抑鬱亭日乘

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2001年2月28日(水)

科學と文學

薄く曇りて風しづかなり。
 昨夕岩波書店の編集者より電子書簡にて雜誌『科學』創刊七十周年記念号への原稾依頼あり。門外漢ゆえ躊躇すれど先方は構はぬと云ふ。兼ねてより文學も科學の一種、正確に云へば科學も文學の一種というのが管見にて快諾す。
 細雨霏々として降るも須臾にして歇む。鸚哥に白菜をやると嬉々として食す。養老孟司の『身体の文學史』繙く。文學畑からなぜこのやうな仕事が現れないのか。

2001年2月27日(火)

隔靴掻痒

昨夜深更より風吹出で俄に寒冷となる。烈風砂塵を巻く。微熱引かず倦怠感甚だしく終日病牀にあり。睡を貪つて午後に至る。香川金丸座の金毘羅歌舞伎の抽選外れ意氣阻喪す。
 懸案だつた西班牙演劇事情の原稾遂に脱稿す。彼の地との連絡首尾よく參らず校正に校正を重ねしも画竜点睛を欠く出來で忸怩たる思いす。

2001年2月26日(月)

病臥

昨夜深更より風吹出で俄に寒冷となる。烈風砂塵を巻く。微熱引かず倦怠感甚だしく終日病牀にあり。睡を貪つて午後に至る。香川金丸座の金毘羅歌舞伎の抽選外れ意氣阻喪す。

2001年2月25日(日)

臥褥

春寒料峭たり。倦怠感甚だしく鬱々として樂しまず終日困臥す。臥褥にありて岩波文庫の荷風『抄録断腸亭日乗』を讀む。二八九頁に「『日歴』に記されたる病状を見るに余が宿痾と相似たる所多し」とある。荷風の宿痾は慢性腸胃炎なり。余が宿痾は鬱病ゆえ病は同じからずも宿痾に變わらず。日の暮るるを待ち病臥す。

2001年2月24日(土)

懐かしい前衛劇

晴天暖なり。午後長久手町文化の家で劇團らせん舘の『サンチヨ・パンサ』を観劇す。愛知藝術大學の學生の音樂は興味深いものの、演戯者として舞臺に立つ時には素人の素性が現れてしまふ。全體的に學藝會の域を出ず。前衛劇を目指す意圖は分かるが此は断じて前衛劇にはあらず。

2001年2月23日(金)

大地鳴動

六時半起牀。春寒料峭たり。七時半頃、卒爾に大地鳴動。セキセイインコも周章狼狽し慌てて啼き喚いて室内を飛翔す。ラヂオで震度三と知る。尾張名古屋では今年最初の地震なり。「往復書簡」で川上音二郎と貞奴の欧米巡業顛末を調べる。メイエルホリドが川上一座に影響さるるを知り己の無知を悟り忸怩たる思い。本當なら頗る興味深し。

2001年2月22日(木)

永井先生に捧ぐ

永井荷風先生に倣い、拙い抑鬱亭日乗を掲示板で開設せり。
 昨夜は寝に就かむとする時机に凭り養老孟司『身体の文學史』讀む。
 今朝は南風吹きて暖、春風嫋々たり。セキセイインコ、二羽揃いてカーテンレールに鎮座し氣持よさそうにピーピー啼く。午前三郷温泉。蕪雜にまぎれて身体衰弱し活力殆消磨したる状態なり。露天風呂で快晴の青空愛でる。
 このやうな具合に書く。書く方も書く方だが讀む方も讀む方なり。一體讀者は誰か、皆目見当がつかぬ。
 今夕愛知県立藝術大學大講義室で劇團らせん舘の『サンチヨ・パンサ』の稽古を見學す。藝術大學の學生數名がピアノやホルンやベースを演奏し、科白無くも一種の俳優として舞臺に現れる。實質的にけふが初めての合同稽古といふ。本番は明後日なり。果して間に合ふのか甚だ疑問なり。歸途実家に立寄り親と夕餉を共に食す。
 今し方「意味なし掲示板」を覗き仰天す。早くも閲覧回數が七十二に達してゐる。開設したりしは昨日の早朝なれば、たつたの一日なり。「海の病棟」の戰友らの御蔭なり。
 それにしても個人電算機で歴史的假名遣ひを打込むのは不便なこと藤が丘發県立大學行き名鉄バスの本數の如し。