抑鬱亭日乘

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2010年3月31日(水)

若芽

曇りて風靜なり。母上一週間に及びし引越し作業の疲れ出でしにや起出ること晩し。植木鉢に水をやる。八手の新芽舒びたり。欅の枝より若芽萠えいでたり。伯母K毛蟹を餽らる。連載の草稿をつくらむと筆をとるも感興索然たり。勉強して一篇書上る。午後郵便局に行き叔母Sに荷物一箱をゆうパックにて送る。眼鏡屋に立寄り眼鏡拭きを購ふ。札幌市内にて紛失したるを以てなり。驛前の櫻花日當りよきところ九分咲き、日影は六分咲きなり。滿開に近き櫻木のまはりに赤き駐車禁止コーン竝びゐたり。自働車の運轉者思はず路肩に車を停め觀櫻するを避けんがためなり。サークルK午後五時を以て閉店、新店舖四月下旬開店の由。當節便利店は市民の命綱となれり。

2010年3月30日(火)

銅錢

蚤起。好く晴れたり。ホテルのレストランに朝餉をなし、八時十分快速エアポートにて札幌驛停車場を發す。通勤時間なるを以て客多く千歳驛まで坐れず。九時前新千歳空港到着。保安檢査場にて荷物檢査を受けること幾回なるを知らず。財布鍵束懷中時計PHSを取出すも通過すること能はず。係員の説明を聞くにキャリーバッグの中に丸い小さき物軆一つ黑く寫る由。定めて祖父の遺品ならむと思ひ、バッグより煙管用具一式を取出すも矢張通貨認められず。母上心附きて、布袋の銅錢ですと荅ふ。果して不審物は銅錢と判明せり。全日空機點檢に手間取りたりとて定刻より二十分遲く十時五分新千歳空港を離陸す。乘客五割程度。窓外に支笏湖樽前山室蘭白鳥大橋を望む。機内ネットブックで執筆。正午前中部國際空港着陸。暖かし。四階レストラン街に輕食をなし、高速バスに乘りて家にかへる。町内櫻花五分咲なり。父上の話に連日寒かりし由。玄關にて靴を脱ぐやシジミ君大聲で啼き迎ふ。アサリ君は一週間の留守中余を忘れしにや啼かず。然れど須臾にして籠より出で來りて余の指先に片脚載せたり。事務所の需により文案をつくる。夕餉に豐川の稻荷壽司を食す。

2010年3月29日(月)

すし善

雪ふりしが時々雲散じて青空現る。ホテルのレストランに輕食をなす。部屋に戻りてベッドに横たはるやじわ/″\と疲勞を覺ゆ。十時半ホテルを出づ。東急ハンズに立寄り突張り棚キッチンタイマー家具滑り止めを購ひ、伯母S宅に徃く。衞星放送受信の事につきて業者に電話かけ、明日の來訪を乞ふ。午下辻自働車を倩ひてすし善丸山店に徃き、伯母S助力の謝禮なりとて壽司を馳走せらる。女性團軆客慰勞會の最中にて滿席なれば小一時間待てり。鯛の稚魚美味なり。店主一昨年現代の名工に選定せられし由。辻自働車の運轉手の話に、二条市場は閑散として近年は中央卸賣市場賑はふなりとぞ。地下鐵大通驛にて伯母と別れ、母上とエスタ地下大食品街に買物をなしホテルにかへる。しばたはつみの訃に接せり。行年五十七。連日の力仕事に疲勞困憊、七時半寢に就く。

2010年3月28日(日)

細雪

九時過起き出づ。晴。昨夜の晩餐に大食したれば朝餉は食はず。十一時ホテルのレストランに晝食バイキングを食ふ。札幌に來りてより初めて悠然と過すを得たり。札幌驛鄰のビックカメラに赴きモジュラーケーブルを購ふ。Suicaにて支拂ふ。午下伯母S宅に赴き、モジュラーケーブルを電話機に繋ぎ、電腦にケーブル類を接續す。如何なる故にやテレビの衞星放送受信できず。アンテナの不調なるや。母上と倶に床を雜巾掛けす。晡下生活環境ほゞ整ひたり。燈刻叔父Sを見舞ふ。電氣剃刀で髭を剃り、手足の爪を切り鑢で磨き、右腕にマッサージを施す。初更伯母S宅に戻り、伯母Y差入れの毛蟹と帆立北寄貝鮪の刺身を食す。叔父に馳走したしと思へど誤嚥の虞れあるを以て叶はず。細雪ふりてはまた歇むこと連日の如し。

2010年3月27日(土)

見上げてごらん夜の星を

蚤起日課の如し。ホテルの朝食バイキングを食ひ、八時過伯母S宅に行き臺所用品を梱包す。引越し業者豫定より早く來りて手際よく荷物を運び出せり。大型ソファーの搬出に難儀す。從兄K一家四人助つ人として來らる。開口一番、お母さんより大きくなつたねと云はる。三十數年振りに再會を果せり。從兄の車に乘り新居に赴く。程なくしてトラック到着し、叔父Y從弟A君も加勢して搬入作業大に捗りたり。正午過從兄S來りし頃には荷物の配置粗方終りたり。親族總勢十人、引越し業者合はせて十五人の大人數となれり。晝餉を購はむと外に出るにいつしか吹雪となり殆咫尺を辨せず。時分時とて辨當屋は順番待ちの客四五人居り、鄰の便利店にて辨當十人前を購ふ。二時前作業全て片附き、從兄K一家辭去せらる。夕方叔父Sを見舞ふこと小一時間、外に出るにササラ電車と稱する市電の除雪車眼前を走り去れり。實物を見るはこの日が初めてなり。燈刻叔父YA君伯母S母上と中島公園のレストランに赴き、引越し手伝ひの謝礼とて叔父Y佛蘭西料理を馳走せらる。細雪霏々。歸途カーラヂオより素人歌手の歌ふ見上げてごらん夜の星を流るゝを聞く。今宵ほど胸に染入りしことなかりき。市中の街路アイスバーンと化しぬ。宛然スケートリンクの如し。

2010年3月26日(金)

佛壇供養

九時伯母S宅に赴く。伯母K伯母Y相攜えて來訪せらる。十一時僧侶來りて佛壇供養をなす。午後佛具屋來る。主人位牌をみて、この字は親父の書いた字だと云はる。主人佛壇佛具を引取り直に去れり。伯母K伯母Yも家路に就きたり。伯母Sと最後の荷造りを行ふ。夕刻叔父Sを見舞ふ。母上と札幌驛に出でゝ中華料理屋に夕餉をなす。

2010年3月25日(木)

引越し第一陣

蚤起。ホテルの部屋にて朝餉をなし、叔父Y宅に赴く。A君の部屋すつかり片附きぬ。叔母S宅に行くに須臾にして伯母Y來訪せらる。伯母持參の牡丹餠握飯を四人で食し晝餉をなす。午後叔父Y宅引越し作業開始。荷物頗る多く搬出に一時間半を費やしぬ。叔父の車に乘り新居に荷物を運び入れ一段落つけば早や燈刻なり。いつか大雪となる。四月を目前に眞冬に逆戻りしたる心地せり。

2010年3月24日(水)

軍票

蚤起。寒雨蕭蕭たり。母上を伴ひ高速バスに乘り中部國際空港に徃く。搭乘口にて握飯を食ふ。九時十五分全日空機離陸。機内ネットブックで執筆。十時四十五分新千歳空港着陸。思ひの外に暖かし。快速エアポートにて札幌に出づ。今月上旬に比して市内殘雪多し。ホテルのレストランに晝餐をなし、部屋に荷物を置き、地下鐵に乘りて月寒に徃く。金物屋の店頭に樏あり。プラスチック製のものもあり一驚を喫す。平臺の凾に青きミニスキーもあり。叔母S宅に赴くに大きな荷物はほゞ梱包されゐたり。茶を喫し小憩して叔父Y宅の樣子を窺ふ。家財道具の半分は廢棄處分品の山となりゐたり。從弟A君に久闊を陳べ、居間臺所納戸部屋の荷造りを手傳ふ。叔母より祖父の遺品を讓り受く。軍票煙管銅錢などあり。軍用手形は一文にも成らざりきと母上述懷せらる。壁掛の時計額縁照明器具など外し、電腦のケーブル類を外す。燈刻東急百貨店地下食料品賣塲にて買物をなす。

2010年3月23日(火)

個人情報保護法

どんよりと曇りて暗き日なり。晝過より寒雨溟濛たり。連載の草稿をつくらむと強いて筆を秉る。感興索然たり。三時過病院に徃き診察を乞ふ。家にかへりて藥袋を開くに別の患者の處方藥説明書二枚混じりゐたり。病院藥局に電話かけ報告するに、出來ればシュレッダーにて廢棄せられたしといふ。抑鬱亭に裁斷機なし。五年前個人情報保護法とやら稱する法律施行せられてより書類管理に過敏なるさま世を擧げて神經症に罹りたるが如し。把瑠都琴歐洲を寄切り十連勝、大關昇進確定せり。雨次第にふりまさり夜に入るも歇まず。

2010年3月22日(月)

雪柳

晴れて北風強し。ベランダ八手の若芽舒ぶ。鄰家の四手辛夷滿開。午後臺式機の古き硬盤を宅急便にてパソコンファームに送り資源再生せしむ。歸途ござらつせに立寄る。休日を以て駐車塲滿車なれど男湯は混雜甚しからず。何の種類なるや薄紅色の櫻花早くも滿開なり。町内雪柳の花的歴たり。春の草木の中雪柳余の最も好むものなり。

2010年3月21日(日)

ペール・ギュント

黄砂空濛、有珠山噴火の日を思はしむ。靜岡の芝居に招がれしかば、地下鐡にて名古屋驛に出でゝ待合せ場所のビックカメラ前に赴く。SPACと大書したる札持てる女性職員既に來りて在り。十一時半無料徃復バスにて名驛を發す。車中歌舞伎文獻を讀む。遠州豐田パーキングエリアにて休憩十分。曾我狂言、富士の峰を模したる蓬莱山の見得のことなど讀みゐたるや、いつか靜岡インターチェンジを降り、正面に富士山の淡き輪郭を望めり。頂上は雲に蔽はれて見えず。二時四十五分靜岡藝術劇塲到着。宮城聰氏受附に出迎へらる。先週の古希を祝う會の禮を陳ぶ。一階ロビーにてピアノとヰオロンの演奏會あり。横山靖代の歌佳し。三時半イプセン作宮城聰演出ペール・ギュントを觀る。打樂噐生演奏佳し。六時十五分終演。ホワイエに小憇。制作局成島氏、文藝部韮澤氏に挨拶す。コロンビア國ボゴタ市の國際演劇祭、四月朔より五日までク・ナウカ・カンパニー王女メデイアにて參加。俳優は二十八日、スタッフは二十九日出國の由。立六時五十分無料バスにて劇塲を發す。八時二十分半濱名湖パーキングエリアに入るや忽ち澀滯し車列遲々として進まず。三連休中日の時分時を以てなり。入口よりバス專用駐車塲に至るまで十分かゝりぬ。休憩時間徃路と同じく十分間、賣店は何處も行列の人長蛇をなせり。夕餉を買ふ遑あらざれば喫煙所に一服す。夜風思ひの外寒し。豐田ジャンクションより伊勢灣岸自動車道に入り都心環状線を經由して錦橋出口を降り、太閤口ビックカメラ前に着けば十時半なり。ファーストフード店に輕食を食ひ、家にかへれば夜半十二時なり。終日坐して尻痛し。

2010年3月20日(土)

霞ヶ關

八時過起床。天氣牢晴。一階レストランに朝餉をなし、九時過ホテルを去り、地下鐡千代田線に乘る。霞ヶ關驛にて停車。丸ノ内線に乘換へむとせしが、出がけに讀みしネットニュースにこの日地下鐡サリン事件十五周年とて鳩山由紀夫首相來りて獻花に來るとの報道ありしかば、警備員等多かるべしと思ひ、そのまゝ大手町に出でゝ地下通路を歩み東京驛八重洲口に行く。十時前にも拘らず旅行客織るが如し。新幹線プラトフホーム雜沓甚し。十時半のぞみ號にて東京驛停車塲を發す。車中ネットブックで執筆、心附けば早や名古屋に着けり。髙島屋前に人々長蛇の列をなす。何事ならむやとプラカードを見るにクリスピー・クリーム・ドーナツとあり、待ち時間三時間三十分と讀めり。出店初日は十時間待ちなりしとぞ。餘程の暇人と見ゆ。昨日の疲勞じわ/\と感ぜられ、地下鐡驛より乘合自働車に乘り疲勞を休む。一時歸宅。牡丹餅を食ふ。

2010年3月19日(金)

車椅子

かり鑒賞し、最後の松林圖屏風に迎へば閉館時間直前のことゝとて人だかり雲霞の如し。右端よりじり/\と進み、辛うじて最前列に出でしが背後より羣集押寄せ、膝の高さに青色のテープ貼られ、足元に男性係員三人頭を伏せてしやがみ込み、兩腕を上げてテープを支へゐたり。屏風の兩脇に女性係員立ち、この會場は大變混雜してをります、左に移動しながらご鑒賞下さいと連呼す。身の危險を感じたれば一旦後方に退き、左端に移動して鑒賞す。最前列中央に白きマスクで口を覆ひたる五十がらみの女あり、プログラムをぱた/\扇ぎ顏に風送りながら微動だにせず。係員見咎めて、中央のお客樣、流れが滯つてをります、移動してご覽下さいと再三忠告するも、後ろから押すから見えないのよとか何とか不平を鳴らすのみにて頑として動かず。周圍の客の視線も全く意に介さず。當節モンスターペアレントといふ學童保護者の恫喝屡々報じらるゝ。この女はモンスター鑒賞者といふべし。長居すれば迷惑ならむとて小島氏の車椅子を押し會場を出でれば八時過なり。關連商品賣場これまた雜沓甚し。エレベーターにて一階に降り身障者用便所に赴く。設備何やら新しく、壁面のボタンを押し扉を開けて入るに中は眞っ暗にて電燈スイッチ見當たらず。受附に走りて係員に使ひ方を訊ねる。中のボタンで扉を閉めれば自動的に點燈する由。小島氏が用を足すあひだ再度受附に赴き車椅子返卻のことを訊ねる。正門まで利用可能とのこと。外に出づるに夜風吹きすさみて存外寒し。北天低く赤き月かゝりたり。小島氏便所に荷物を全て置き忘れぬ。急ぎ戻るに幸ひにして黑きリュック手つかずのまゝあり。車椅子を押し正門より駐車塲に行き助手席に乘せ、余は車椅子を正門係員に返卻し、駐車塲に戻りて車を運轉す。都内を運轉するは初めてなり。上野、末廣町、神田、日本橋いづこも人出おびたゞし。年度末の週末に加へて明日より三連休なるを以てなり。銀座中央通りを拔け日々谷虎ノ門を經由し六本木通りに出づ。南麻布CICADAに夕餉をなす。店内喧噪甚し。十一時過店を出でゝ車にて小島氏を自宅に送り、南麻布交叉點にてタキシを倩ひホテルに着けば夜半十二時なり。疲勞困憊、一時半睡眠劑を服して寢る。

2010年3月18日(木)

準備

彼岸に入りしが薄く曇りて夕刻より細雨蕭々たり。執筆少々。明日の準備と急なる飜譯などなせば忽ち日は暮れぬ。西班牙大使館より電子郵件あり、來月十五大使館ホールにて堀越千秋氏カンテ・ホンドの講演會ある由。

2010年3月17日(水)

二葉百合子

陰晴不定。風さむし。正午起床。眼鏡屋にて鼻當を調整せしむ。臺式機 ThinkCentre m58 環境整備に半日を消す。東芝白熱電球製造中止。二葉百合子引退會見を行ふ。去十一月十三日正午過何とはなくNHK總合テレビ金曜バラエティを見るに二葉百合子生出演して歌ひゐたり。聲量少しも衰へず疲を知らざるものゝ如く、大に驚きたりき。母上小學二年生の時札幌の友人宅近くの寺にて二葉氏の音樂會を聽かれしといふ。この日藝能活動七十六年、身心衰へざる前に引退を表明せり。誠に立派なる幕引きといふべし。渡辺美佐子は化粧二幕を今年限りにて封印す。森光子放浪記はいかなる始末をつけるにや。

2010年3月16日(火)

シネマ歌舞伎

曇りて暖なり。文案つくりて、午下MOVIX三好に赴き、一番シアターにて平成中村座シネマ歌舞伎法界坊を看る。映像の鮮明なるに一驚を喫す。宛然芝居小屋に在るが如き心地せり。抱腹絶倒の惹句に僞りなし。大喜利の外連味に涙を啜りぬ。客二十名前後、みな老人なり。平成二十年十一月收録。手を叩き、五時前外に出るに西北の風吹き荒れて俄に寒し。

2010年3月15日(月)

アキレス腱

蚤起。曇天。一階レストランに朝餉をなし千代田線にて日々谷に出づ。地下通路壁面の廣告版半分以上空白なり。一昨年來の不景氣つゞきにて宣傳少く、いずこも火の消えたるやうなり。有樂町マリオンを通る。學生時代に通ひし西武も業績不振にて年内閉店といふ。京濱東北線に乘換へ東京驛に出で、十時半新幹線のぞみ號にて停車場を發す。草稾をつくらむとネットブックを開きしが、遽に疲勞を覺え眠氣を催し、忽ち華胥に遊べり。只今三河安城驛を時刻通りに通過しました、あと十分程で名古屋に到着しますとの車内放送に睡を破らる。名古屋に着くに風ひんやりと肌寒く、今にも降出さむばかりの空模様なり。地下鐵道驛より乘合自働車に乘り疲勞を休む。驛前櫻の蕾丸くふくらみて今にも綻びむとす。一時歸家。食堂奧よりアサリ君とシジミ君聲をかぎりに鳴きて余を迎ふ。晡下車を運轉し洗濯屋に赴く。雨ぽつ/\降り來り、直に本降りとなりぬ。車椅子貸出しの亊につきて東京國立博物館に電話をかける。小島氏去月アキレス腱斷裂し、昨朝カリエド西班牙大使膝を負傷し、今夕蹴球選手デイヴッド・ベッカムもアキレス腱斷裂の報あり。如何なる連鎖なるにや。夕餉に牟岐町土産鯛の一夜干しを食す。味佳し。新橋演舞場にて三遊亭樂太郎改め六代目三遊亭圓樂襲名披露興行あり。立川志の輔に代りて談志飛入り參加せり。偶然行きつけの店が近かりし故なりとぞ。呵々。

2010年3月14日(日)

古稀を祝ふ會

春の日うらゝかに晴渡りて風稍冷なり。S子の電子郵件に勵まされる。近所のセブンイレブンに赴き長谷川等伯展圖録をクロネコヤマトで發送す。界隈の便利店烟草を商はず。自動販賣機にタスポをかざしマールボロ・ブラック・メンソールを購ふ。一箱參百弐拾なれば參百五拾圓を投入するに釣錢百三十圓出で來たり。誰か百圓取り忘れしものと見ゆ。幸先よき朝となれり。ホテルで雜文執筆。三時歩みて赤坂見附に行く。交叉點の八重櫻二分咲きなり。三時半グランドプリンスホテル赤坂到着。赤坂プリンスホテルいつしか改稱せらる。余は舊名を好む。五色の間に赴き、階下紅花控室に小島氏を訪ふ。紋附袴の着附既に終りて、長髮後ろに束ね、宛然坂本龍馬の如し。二月中旬左足アキレス腱斷裂せしが術後の經過よく、けふは裝具を外し、松葉杖も用ゐず立ちて少し歩まれる。會場内の移動は車椅子にて行ひ、瓦井マリア氏附添はる。諧語小一時間。藤原作弥夫妻の知遇を得る。聖母病院談義に花咲けり。受附に客三々五々集まれり。式辭を述ぶ筈の西班牙大使今朝自宅で躓き膝を負傷、代理として奧方來駕せらるゝとの報せを受く。然れど待てど暮らせど來たらず。文化擔當官も來らず、通譯の必要あるやなしやわからず。渡邊守章小田島雄志兩先生來らる。五時五色の間にて小島章司の古稀を祝ふ會開會。總勢四百八十名參集す。古稀ならびに文民功勞賞エンコミエンダ賞と德島縣牟岐町町民榮譽賞の祝賀も兼ねたる宴なり。發起人代表藤原作弥氏式辭を述べる最中大使夫人漸く到着、辛うじて間に合ひ、大使の式辭を代讀せらる。余はスピーチ原稿を受けとり同時通譯す。幸ひ短き文章にて纔に責を塞ぐ。辻井喬氏自作詩を朗讀せらる。舞踊批評家うらわまことし氏の挨拶長きこと例の如し。新國立劇塲研修生九名登壇、花束を贈呈せらる。牟岐町町長大神憲章氏挨拶し小島氏をふるさと大使に任命せらる。乾杯の發聲は山本陽子氏なり。氏の提案により乾杯ではなくおめでたうと唱和す。テーブルの同席者藤原ご夫妻、山本氏、大使夫人なり。桑名一博田村さと子兩先生と歡談するを得たり。桑名先生余の顏を見らるや、元氣そうぢやないと相好を崩さる。平身低頭して久闊を陳ぶ。田村先生ニカラグアにて開催されし詩人の會より歸國せられしばかりなり。歸途ガルシア・マルケスを訪ねられしといふ。伊地知優子先生來りて身に余る言葉を頂戴す。平井丈一朗氏を紹介せらる。平井氏パウ・カザルスの一番弟子なり。五年前の小島章司フラメンコ舞踊團公演公演鳥の歌 A Pau Casals の折にはプログラムに玉稿を賜りしかどこの日初めて相識りたり。小海永二氏大聲にて挨拶し自作詩を朗讀せらる。壁面のスクリーンに若き日の小島氏の映像映し出され、特設ステージにて舞踊團員アレグリアを披露す。諧語時の移るを忘れ、濱田滋郎先生登壇し閉會の挨拶をせらる。フラメンコはアンダルシアの限定藝術にあらず、フラメンコほどユニヴァーサルなる藝術はあらず、この持論を小島氏見事に證明せられたりと。いずれ文化勳章を受けて當然なりとぞ。余も快哉を叫べり。後片附けの後ごく内輪にて打上げの會食をなす。首尾よく閉幕したるは偏に中山村田兩氏氏の八面六臂の活躍の賜なり。九時過ぎ解散。夜風心地よければ辨慶橋を渡り歩みてホテルにかへる。

2010年3月13日(土)

長谷川等伯

曇天。今にも降出さんばかりの空模樣なり。旅裝をとゞのへ、歩みて地下鐵道驛に徃く。霧雨次第に小雨となる。正午の新幹線にて名古屋驛を發す。乘客五割程度。ネットブックで執筆、いつしか東京驛に着きたり。地下通路の出店に行列あり。ねんりん家といふ和菓子屋のバウムクーヘンが目當のやうなり。山手線にて上野に出でゝ、コインロッカーに鞄を預け、上野公園を歩む。日の光うるはしく、土曜の晝下りとて遊歩の人織るが如し。案内所にて長谷川等伯展入場券を購ふ。千五百圓也。窓口の女性三十分待ちですがよろしいですかと訊ねらる。ホームレスの群集炊き出しのスープか何かを食しゐたり。セカンドハーベストとかいふ非營利組織の仕出しなり。東京國立博物館平成館に赴くに果して入口前に長蛇の列あり。整理員の掲げし案内板に待ち時間四十分と讀めり。意氣阻喪せしが、心を取直し行列をつくれる群集に尾して停立すること三十五分、思ひしより早く入場するを得たり。場内雜沓甚しく、繪に近づくこと容易ならず、また最前列に立てば左右背後より人に押されて身動きできず。女性係員來りて、移動しながらご鑒賞下さいと人拂ひする始末なり。恰も動物園のパンダ鑒賞するが如き心地せり。釋迦多寳如來像中世の西洋畫に髣髴たり。海棠に雀の圖愛すべし。三玄院の山水圖襖は春屋宗園の留守中勝手に押入り一氣呵成に描上げしものといふ。千利休像ダヴィンチ作モナリザの如し。武田信玄傳名和長年春屋宗園の肖像畫いずれも冩實性豐かなり。花鳥圖屏風豪快にして纖細。萩芒圖屏風纖細にして力強し。水車の描冩獨特なり。波濤圖の岩見事といふ他なし。佛涅槃圖は人をして感嘆の聲を漏らしむ。高さ十メートル。全貌を展示すること能はず、下部は丸めてあり。壓卷は松林圖屏風なり。描かれざる濃霧そこに在り。見終れば一時間經ちぬ。圖録二部購ふ。公園に出づるや俄に南風吹き出でゝ蒸し暑し。寒緋櫻滿開なり。携帶電話にて冩眞撮影する人多し。野口英世像近くを歩むに救急車來りて鼻先に停まれり。何亊なるやと右手を見るに男一人仰向けに倒れて動かず、傍らにAEDと書かれし凾あり。自動軆外式除細動器なり。心臟發作なるや。山手線にて上野驛停車場を發し、地下鐵道を乘繼ぎホテルに着けば五時なり。展覽會圖録を閲し、夕餉をなせば初更なり。裏通りの民家に木蘭の花滿開なり。界隈の便利店飮食店の店員すべて中國人なり。十時前地震あり。

2010年3月12日(金)

ミゲル・デリーベス

天氣牢晴。札幌より朗報二件あり。執筆餘事なし。けふも晝餉に炒り豆腐を食ひ始むや、アサリ君籠から卓子に飛降り皿の縁に乘りて人參を啄む。鄰の小皿に盛りし八朔には一顧だにせず。試みに蜜柑などの果物を差出すと恐れて飛退くなり。このところ夕刻となるやアサリ君聲を張上げて啼き、餌の催促なるやと思ひて余が書斎より食堂に赴き籠を覗き見て初めて啼きやむこと多し。餌は殘量充分あり、余が傍に居るあひだはおとなしく籠の中に在り。啼き叫ぶは余の來訪を期待してのことなりと、この日初めて心附きたり。ミゲル・デリーベス歿。行年八十九。

2010年3月11日(木)

ガンブラー

好く晴れたれど西北の風吹きすさみて寒し。目下 Gambler とかいふ病毒猖獗の折から、Blogger の FTP 通信四月末に終了するを以て、これを機會に舞臺通信の超文本標記語言を書き改む。夕刻カーマホームセンターに赴きセキセイ鸚哥の混合餌オーツ麦を購ふ。

2010年3月10日(水)

不審者

薄く曇りて風つよく存外寒し。執筆。晝餉に炒り豆腐を食ひゐたるにアサリ君目聰とこ/\と卓子を歩み來りて人參を啄む。何故このセキセイ鸚哥はかくも煮物類を好むにや。實に不可思議なり。歩みて超級市塲Sに赴く。夏椿の新芽いつしか舒びたり。小學校下校時刻に重なり、黄色き螢光色の制服着たる學童見守りの女性、すれ違ひざまに今日はと挨拶せらる。一面識もなき人なれば、これ不審者への警告なるべし。當世晝日中に中年の男手ぶらで散歩すれば不審人物とみなさるゝなり。便利店の店員客が出入りするたび必ず聲をかけるは強盜豫防のためなり。夕餉にスープカレーを食す。納戸の段ボール箱を理す。ビデオテープカセットテープの山悉く廢棄せり。椎名誠原作伊武雅刀朗讀のNHK-FMドラマ氣分はだぼだぼソース、さらば國分寺書店のおババ録音テープあり。

2010年3月9日(火)

雀の目撃情報

烟雨空濛。餘寒料峭たり。運動不足解消に散歩したしと思へどこの降りざまにては如何ともすべからず。午後机に向ひ五枚ほど書き得たり。去月末に作りし羊羹を食す。病院に徃きて藥を求む。幸ひにして復調せり。夕刊紙トップ記事に雀五十年で十分の一に激減と報ず。東久留米市自由學園の月例觀察記録によれば一九六〇年代三百羽觀察されたる月ありしが近年は十數羽ばかりといふ。環境省雀の目撃情報收集を始む。めだかに續きて雀も稀少生物となるにや。抑鬱亭界隈は夥し。夜に入りて風吹き出で雨次第にふりまされり。北野武佛蘭西藝術文化勳章コマンドール章受章。

2010年3月8日(月)

白髮

春の日のうら/\と照りわたる町を歩みて郵便局に徃く。櫻の蕾稍ふくらみて見ゆ。車輛工塲前いつか更地となり何やら土臺普請の準備中なり。理髮舖に立寄る。店員余の頭を一瞥するや、白髮染のキャンペーン中なりしかば是非とも染められたしと強く勸めらる。全く關心なければ結構なりと荅ふるに、キャンペーンは年三回あり、一考せられたしと。余は美容といふものに一切興味なきを以て生返事せり。歸宅して筆とるも興至らず怏々として徒に時間を空費するのみ。夕刻より暗雲天を蔽ふ。夕餉の後納戸の雜誌書類を束ねて廢棄す。FMfan遂に一册を殘して全て處分しぬ。

2010年3月7日(日)

ネッド・ビーティ

春雨歇まず。臺式機の環境をとゞのふ。日曜洋畫劇場にマーク・ウォルバーグ主演ザ・シューター極大射程を觀る。凡作。上院議員の俳優ネッド・ビーティに瓜二つ、鑑賞後 Internet Movie Database を閲するに果してビーティなり。彼の演技を見るは昭和五十四年スーパーマンのオーティス役以來三十一年ぶりなり。雪山に於けるビーティとダニー・グローヴァーはスタジオ撮影を合成したること明かなり。定めし寒氣堪え難きを以て別撮りにしたるべし。

2010年3月6日(土)

ひとりでできるもん

雨蕭蕭たり。正午IBMサービスセンターより臺式機返送せらる。ふと思ひ立ちて硬盤の交換を試む。コムロードに赴き Western Digital 社製 WD RES を購はむと慾せしが在庫切れなり。已むを得ず Seagate 社製 Barracuda 7200.12 を買ふ。五百ギガバイト五千九百八拾圓也。二時半筐軆を開け Barracuda 7200.10 を取出し交換す。BIOSをみるに無事認識せられたり。恢復CDを用ひて Windows XP に戻して後 Windows 7 に更新す。六時半復舊せり。これら一連の作業 IBM に修繕せしむれば八萬圓かゝるなり。六千圓で事なく濟みたり。

2010年3月5日(金)

スパルの謎

輕陰。暴暖初夏の如き氣候なり。午前緊急執筆。N氏の需によれるなり。午後筆記本電腦 ThinkPad 二臺を廢棄處分す。十年前に購ひしが不要となりて早や二年半なり。宅急便にて埼玉縣のパソコンファームに送り資源再生せしむ。事前連絡不要、稀少金屬を囘收して賣卻するを以て處分作業無料なり。家電リサイクル法に從はゞ筆記本電腦一臺につき三千圓、臺式機一臺七千圓かゝる時世に、送料千六十圓で片附くは至極結構なり。この日某社よりスパルベリーといふ苺一凾屆く。案内册子にスパルは希臘神話に由來せりとあり。昴のことなるべしと思ひて解説をみるに何度讀みても要領を得ず。文面下の如し。
オリオン座のうしろにスパル座はあります。ギリシャ神話に出てくる巨人で、ポセイドンの息子であり美男の狩人です。ポセイドンの子ヒュリエウスの息子だったという説もあります。彼は女神、人間、妖精などさまざまな女性に恋をしますが、有名なのはアトラスの娘たち(妖精)を追いかけたことでしょう。アトラスの娘たちは、オリオンから逃げてハトになりましたが、主神ゼウスは彼女たちをあわれんで星座(スパル座)にしました。
 神話辭典を繙くにポセイドンの息子はヒュリエウス、その息子はオーリーオーンなれば前段の主語はオーリーオーンなり。アトラスの娘たちはプレイアデスなるが故スパル座とはプレイアデス星團乃ち昴のことなり。いかなる故にや昴をスパルと表記す。富士重工業自動車部門スバルとの混同を避けんがためなる歟。何れにしてもこの文案をつくりたる者わけも分らぬまゝ執筆せしものと見ゆ。呵々。

2010年3月4日(木)

人件費

天氣牢晴。風堪えて寒氣甚しからず。一階ラウンジにて母上と朝餉をなしホテルを出で、快速エアポートにて札幌驛を發す。車中N子の學生時代の思ひ出話に興ず。十一時半全日空機にて新千歳空港を發す。乘客少なく空席半分近し。機内にて執筆少々。母上數獨に夢中なり。定刻の十分前に中部國際空港到着。二時高速バス發車。車内執筆。曇天時折雨ふる。肌寒し。三時半歸家。玄關に入るやセキセイ鸚哥のアサリとシジミ大聲で鳴き迎ふ。レノボ社修理代見積書を送來る。ハードディスク及びファンに異常あれば交換料八萬圓とのこと。高額驚くの外なし。新機種に買換へる方が安上がりなれば時を移さず新型臺式機本體のみ發注す。會員割引に加えて一割引のクーポンあり。一昨年購ひたる時出費を節約せむと保證期間一年を選びしは甚だ迂闊なりき。此度は三年保證を選ぶ。父上夕餉にパスタ料理をつくらる。

2010年3月3日(水)

好物件

朝來雪霏々。辻自働車を倩ひてM病院に赴く。一階ロビーにてS叔母と落合ひ、歩みて不動産屋に徃く。擔當の若者競泳の北島康介選手に似て快活氣持ちよき青年なり。十一時より市内の物件を下見して回り、九軒見終われば早や三時半とはなれり。その間北島君愚痴一つこぼさず慇懃に案内せらる。幸ひにして病院の間近に手頃な貸屋あり。車椅子で通える近さなり。鄰はY叔父がよく自働車を停める駐車場なり。これも何かの巡りあはせなるべし。家探しは早い者勝ちなれば躊躇はずこの家に決め、事務所にて手續きを行ひ物件を押へたり。S叔母大に安堵し晴々した顏となれり。近くの壽司屋に入り握り、晩き晝餉をなす。鰊の壽司を食ふは初めてなり。苦み臭みなし。海老甘し。北寄貝、帆立。豆腐の味噌汁美味なり。五時病院に叔父を見舞ふ。十時より二時まで透析を受け疲勞せしものとみえ、半睡状態なり。ホテルへの道すがら冨士屋に立寄り名物とうまんを購ふ。初更部屋にかへり、執筆少々。睡眠劑を服して早々に寢に就きたり。

2010年3月2日(火)

寛永の雛人形

蚤起。快晴。旭日窗に照添ひて粉雪キラ/\と輝くことダイヤモンドの如し。一階ラウンジにて母上と朝餉をなす。サツラク牛乳濃厚美味。鄰の郵便局に用事を辨じ、部屋に戻りて小憩の後、大丸百貨店地下食料品賣場に赴き、晝餉の箸休めにアボカドサラダ、螢茄子蕪葱雪割り美人の漬物など購ふ。地下鐵道東豐線に乘りS叔母宅に徃く。このマンションも今月にて見納めなれば寫眞を撮る。Y伯母既に來りて在り。直にK伯母Sa伯母來らる。卓袱臺を竝べ晝餐にジンギスカンを食す。K伯母余の鄰に坐り、あんた鍋奉行やりなさいと鶴の一聲、小食を以て知らるゝK伯母この日は珍しく食進み人をして一驚せしむ。肉頗る味佳し。食後マンション引拂ひの事につきS叔母の報告を受く。鳩首協議、善は急げと、明日母上と余同行して借家探しを始むることゝとす。引越し日時も決まりぬ。納戸より祖父母の遺品を次々と出し伯母姉妹みな思ひ出話に興ず。祖父の出征を祝ふ寄書きの日の丸二枚あり。祖父の蒐集せし懷中時計、烟草入れ、五錢玉などと倶に引取る。寛永年間の雛人形あり、棚の上に並べて伯母ら五人正座し記念撮影す。晡下一同地下鐵道を乘繼ぎM病院に赴きS叔父を見舞ふ。瞼閉ぢて仰臥、時折左腕と左脚纔に動きたり。耳元にて聲をかけるや大粒の涙ポロ/\流して嗚咽せらる。顏首胸に引掻き傷夥し。腕力を調整できず力任せに掻きし故なり。Sa伯母と入替りにY叔父合流せらる。七時近く看護士來りて腹部より栄養分と薬を注入す。空腹をいやし得たるにや須臾にして眠らる。七時半静かに退室し、Y叔父の車で美園の蕎麦屋に徃き夕餉をなす。叔父より甥A君の近況を聞く。二更地下鐵道にて母上とホテルにかへる。

2010年3月1日(月)

札幌

舊暦一月十六日。曇天。旅裝をとゞのふ。正午前母上と高速バスに乘り中部國際空港に行く。乘客十三名。平日にしては多し。一時空港着。賣店に丹後の鰤壽司鰤めし鯖壽司を購ひ、六番搭乘口にて晝餉をなす。離陸まで一時半ほどあれば母上は數獨、余はネットブックで執筆。二時二十五分全日空機離陸。海上霧立ちこめ咫尺を辨せず。機内にても執筆す。機内誌翼の王國表紙に堀越千秋氏の繪を見る。四時五分千歳空港着。氷點下三度。快速エアポートに乘り札幌に向ふ。千歳の風景變らず。恵庭は東にステーションホテルが建ちたり。西側は時の流れ止まりたるが如し。懷かしき自動車學校今も健在なり。母上と恵庭に住みし頃の思ひ出話に興ず。三十五年の昔とはなれり。新札幌は大谷地側にマンション林立、商舗も增え、東の寒々とした街竝と對蹠的なり。札幌驛に着けば五時なり。ホテルにチェックインして一服。部屋はシングルなれどベッド廣く、窗邊の壁一面に横長のテーブルあるは頗る便利なり。北○にて母上と夕餉を爲す。變り鮨盛合せ美味、デザートの抹茶ムース大福も味佳し。醉ひ覺ましに地下街を散策す。アピア内に弘榮堂書店を發見せり。瀟洒なる店に樣變りして徃年の面影全く失せしたりとは言え今も看板を掲げてゐるをみてなき能はず。とうまん冨士屋も健在なり。エスタ大食品街を見物す。閉店間際のタイムサービスに何處も黑山の人だかりなり。黑かれい、ホッケの開き、白子どれも嘘と見まごふばかりの廉價なり。馬鈴薯インカのめざめ一袋購ふ。初更ホテルにかへり、堀越千秋氏に電話かけ商議。ハビエルから電子郵件あり。二更小島氏に電話かけ兩氏との話を報告す。三更レメロンとエバミール一錠服して寢に就きしが眠ること能はず、レンドルミンを服す。