隂。極樂の餘り風嫋々、涼味初秋の如し。長篠城址跡傍、南設樂郡鳳來町の湯谷溫泉郷で湯治す。ナトリウム・カルシウム・鹽化物泉の湯で無味無臭、ぬめり氣殆どなし。瓢簞形の露天風呂より鬱蒼と茂る山を愛でる。空廣く展望良し。某大新聞で藥の副作用の記事を讀む。余が永らく服用せしフルニトラゼパムが意識障碍や肝障碍を引起す重大な副作用ありしこと判明せりといふ。記憶力の衰へと意氣沮喪は副作用の所以なれや。
隂。秋立つを待たず風爽やかにして凉し。書店より注文せし書籍數册屆く。されど塞ぎの蟲に取り憑かれ繙く氣力なし。DVDの映畫鑑賞も氣乘りせず。かつて病識覺えざれども鬱々と日を樂しまぬ頃、愛著の評論や小說を耽讀しては心の慰みとせしが、年初來いかなる讀書にも心躍らず。情緖を司る神經磨滅せしなるがためか。數年來の惱みの種は物忘れのひどさなり。身邊雜記を書き留めねば前日のことも忘れること珍しからず。近年「若年性健忘症」なる病、二十代後半から三十代前半の男女に曼衍するなり。些細なことが思ひ出せず、職を失ふ者少なからざりといふ。余は記憶力の乏しさを補はんと十年來電腦で身邊雜記を書き續けてゐるが、さる腦神經外科醫曰く、電腦による筆記は若年性健忘症の治瘉に效を奏せず、手書きに如かずなり。さもあらば余は記憶强化を欲しながら圖らずも健忘症を增しやらむ。
隂。大暑。炎蒸昨日の如し。今夏三伏の苦熱思ふべし。午前主治醫の診察を乞ふ。相談熟慮の上今週の學會發表辭退で合意す。忸怩たる思ひなり。微熱催しては去りまた催すを繰り返すこと三週間を過ぎる。自律神經失調こゝに極まれり。兩親、東京より來たりし愚妹を連れて來宅。來名は寢耳に水。小生の繁忙を氣遣ひ聯絡せざりきなりといふ。久闊を詫び家族四人で夕餉を飰す。
晴。海の日で巷は休日、表通りの國道行樂客の車の往來烈し。露天風呂で汗を流し、四十日ぶりに硏究室に赴き、屆きし書類や書籍を整理す。窗邊のドラセナやアイビー等の觀葉植物枯れ果てぬ。三十六囘目の誕生日を迎へたり。四年後が不惑とは質の惡い冗談に覺ゆ。主頁の揭示板で相撲談義に花が咲く。贔屓の寺尾は今塲所幕下。されど人氣はどの力士をも凌駕す。勝ち越しを切に願ふ。
晴れて蒸し暑し。先週半ばより三七度臺の微熱下がらず倦怠感甚だし。午前所用あり郵便局に赴くに、浴衣姿の力士二名と遭遇す。炎天下の力士。この光景は炎暑を倍增す。「炎天下力士稅」の導入を切に願ふ。
午前主治醫の診察を乞ひ、復職を來春に延期することで合意す。恢復捗々しくなければ止むを得ぬ。