻て邦家の基礎日に日に危うくなれることを示すものなるべし、何事に限らず外見を飾りて殊更氣勢を張るやうになりては事は旣に末なり、然れども今の世に身を處するには何事に限らず愛國を唱へ置くに如かず、新聞廣告にも愛國を謳ふ文言大書せられたり。
くもりて暴暖三四月の如し、劇團らせん舘三氏より角封筒の來書あり、チリより無事大阪に歸參せし由、中南米最古の日刊紙メルクリオの紙上に冩眞入りの記事出でたり、同封の複冩開きて讀む、アンデスの民俗音樂のCD倶に贈らる、夕刻レモンと橫臥し午睡、暮刻中村區西班牙風居酒屋B・Eに徃きゼミ四年生主催の送別會にて憩ふ、在學生に歡待せらるとは夢寐にも思はず、談笑5時間に及ぶ、ニ更家に歸る、夜空朦朧として風寒からず街燈の夜色も亦旣に春めきたり。
快晴、春風日に/\あたゝかなり、靑年劇塲より創立35周年記念パンフレツト送り來りしかば封をひらきて讀む、午下實家に赴きマルセイバタサンドを茶請けに咖啡を喫す、超級市場A内くまざわ書店に赴くに店内殷賑を極めたり、飛び石連休初日なれば中心街定めて人出多かるべし、地下で伊太利產炭酸水サンペレグリノを贖ふ、價の下落驚くべし。
くもりて暖なり、理容店で散髮、店主雜談の末、わたしも心身消磨せしことありと言ふに、事の次第を問へば、店主答へて、數年前不意に意氣沮喪し項垂れしのみか食欲も失せたり、病院に赴き精神安定劑を處方され服用せしが運の盡き、頭痛を催し日々の暮らしに支障をきたすありさま、舉動不審が客の目にとまり、其の客は折好く醫科大學附屬病院のインターンで、とつくり相談の上、紹介狀をしたゝめられ、附屬病院に案内され精密檢査を受けるに診斷結果は單なる夏バテなり、いやまつたくアハヽと大笑す。硏究室に徃きレポート囘收、富ケ丘アートウェーブ二階ギャラリーにて第二囘互聯網アート展、Koji 氏の『SATOKO』原畫鑑賞す、淡き綠の背景に浮かぶ黃のカーネーションは筆致あたゝかなり、畫題の都子さん1960年2月24日茨城縣那珂郡大宮町に大山友之、やい夫妻の長女として生まれ、19歲の折立敎大學社會學科入學、障碍者ボランティア活動に取り組みし中、一篇の五行詩を綴りぬ、
赤い毛糸にだいだい色の毛糸を結びたい
だいだい色の毛糸にレモン色の毛糸を
レモン色の毛糸に空色の毛糸を結びたい
この街に生きる 一人一人の
心を 結びたいんだ
坂本堤辯護士と所帶をもち長男龍彦君をさづかり、幸福のさなかに1989年11月29 歲の若さでオウム眞理敎信者に一家殺害されぬ。十年後辯護士中村裕二氏と作曲家國安修二氏この詩をもとに『SATOKO』なる歌曲を創り、さらに絃樂四重奏曲のCD發賣さる、其の扉繪がこの水彩畫なり。
家に歸り橫臥、昏黑起上がりて繪を思ひ出し卒爾に淚溢れぬ、窗外細雨霏々。
晴れて暖なり、大學最後の卒論審査、總じてよい出來なり、學科會議將來計劃をめぐり議論すること昏黑に及ぶ、定年退職のN氏學科存續を淚ながらに訴へぬ、藤が丘のベトナム料理店にて學科敎員送別會あり、主任C氏、N氏、客員敎授C氏S氏と笑語三時間、馘首されて當然の身の上なれど今日まで敎鞭執りたるは偏によき同僚に惠まれしゆゑなり、初更歸宅。
晴れて北風つよし、午前執筆、チリ滯在中の劇團らせん舘S氏より來書あり、朗報なればこゝに記す。
お元氣でお過ごしのことゝ思ひます。チリ公演が無事終はり、今ホットしてゐるところです。古屋さん譯の西班牙語での上演でしたので、サンチヤゴ、バルパライソ、コンセプシオンのどの公演でもよく笑ひ、感どうして觀て吳れました。私たちも本格的な西班牙語版でしたのでほんたうに一つのステツプアツプになつたと思ひました。古屋さんの譯が“力”を發揮した事が成功のもとです。ありがたうございました。また、6月マイアミ演劇フェスティバル(西班牙語演劇フェスティバル)にも招待されて、『サンチョ・パンサ』は愈々北亞米利加に渡ります。歸りましたら又れんらくします
くもりてあたゝかなり、午前大學で書類整理す、午下歸宅、頭痛を催し困臥半日寤むれば日旣に哺なり、中島らも大麻所持容疑で逮捕さる、依存性なきに等しく其の害煙草に遠く及ばざれば和蘭にならつて解禁すべし、ユーゴスラビア聯邦上下兩院新國名セルビア・モンテネグロの憲法案承認す、余かつて西班牙で氏名の綴りを問はれること度々あり、とりわけ電話にて頻なれば、彼の地の仕來りに從つてユーゴスラビアをYの代はりに用ゐたり。
父上室蘭東京より歸參せし由電子郵件通知あり、午前執筆、病院に徃く、恢復順調と云ふ、春より職人として糊口を凌ぐは孚に結構なれどもマネージャーの仕事を兼ねるは易き事ならざらんやと云はれゝば、マネージャーを務めるS氏の畧歷を傳へるに相好を崩し祝福せらる。午下睡魔に襲はること日課の如し、覺むれば旣に昏黑なり、フィル・スペクター殺人容疑で逮捕保釋さる。無實を祈るほかなし。此日立春の故にや風頓に暖なる心地す。
東南の風吹きつゞきて暖なり、千葉のF叔母と靑年劇塲のY氏より電子郵件あり、直に返書をしたゝめて送る、午前讀書、大學に赴き書類整理す。午下やまとの湯で湯治、歸宅後レモンと午睡、新聞何れも亞米利加政府直屬の報道機關と化したり、昨今の新聞とくにA紙は戰中の大本營發表となんら變はらず、A紙太平洋戰爭時率先して戰意昂揚し敗戰にゐたつて一億總懺悔なる面妖な言葉を發明したりしことあれば、無智蒙昧にひとしきものなり。
胸元でレモンが蠢めき睡より寤めれば朝の六時時なり、昨夕より十五時間眠りぬ、起出でむと試みしが心地猶爽ならず再び被を擁して伏す、朝刊一面スペースシャトルコロンビア號墜落を報ず、基督敎原理主義のブッシュ政權への天罰なるべし、午前讀書、市役所擴聲器で知事選舉投票を促す、現職神田知事再選濃厚なれば投票率低かるべし、萬博反對の吉住に一票を投ず。
晴れてまた寒し、讀書半日、水村美苗『本格小說』、坂手洋二『屋根裏』、讀賣文學賞受賞、蜷川幸雄桐朋學園短大學長就任す、倫敦ヤング・ヴィック劇塲の野田秀樹『赤鬼』の初日滿席の盛況なり。午下睡魔に襲はる。