抑鬱亭日乘

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2015年11月30日(月)

三寒四溫

晴。寒氣甚しからず。午前驛前の理髮舖に徃く。樋口一葉全集第二卷のわかれ道を讀む。執筆。水木しげる歿。行年九十三。

2015年11月29日(日)

至宝

晴後に陰。NHK總合演藝圖鑑に桂竹丸が學校の感想文を聽く。昨日午後一時BSプレミアムにて原節子追悼のため放映されし小津安二郞監督の活動寫眞東京物語を錄畫したるを看る。平成二十三年のデジタルリマスター版なり。事務員として働く紀子に電話かゝりて、取次ぎし同僚の男に電話だよと呼ばれ、え、あたし、とぶつきらぼうに返辭するさま、義母の葬儀を終へて義父に、あたくしずるいんです、と打明けて泣き崩れるさま、歸京する列車の座席に坐り形見の時計を見て放心するさまに原節子が演技の幅を堪能したり。一ツ/\のショットの美しさ比類なし。わが國の至寳といふべし。三重テレビ淺草お茶の間寄席に柳亭左樂が悋氣の火の玉と柳家花綠の刀屋を聽く。

2015年11月28日(土)

シヾミ君受診

隂。寒氣やゝ寬なり。Nさん電子郵件を寄せられS氏昨日死去せし由を告げらる。セキセイ鸚哥のシヾミ君今朝また出血す。昨日は右脚右後ろの爪折れしに、今朝は左後ろの爪折れて出血夥し。素人には手に負えぬが故、專門醫に診察を乞ふべく、自動車に乘せて春日井市神領町の動物病院に向ふ。中央通をひたすら北進して森林公園を拔けるべきところ、何を勘違いせしにや、新居町交叉點を東に曲りて森林公園正面口より北上したり。森を拔けるや見知らぬ丁字路にぶつかり、西に折れてすぐ右折し再び北上するに高藏寺驛に出でゝ道に迷ひぬ。車内には道路地圖なく、智能手機スマートフォンあらばGoogleマップを參照し得れど、予は携帶端末を所有せざりし故如何ともすべからず。察するに新居町交叉點を東に折れしが間違ひのもとなるべし、病院は西にあるべしと思ひ、住宅街を右往左往しつゝ西に向ふに、程なくして神領不動產といふ看板目に入り、姑くして神領町交叉點にさしかゝり、無事動物病院に辿り着きたり。待合室にて待つこと一時間ばかり。院長A氏の診察を受く。折れたる爪の組織を透明なるテープにとり顯微鏡を用ひて觀察せられ、だになどの寄生蟲は見當たらず疥癬などの病にもあらざる由なり。たま/\籠の何處かに爪を引つかけて折れしなるべしといふ。A氏曰く、傷口は洗ふべからず、洗へばかへつてふたゝび出血しやすくなるなり。また止血の際は線香の火などは用ゐず、專用の止血劑を用ゐるべしとて黃色の粉末劑を渡さる。姑くは安靜にし、また出血したる時はすぐ連絡されたしと云はる。健康狀態は良好にて、病にもあらざること判明し、大に安堵す。診察料壹千五百壹拾貳圓を拂ふ。午下家にかへりて慈君に診察結果を報告す。慈君もまた安堵し胸を撫で下ろしたり。昨夜八時錄畫せし三重テレビ淺草お茶の間寄席に古今亭菊志んが蝦蟇の油、隅田川馬石の反對俥、林家種平の死ぬなら今を聽く。

2015年11月27日(金)

白酒一之輔二人會

陰晴定らず。寒氣凛冽なり。Eテレえほん寄席に柳家さん喬の長短を聽く。食卓の用意を整えつゝセキセイ鸚哥の籠を見るにシヾミ君の止り木血に染まりて新聞紙にもところ/″\血痕あり。何事ならむやと體を觀察するに右脚後ろの爪根本近くより折曲りて出血を起したり。線香に火をつけてあてがい止血す。午前ことぶきの湯に一浴す。樋口一葉全集第二卷わが子を讀む。晡刻乘合自働車に乘り地下鐵驛に出で、スターバックスに憩ひ、カウンター席にて筆記型電腦を廣げ執筆一時間ばかり。地下鐵道に乘り上社に出で、名東文化小劇塲に赴く。桃月菴白酒春風亭一之輔二人會なり。開口一番春風亭一朝の弟子朝太郞雜俳を語る。癖のない素直な語り口なり。一之輔加賀の千代を語る。粗忽者を演じさせれば水を得た魚のごとし。白酒は拔け雀を語れり。相模屋の主人に硯を持つてこさせる一文無しの繪師が主人に墨を磨らせず自ら磨る演出に一驚を喫す。予は此れまで古今亭柳家春風亭桂各派の拔け雀を聽きしが、繪師自ら墨を磨る塲面は一度も聞きたることなし。師匠五街道雲助も主人に墨を磨らしむなり。白酒独自の創意なるやうなれど、この塲面は橫柄なる繪師に主人が振囘されるところに面白味あるが故、繪師は主人を顎で使ふべきなり。古典落語は餘程の事情あらざる限り改竄すべからず。仲入十五分。白酒二席目は新版三十石船なり。石松三十石船を語る浪花節の田舍者先生高座の途中にてマナーモードの携帶電話に着信あり、電話に見立てし手拭を耳にあてゝ孫と話すくすぐりあり。トリの一之輔富久を語る。久藏が旦那の家にて酒を呑み次第に醉ふ塲面やゝ間延びす。演出に工夫の餘地あり。九時終演。東の空に十六夜の月皎然たり。

2015年11月26日(木)

朝定食

寒雨蕭〻たり。原節子の訃報あり。享壽九十五。寒氣漸く甚しく、この冬始めて德利襟のスヱータを着る。咖啡處コメダに徃き女給に朝定食を注文するに、モーニングが新しくなりましたと云ひて寫眞を載せたる獻立表を示さる。ABCの三種あり、Aは從來通り燒麵麭に茹で玉子、Bは燒麵麭に玉子ペースト(所謂スクランブルドエッグなり)、Cは玉子の代りに小倉餡を出すなり。予は小倉トーストが好物なればCを注文す。此れまでは咖啡代四百圓の外に百十圓を拂ひて餡を求めたりき。追加料金を拂はずに小倉トーストを食せるは有難し。九時出勤。seを用ゐる非人稱文、受動文などを練習す。敎科書の設問頗むづかしく學生諸氏が氣の毒なり。雨はやみしが暗雲去らず。

2015年11月25日(水)

弟子時代

雨もよひの空暗きこと晝も猶黃昏の如し。立冬より始めて冬らしき寒さなり。岩波書店荷風全集第六卷のすみだ川見果てぬ夢を讀む。第三部雜纂の中明治四十二年十月文章世界に寄せられし方々へ弟子入りした時代を讀む。荷風先生は外國語學校支那語科に入學する前は美術學校の洋畫科に學ばんと欲せられしに、家庭に事情ありて之を許されず、大學豫科第二部工科の試驗を澀々受けて不合格となり、二三箇月上海に遊び、支那への思ひ募りて外國語學校に通はれたり。その頃尺八の名人荒木古童のもとに通ひ免許を得て、學校は二年通ひ、あと一年通はゞ卒業する筈なりしが、體操や法律を苦手として除名せられぬ。講釋師にならむとて三遊亭夢樂と松林伯知に半年ばかり弟子入りせられしかど高座にて辯ずるまでには至らず。後に廣瀨柳浪の門人となり、一二年後に歌舞伎座に入り福地櫻癡の門人となられたり。晡刻ヤマト運輸に赴きS子N子に食料品を送る。市役所の寒暑計十一度を示す。寒雨降り初む。藝術局長N氏より來年二月の仕事依賴あり。快諾す。

2015年11月24日(火)

明治文明の虛榮

晴れて西北の風烈しけれど何故にやあたゝかく、トレーニングシャツ一枚着て外を步めど寒さを感じず。欅の落葉狼藉たり。午前いつもの混堂に徃き露天風呂に浴す。岩波書店荷風全集第六卷の歸朝者の日記を讀む。晡時主治醫を訪ひ藥を乞ふ。舊病棟ほゞ解體せらる。院内の便利店に國民健康保險料を納む。家にかへるに書齋ベランダの赤きゼラニウムの鉢植數鉢の中花咲かぬ四鉢を慈君紅白のベゴニアに取換へらる。八ツ手の花咲く。十三夜の月あきらかなり。BS11芸賓館に三遊亭遊三の火焰太鼓を聽く。くすぐりを含めて徹頭徹尾志ん生と同じ語りなり。高座を終へて喬太郞に語るを聞くに、嘗て古今亭志ん生の書きたる文章を讀みしところ、初代三遊亭遊三がこの噺を演じたるを志ん生はこつそり聞覺えて十八番となせしを知り、志ん生が初代より盜みたれば今度は己が志ん生より盜まんと思ひ立ち、聞覺えしが、志ん生存命の折には遠慮して高座にはかけず、志ん生志ん朝ともに鬼籍に入りしを以て今は堂々と語るなりといふ。

引用符劇塲は石と材木さへあれば何時でも出來ます。然し日本の國民が一體に演劇、演劇に限らず凡ての藝術を民族の眞正まことの聲であると思ふやうな時代は、今日の敎育政治の方針で進んで行つたら何百年たつても來るべき望みはないだらうと思ふのです。日本人が今日新しい劇塲を建てやうと云ふのは、僕の考へぢや、丁度二十年前に帝國議會を興したのも同樣で、つまり國民一般が内心から政治的自由を要求した結果からではなくて、一部の爲政者が國際上外國に對する淺はかな虛榮心、無智な模倣から作つたものだ。だから政府は今もつて、言論集會の自由を妨げ學問藝術の獨立を喜ばないぢや有りませんか。つまり明治の文明全體は虛榮心の上に體裁よく建設されたもので、若し國民が個々に自覺して社會の根本思想を改革しない限りには、百の議會、百の劇塲も、會堂も學校も、其れ等は要するに新型輸入の西洋小間物に過ぎない。

〔歸朝者の日記〕

2015年11月23日(月)

曇天

雨もよひの空暗し。新嘗祭勤勞感謝の日なり。岩波書店荷風全集第六卷の牡丹の客花より雨に曇天深川の唄春のおとづれを讀む。

引用符自分は日本よりも支那を愛する。暗鬱悲慘なるが故にロシヤを敬ふ。イギリス人を憎む。ヱジプト人をゆかしく思ふ。官立の大學を卒業し、文官試驗に合格し、局長や知事になつた友達は自分の訪ねやうとする人ではない。華族女學校を卒業して親の手から夫の手に移され、兒を產んで愛國婦人會の名譽會員になつてゐる女は、自分の振向かうとする人ではない。自分は汚名を世に謳はれた不義の娘と腕を組みたい。嫌はれた上句あげくに無理心中して、生殘つた男と酒が飮みたい。晴れた日の、日比谷公園に行くなかれ。雨の降る日に泥濘の本所を散步しやう。鳥うたひ草薰る春や夏が、田園に何の趣を添へやうか。曇つた秋の夕暮に、蹈みしく落葉の音をひいて、はじめて遠く、都市を離れた心になる……

(曇天)

2015年11月22日(日)

落葉簌〻

隂。門前なる欅の老木今年は紅葉いと鮮なりしが、葉はいつかほゞ落盡くして裸木となれり。路傍に竝木をなす若木は黃葉を保てどその色は日に/\黑ずみてゆくなり。本年の冬ほどあたゝかき年は罕なり。NHK總合演藝圖鑑に春風亭一之輔が堀の内を聽く。三重テレビ淺草お茶の間寄席に入船亭扇遊のたらちめ、三遊亭歌奴の初天神、鈴々舍馬風の親子酒を聽く。夕刻大相撲九州塲所をテレヴィジョンにて觀戰す。小兵力士に弱く橫綱にのみ强き大關稀勢の里、例によつて本塲所も前半戰にて黑星を重ね、本日橫綱日馬富士に對して漸く本氣を示して寄り切りにて勝ち、日馬富士二敗目を喫す。結びの一番鶴龍對白鵬は白鵬が勝たば日馬富士との優勝決定戰となり俄然おもしろくなるに、鶴龍果敢に攻立て相手に相撲をとらせず白鵬三連敗、日馬富士二年ぶりに優勝す。松鳳山勢嘉風の三力士大に活躍したり。この日大阪府知事市長選擧あり、大阪維新の會候補者當選す。歎息する外なし。

2015年11月21日(土)

雅號

乍陰乍晴。BS-TBS落語硏究會に柳家小滿んの品川心中を聽く。NHKラヂオ第一眞打競演に金原亭馬生の厩火事を聽く。岩波書店荷風全集第六卷の監獄署の裏を讀む。明治四十一年十一月廿日中學世界臨時增刊文藝號の文壇諸名家雅號の由來といふ附錄に雅號荷風の由來を明かす短文あり。永井壯吉は尋常中學二三年生の頃下谷の第二病院に入院し、看護婦を見染めたり。女性に對する特別の感情を經驗したるはこの時が初めてなり。退院後處女小說を書き、署名に是非とも雅號を用ゐざるべからずと思ひ、看護婦の名がお蓮といふのでこれに近き名を考へし末に荷風小史といふ字を得たり。荷は蓮の謂なるを以てなり。當時壯吉は漢詩を好みて學びたりし故、生地小石川に因みて旣に石南醉士を名乘りたりき。その後廣瀨柳浪の門下生となり、自作を文藝倶樂部に發表する時、柳浪の仄仄韻に對して荷風は平平韻となるが故、妙味を感じて石南を癈止し、荷風を採用したり。大相撲九州塲所觀戰。福岡國際センター半旗を揭げて昨日急逝せし北の湖理事長を追悼す。結びの一番照ノ富士對白鵬、がつぷり四つに組みて三分近く動かぬ大相撲、最後は照ノ富士が引きつけて寄り切りにて白鵬を倒しぬ。

2015年11月20日(金)

干柿

陰晴定まらず。小春の陽氣なり。Eテレえほん寄席に春風亭柳橋の狸札を聽く。午前ことぶきの湯に赴き露天風呂に浴す。自家製干柿を食ふ。澀味まつたく消えて美味なり。中央公論新社版谷崎潤一郞全集第十一卷の神と人間との間を讀む。

2015年11月19日(木)

映畫鑑賞會

陰後に晴。雨後の風寒く漸く冬らしき日和になりぬ。咖啡所コメダに朝飯を喫す。九時出勤。先週に引き續き二十一號館の敎室にてペドロ・アルモドバル監督の活動寫眞トーク・トゥ・ハーの後半を鑑賞す。鑑賞後感想文を書かしむ。

引用符其れ/\の登塲人物が其れ/\の人生に影響を與えあつてゐることによつて、登塲人物が個ではなく、絡みついてゐる感じがした。〔Tさん〕

引用符冒頭と終りのバレエがマルコ、ベニグノ、アリシア、リディアの距離感や思ひを示唆してゐたんだなあと氣づき感心しました。〔M君〕

引用符ベニグノは精神的に病んでゐるといふ役だつたので、それがすごくわかるやうに演じた俳優さんはすごいと思つた。〔Fさん〕

引用符とてつもなく深い話。何囘も觀て理解できると思ふ。〔N君〕

引用符友人の死といふのは本當にかなしいと思ふ。見てゐて、一緖に泣きさうになりました。死といふのは、さよならを意味する。後悔するまへに、大切な人には、自分の氣持ちをしつかり傳へやうと思ひました。ありがたうございました。〔Yさん〕

2015年11月18日(水)

稽古立合ひ

微雨。朝餉の最中セキセイ鸚哥のアサリ君余が箸の先にとまりてサラドのレタスや胡瓜を啄むこと頻なり。地下鐵道に乘り名驛に出で、十一時半新幹線ひかり號に乘り名古屋驛停車塲を發す。十二時半靜岡驛下車。制作部T氏自働車を運轉して余を出迎へらる。一時靜岡縣舞臺藝術センター六階リハーサル室にて薔薇の花束の祕密立ち稽古を見る。角替さんの演技幅廣く人をして瞠目せしむ。美加理さんは科白と格鬪の最中なり。臺本に關する注文なし。六時稽古終了。雨沛然たり。制作部K氏自動車を運轉して靜岡驛に送らる。七時新幹線こだま號に乘り名古屋に戾る。この日余は傘を携へざれば地下鐵道驛より乘合自働車に乘りて家にかへる。時計を見るに九時なり。

2015年11月17日(火)

江戶前

今日もどんよりと曇りし空墨を流せしが如し。午下いつもの溫泉に徃き露天風呂に浴す。夕刻雨降り初む。岩波書店荷風全集第六卷の歡樂を讀む。中央公論新社版谷崎潤一郞全集第十一卷の上方の食ひもの洋食の話を讀む。BS11芸賓館に柳家小せんのやかん、柳家一琴の牛ほめを聽く。

引用符所謂「江戶前の料理」と云ふものは僕等の少年時代迄で、今日の東京では最早や食へなくなつてしまつた。潮流の工合が變つたせゐか、昔のやうな鰹や秋刀魚や鰯などは近頃とんと見たことがない。亡くなつた僕の親父なんかも始終さう云つて歎いてゐたから、あながち此れは僕の獨斷ではあるまい。(「上方の食ひもの」大正十三年『文藝春秋』八月特別附錄號)

2015年11月16日(月)

空どんよりと曇りて生暖かし。谷崎のを讀む。折よく今朝五時Eテレにてにっぽんの藝能谷崎潤一郞沒後五十年文豪と上方の藝能といふ番組あり、錄畫し置きたるを見る。神戶の倚松庵紹介の後、菊原光治の歌ふ地唄雪をきく。光治は谷崎が師事したりし菊原琴治の娘初子の弟子なり。まことにしん/\と降る雪に鐘の音の遠く消えゆく風情を感ぜしむ。

雪もはらへば淸き袂かな、ほんにむかしのことよ、わが待つ人もわれを待ちけん、鴛鴦おし雄鳥おとりにもの思ひの、凍るふすまに鳴くはさぞな、さなきだに、心も遠き夜半の鐘

2015年11月15日(日)

辰野隆

雨後の空晴れて西北の風强し。懸案の草稾漸く成る。直に制作部T氏に交附す。Eテレ日本の話藝に桂雀三郎の船辨慶を聽く。谷崎の所謂癡呆の藝術について客ぎらひ潺湲亭のことその他同窓の人々を讀む。辰野隆は中學時代學課の成績こそ惡かりしに、あらゆる運動競技に堪能にて才氣煥發、氣宇寬宏、ゆく/\は政治家か實業家になりさうな肌合ひなりしといふ。

2015年11月14日(土)

紫陽花や見る/\變る爪の色

陰雨空濛。巴里市内の劇塲飮食店また郊外の競技塲などにて無差別殺戮事件あり。佛蘭西國境を閉鎖し非常事態を宣言す。中央公論新社版谷崎潤一郎全集第二十卷の磯田多佳女のことを讀む。多佳は京都白川の畔にありし茶屋大友の女將にて屢々文學藝者と呼ばれし才女なり。病死せし姉を悼みて紫陽花や見る/\變る爪の色と詠みし句あり。多佳の文才はこの一句を以て知るべし。大友の床下には白川流れ、吉井勇にかにかくに祇園は戀し寢るときも枕の下を水の流るゝといふ歌あり。たゞし谷崎の記憶によれば、この歌は當初かにかくに祇園は嬉し醉ひざめの枕の下を水の流るゝと詠みたるを、後に吉井が改變したりといふ。元の歌のほうが雅趣に富むなり。慈君と倶に夕餉を食す。雞團子と鱈の鍋なり。食後富有柿を食しつゝテレヴィジョンにて大相撲九州塲所を觀戰す。隱岐の海白鵬を果敢に攻め立て土俵際に追ひつめ寄り切らむとせしに、白鵬左足を軸に堪へて空中にて逆轉し櫓投げにて隱岐の海を破りたり。

2015年11月13日(金)

お父さんとお母さん

曇りて暗し。門前落葉狼籍たり。Eテレえほん寄席に橘家圓太郎の親子酒を聽く。午前ことぶきの湯に徃き露天風呂に浴す。中央公論新社版谷崎潤一郎全集第十七卷の裝釘漫談文房具漫談を讀む。つゞけて東京を思ふを讀むに、お父さんお母さんといふ呼稱につきて語るところあり。谷崎が學生の頃までは父親はおとツつあん、母親はおツかさんと呼びならはし、成人の後もこの呼稱を用ひたりけり。お姉樣お兄樣といふ呼稱も同じく以前はねえさん或はおあねえさま、にいさん或はおあにいさまと呼びたりき。親の呼稱につきては古今亭志ん朝の對談集世の中ついでに生きてたいに池田彌三郎曰く、お父さんお母さんといふは明治三十三年に發明されし言葉なりといふ。當時文部省が初めて國定敎科書を編輯せし折、子供が父母を呼ぶ呼稱を統一する必要に迫られ、お父さんお母さんといふ言葉を作りしなり。其れ迄庶民は父ちやん母ちやん、若しくはおとッつあん、おッかさんと呼びたり。たゞし學習院のみは庶民と一線を畫すためにお父樣お母樣と呼びしといふ。

2015年11月12日(木)

映畫鑑賞會

半陰半晴。立冬の節を過ぎてより氣溫却つてあたゝかし。咖啡所コメダに朝飯を喫す。九時出勤。二十一號館の大敎室にて學生諸氏と倶にペドロ・アルモドバル監督の活動寫眞トーク・トゥ・ハー前半を鑑賞す。出來事を發生順に語らず過去と現在を行き來する敍述に戶惑ふ者あり、また俳優が演技の密度高きを賞贊する者あり。午下家にかへる。冬の日は瞬く中にたそがれぬ。夜アサリ君の體重を量るに三十四グラムあり。病を得たりし八月下旬には二十八グラムまで落ちしに、幸にして恢復したり。セキセイ鸚哥の平均體重は三十五グラムより四十グラムくらゐなれば、ほゞ正常値と見てよろしかるべし。

2015年11月11日(水)

傍迷惑

快晴。懸案の草稾に茟をとらむとせしが感興來らず。DVDにてペドロ・アルモドバルの活動寫眞オール・アバウト・マイ・マザーを觀る。極上の悲喜劇なれどスポーツ科學部の學生には性的倒錯の描寫に不快の念を覺える者鮮からざるべし。一昨日BSプレミアムにて錄畫せし活動寫眞アジャストメントを觀る。運命調整局員は神出鬼沒の筈なるに一々扉を介さゞれば移動すること能はず、また乘合自働車の後を走りて追ひかけるなどゝいふ設定不可解なり。エリース役のエミリー・ブラントに何ら魅力なし。原作フィリップ・K・ディック。夕刻父上珍しく來室。筆記型電腦が印刷機を認識せざるやうになりたりといふ。父上の書齋に赴きThinkPad Edge E420の畫面を見るに、OSはWindows 7なりしがいつの間にかWindows 10に變りぬ。本日のWindows Updateにより自動的にアップグレードされたるなるべし。父上は電腦の仕組を何一つ解さゞる人なれば、システムの囘復機能を用ひてWindows 7に戾してやりぬ。利用者の都合を考へず勝手にOSを變更せしめるマイクロソフト社の方針傍迷惑なることこの上なし。

2015年11月10日(火)

炭酸溫泉

晴れたる空に白雲多く浮びて風强かれどあたゝかきこと春の如し。抑鬱亭窓前なる欅の霜葉やゝくすみ始めぬ。本年の黃葉は例年にまさりて甚佳なり。一昨日が最も鮮なりけり。明後日の映畫鑑賞會に上映する作品の候補としてアレハンドロ・アメナーバルのオープン・ユア・アイズを久振りにて看る。DVDなれど畫面甚だ暗く映像不鮮明にて、總天然色作品にもかゝはらず色彩美しからず。恰も使ひ古しのVHSビデオを見るが如し。音聲も貧弱なり。晡時主治醫を訪ひ藥を請ふ。四週間振りなり。歸途長久手溫泉ござらつせに立寄る。ことぶきの湯は昨日と本日設備點檢のため臨時休業なり。ござらつせに浴すは昨年十一月以來なり。駐車塲ほゞ滿車。暖簾をくゞるに日本最大級の炭酸溫泉と大書したる看板あり。風呂塲に入るや混雜甚しく、一番大きなる浴槽には老人大勢湯につかりて宛ら老人ホームの大浴塲を思はしむ。余は開業從來この溫泉の湯を好まず。湯滑らかならず、徒にカルキの臭ひを漂はすばかりにて、湯溫も四十三度と余にとりては熱すぎるが故、湯は肌に突き刺さるが如き心地するなり。然るに本日一年振りに湯に浸かるに、水質なめらかになりて炭酸の泡肌に纏はり、湯溫も三十七度八分に下がりて案外心地よくなりぬ。風呂よりあがれば冬の日は早くも暮れて、西の空は菫色を呈したり。BS11芸賓館に三遊亭王樂がふだんの袴と三遊亭兼好の六尺棒を聽く。

2015年11月9日(月)

作品選定

朝來細雨蕭然、空暗きこと黃昏のごとし。風吹かずなまあたゝかし。窗外なる集會所屋上の防水布張替工事始まる。午前TSUTAYAに赴き年會費貳百壹拾六を拂ひて會員證を更新す。歸途理髮舖に立寄る。稅込千圓均一の店にて理髮師は二人ゐるのみ。先客六人。二三歲の幼兒二人を連れたる若き母親、中年の男女、また七十代とおぼしき老婦人も二人腰掛に坐りて待てり。午下家にかへる。今週木曜の授業は例年通り西班牙映畫鑑賞會を催すことゝなせしが、本年はどの作品を擇ぶべきやいかゞせむと思ひわづらふ。數年來アルモドバルのボルベール〈歸鄉〉を上映し來れど、パンズ・ラビリンスに比すれば學生の反應あまり芳しからず。余は上質の喜劇を見せたしと思ふに、西班牙の喜劇映畫は人をして失笑せしむるばかりなり。唯一の例外はフェルナンド・トゥルエバ監督の我らが生涯最惡の年 Los peores años de nuestra vida なれど、我國にては劇塲公開せられずビデオもDVDも發賣されず、余が西班牙にて購ひしビデオには当然のことながら日本語字幕なきがゆゑスポーツ科學部の學生は臺詞の意味を理解すること能はず。久振りにてアルモドバルのトーク・トゥ・ハーをDVDにて看る。佳作なれど萬人向きの作品にはあらず。アレハンドロ・アメナーバルのオープン・ユア・アイズが無難やも知れず。夜ブルーレイにてウォシャウスキー兄弟のジュピターを観る。近年稀に見る駄作なり。

2015年11月8日(日)

肉食系鸚哥

立冬の日なり。雨ふれど寒からず。NHK總合演藝圖鑑に古今亭菊之丞の片棒を聽く。セキセイ鸚哥のアサリ君余の箸に乘りて燒麵麭とハムを啄む。何故にや知らねどアサリ君は生來皮付の稗粟類を一切食さず、皮を剝きしものを少し食ふのみにて、日夕は專らオーツ麦ばかりむ貪るなり。偏食著しきが故榮養不足なるを補はむとて、獸醫の助言に從ひ秋以來每日ペレットをやれど、人工の食物なれば餌として認識せず一顧だにせず。然れどレタス小松菜ブロッコリーなどの靑菜は好みて、プラスグリンフードといふ葉綠素もよく食ふなり。驚くべきは人間の食ふものに興味津〻たることなり。就中筑前煮などの煮物が好物にて、煮汁に浸したる箸の先を頻に舐めて飽くことなし。先日は鷄麵の汁をぺろ/\と舐めたり。飜つてシヾミ君は人間の食物に何らの好奇心をも示さず。稗粟カナリアシードなど小鳥用の餌は選り好みせずペレットもよく啄むなり。余は平生朝食のみ食ひ、晝夜は絕食するを常とし、その代り午後一時に咖啡を瀹て銅鑼焼餡饅など甘きものを食す。咖啡機に五杯分溜るのを待つあひだアサリ君とシヾミ君に手づからオーツ麦をやるを日課とす。兩君とも嬉々としてこれを啄む。谷崎の陰翳禮讃を讀む。Eテレ日本の話藝に川柳川柳のガーコンを聽く。BSプレミアムの洒落が命桂米朝上方落語復活の軌跡を見る。天狗さしのサゲ念佛ざしの實物を見るを得たり。大相撲九州塲所開幕。結びの一番嘉風鶴龍を渡し込みにて土俵外に突飛ばし金星を擧げたり。

2015年11月7日(土)

人工の美と天然の美

空どんよりと曇りて書窗黯澹たり。無風。NHKラヂオ第一眞打競演にチャーリーカンパニーのコント、柳家紫文の三味線漫談、柳家喜多八が目黑のさんまを聽く。谷崎の春琴抄を讀む。

元來は名もなき鳥の雛なれども幼少より鍊磨の功空しからずしてその聲の美なること全く野生の鶯と異れり、人或は云はん、斯くの如きは人工の美にして天然の美にあらず、谷深き山路に春を訪ね花を探りて步く時流れを隔つる霞の奧に思ひも寄らず啼き出でたる藪鶯の聲の風雅なるに如かずと、然れども妾は左樣には思はず、藪鶯は時と所を得て始めて雅致あるやうに聞ゆる也、その聲を論ずれば未だ美なりと云ふ可からず、之に反して天鼓の如き名鳥の囀るを聞けば、居ながらにして幽邃閑寂なる山峽の風趣を偲び、溪流の響の潺湲たるも尾の上の櫻の靉靆たるも悉く心眼心耳に浮び來り、花も霞もその聲の裡に備はりて身は紅塵萬丈の都門にあるを忘るべし、是れ技工を以て天然の風景とその德を爭ふもの也音曲の祕訣も此處に在りと。

2015年11月6日(金)

蘆刈

快晴の空拭ふが如し。Eテレえほん寄席に柳家はん治の粗忽長屋を聽く。ことぶきの湯露天風呂に浴す。湯に浸かりつゝ、一昨日制作部T氏より依賴せられし原稿の腹案をなさんとせしに妙案浮ばずして歇む。谷崎潤一郎の蘆刈を讀む。本年九月刊行されし中央公論新社版なり。讀點を用ひず漢字を最小限にとゞめ平假名を多用する文體宛ら王朝文學を讀むが如き心地せしむ。三重テレビ淺草お茶の間寄席に三遊亭天どんの膽つぶし、ホンキートンクの漫才、鈴々舍馬風の禁酒番屋を聽く。

2015年11月5日(木)

鷄麵

天氣牢晴。加藤治子歿。享年九十二。咖啡所コメダに朝飯を喫す。九時出勤。再歸代名詞の用法を講ず。來週は待望の映畫鑑賞會なり。夕餉に鷄麵を食す。

2015年11月4日(水)

稽古二日目

六時ごろ睡より寤めしが直にふたゝび眠り、改めて目覺めれば九時に近し。昨夜は疲勞甚しきがゆゑ、幸にして睡眠藥を服さずに熟睡するを得たり。快晴。窓紗を開けるや朝日の光眞正面より照りつけたり。窓の外は藪にて、右側は茶畑なり。山中なる藝術公園内の宿舍なれば人の氣配なく、聞ゆるは風の音、鳥の囀り、蟲の音ばかりなり。寂寥愛すべし。朝餉にサンドイッチを食す。宿泊棟の外壁は灰色の細長き化粧板を橫に重ね、外見は山小屋風なれど、室内は所謂ワンルームマンションに異ならず。一口焜爐の下に小さなる冷藏庫あり、ユニットバス、クローゼットのほかテレビと寢臺文机あるのみ。十二時半制作部K氏自働車にて迎へに來らる。森氏と倶に乘り舞臺藝術センター稽古塲に赴く。一時より第二囘臺本讀合せ始まる。本日は第一幕冒頭より數頁を五つに分け、臺詞の意味を精査しつゝ試行錯誤を重ねて同じ箇所を幾度も讀返す。角替さん演ずる居丈高なる患者と美加理さん扮する内氣なる付添婦の對立劇に思はず引きこまれぬ。二人が臺本を讀み直すたびに臺詞の印象變りて頗面白し。稽古は緊張感を湛へつゝ終始なこやかに進めり。六時半終了。制作部T氏自働車にてわざ/\余を靜岡驛まで送らる。八時過新大阪行きの新幹線に乘る。自由席ほゞ滿員なりしかど濱松驛にて大半の客下車し、車内忽ち閑散となりぬ。九時名古屋驛に着す。十時家にかへる。

2015年11月3日(火)

稽古初日

薄晴。文化の日舊明治節。地下鐵道に乘り名驛に抵り、十二時半新幹線ひかり號に乘る。祝日なれば自由席の混雜さぞかしと虞れしに乘客數ふるばかりなり。一時半靜岡驛にて下車す。制作部K氏自働車にて出迎へらる。靜岡縣舞臺藝術センターに着きし時恰も角替和枝さん付人と倶に到着せられ、挨拶を交す。六階なる稽古塲に赴く。半圓形の廣き部屋なり。薔薇の花束の祕密出演者角替さん美加理さん、演出家森新太郎氏、舞臺監督音響美術衣裳などの制作陣一同に會して顏合せをなして後、臺本の讀合せを行ふ。二時間五分かゝりたり。本日は稽古初日なれば詳しい討議はせず散會となる。森氏と余は殘りて臺本の疑問點を總ざらいし、美加理さんも話合ひに加はる。七時半終了。余は今夜一泊して明日の稽古にも參加することゝす。制作部Tさん自働車を運轉し靜岡舞臺藝術公園の宿舍に送らる。疲勞を覺え十時過寢に就く。

2015年11月2日(月)

睡魔

朝來寒雨溟濛たり。立川志の輔桐野夏生紫綬襃章。内田樹街塲の文體論を讀む。倦怠感去らず、終日眠氣を催して堪へがたし。夜初更ことぶきの湯に一浴す。

2015年11月1日(日)

冬は來りぬ

舊九月廿日。薄く曇りて風甚冷なり。NHK總合演藝圖鑑に三遊亭王樂のつるを聽く。セサル・アイラの文學會議試練を讀む。未明中京テレビにて錄畫し置きたるラグビー世界盃決勝戰新西蘭ニュージーランド濠太剌利オーストラリア戰を見る。攻守とも新西蘭上囘る。ダニエル・カーターのキック精確無比。高島俊男著座右の名文を讀む。題に反して名文の紹介少なく、新井白石本居宣長森鷗外内藤湖南夏目漱石幸田露伴津田左右吉柳田國男寺田寅彦齋藤茂吉の畧傳なり。