抑鬱亭日乘

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2004年4月30日(金)

小鹿番

晏起九時、風なく穩かな日なり、ベランダに雀の雄が雌に給餌するを見る、草稾數葉をつくる、二時自動車保險會社W氏來宅、例年の如く笑語一時間に及ぶ、氏のはなしに、常滑沖に建設中の中部國際空港地盤沈下避くこと能はず、關西國際空港の三倍に達するべしと云、業者もこのことを承知し、いづれ再建工事あるを見込みて敢て粗末なる資材を使ふなりとぞ、唖然として言葉もなし、日暮新聞夕刊紙をみるに小鹿番急性腎不全にて死亡せし由、享年七十一、放浪記の菊田一夫役甚佳なりき、宵のほど暗雲天を蔽ふ、

2004年4月29日(木)

春の叙勲

好く晴れて暑きこと初夏の如し、風邪の氣味既に去りたれば終日机に凭る、國道の GEO に客輻湊す、何事かと窺ひみて始めて是日祝日なるを知る、ゼミ卆業生Kさん結婚式招待状を送らる、屋根の上のヸオロン彈き名古屋にて千二百囘公演達成、春の叙勲發表さる、旭日小綬章渡辺美佐子岸惠子桂春團治ペギー葉山小島信夫、

2004年4月28日(水)

烈風再吹出でゝ歇まず、森林公園漫歩、札の辻川に今年初て蛙の鳴くを聞く、手紙したゝめし後風邪の氣味にて伏す、吉田正音樂紀念館日立市に開館す、

2004年4月27日(火)

鎖國

朝來暴風雨、午前尤甚し、鵯の子一羽雀數羽ベランダに雨を避く、クリニツクに徃き主治醫の診察を受く、稾を脱す、あらたに原稿依頼あり、風雨夕刻に至つて歇む、忽然落日斷雲の間に顯れ殘照半空を染む、頗奇觀なり、小泉政權過日バクダツドにて解放されし高遠伊藤三名の家族に航空費を請求し家族之に應じたる由、自民黨柏村武昭參議員議員は昨日の參院決算委員會にて三名を反日分子と斷じ血税を用いる可らずと放言したる由、仮に三名殺害されたらば伊太利ベルルスコーニ政權の如く英雄として祀りたる歟、公明党冬柴鉄三幹事長海外渡航の禁止を考えるべしと妄言を吐きぬ、今朝クリニツクにて讀みし週刊朝日に昨今の自己責任論の發端は竹内行夫外務省事務次官の發言なりとあり、他日備忘のためこゝにしるし置くなり、さながら無教養の服を着て歩くが如し、これら為政者の得意となす處は知性判斷力の缺如を天下に披露して恬然として愧ぢざる處なり、その傲慢不遜ぶりは恂に驚くべし、政府は市町村内のボランテイア休暇を奨励し虐殺糾彈といふ窮極のボランテイアは是を罰す、これすなはち僞善なり、當今のわが國精神の鎖國を國是となして早や十五年は經ちぬ、過日の週刊文春出版差止判決はひとつの結實といふべし、

2004年4月26日(月)

初収入

心づけば朝の五時なり、午睡十二時間を越ゆ、晴又陰、風冷なり、ベランダの欄干にひよどりとまりてヒイヨ/\と啼くこと頻りなり、電線に珍しく椋鳥の留りたるを見る、飜譯校正終了、久しぶりに三好に徃きコールド・マウンテンを看る、演出凡庸、終幕を看ず席を立つ、アンソニー・ミンゲラ監督はイングリツシユ・ペイシエントも堪へ難かりき、ジユード・ロウは寡默な男に見えず、レニー・ゼルウイガーの南部訛りいかにもわざとらし、之すべて役者の非ならず、月曜朝の十時にも係らず窓口混雜す、キル・ビル續篇公開されたるがためなるべし、午後執筆、日暮に至り早くも睡眠を催す、黒雲次第に空を蔽ひ、風また烈し、エステイ・ローダー歿、享年九十七、日本マクドナルド創業者藤田でん歿、七十八歳と云、石井一久初完封、確定申告還付金口座に振込る、今年初の収入なり、

2004年4月25日(日)

ヨーデル

天氣限りなく佳し、森林公園に徃く、芝いつしかすつかり青くなりぬ、兒童遊園の東屋に白髪の中年男フルートを奏でゐたり、芝中央につぐみ小走りに進みてはまたとまる、北散策路をあゆむに足もとに雉鳩來りてしばし倶にあゆむ、久しく歩まざりしためならんや、十五分ほどして腹痛む、二周してかへる、中央通の紅白躑躅つゞじ咲亂れて零れんばかりなり、飜譯終了、新聞紙に來春大阪天滿宮落語の定席誕生の記事あり、上方落語協會會長桂三枝の呼びかけに天神橋筋商店街財界大阪府協力を申出でたり、収容人員百五十人、大阪の定席は大正末期に廢れたれば復活は百年ぶりなり、午下FM日曜喫茶室にてウイリー沖山の談話と歌を聞く、ハワイのヨーデルは鼻音の氣味あれどスイスは鼻音あらず鼻を抓みても歌ひ得ると云、廣澤虎造石松三十石船、ウイリー沖山スイスの娘とキヤトル・コール、ブルガリアン・ヴオイスなど聽く、ウイリーのヨーデル絶品なり、サンデー・ソングブツクに一九七五年テレビ神奈川にて生演奏したるシュガーベイブの今日はなんだかを聽く、三時俄に惡寒をおぼえ、驚いて蓐中に臥す、〔26日記す〕

2004年4月24日(土)

お靜かにシルヴプレ

快晴風猶烈し、飜譯を始む、沐浴の後三時長久手町文化の家にて觀劇、靜岡グランシツプ制作糸あやつり人形芝居、結城座と毬谷友子の源氏物語夢の浮橋なり、ひとつの役を座員人形毬谷が演じる妙味おもしろし、結城一糸の滑稽味佳し、女義太夫竹本素京の彈語り佳なり、特筆すべきは毬谷なり、七色の聲は言ふを俟たず、四章六條御息處を人形に扮して演ずるさまに思はず息を呑みぬ、佐藤信の演出は時として冗長なれど瑕瑾と謂ふ可し、光源氏携帯電話にて文を送り、六の君仏蘭西語入門を讀耽りてボンジユールなどと呟き、毬谷の王命婦お靜かにシルヴプレと云ひて窘める、その滑稽味佳なり、思ふに當世の人間心理は固より其の立居振舞ひ紫式部の時代とは全く隔絶したれば、當今の役者より人形に演じせしむるは正解なり、無表情の傀儡くゞつに表情の餘白あり、客はおの/\餘白に感情を讀み得るなり、終演後ロビーにてそろりさんに禮をなす、六時歸宅、

2004年4月23日(金)

そろりさん

夜中雨降りしが朝に至りて霽る、西北の風烈しく雀四羽ベランダに來りて終日啼き叫びぬ、稿を脱す、眼鏡屋に鎧を修繕せしめたるアイフオレツクスを受取る、ゼミ卆業生Kさんの來書に荅ふ、新婚披露の宴七月なり、Mozilla の瀏覽器ブラウザ Firefox を試む、輕快なること Opera にまさるなり、日暮れて風ます/\強し、窗を閉ぢて橋爪大三郎世界がわかる宗教社會學入門を讀む、イスラエル・アツコシアター主宰モニ・ヨセフ氏の來日決定す、燈刻思ひかけずそろりさんの來書に接す、名古屋に在りて明日長久手町文化の家源氏物語の切符ありとて讓らるゝ由、八時藤が丘驛にて初て逢ふ、松原智恵子に似たるご婦人來りて挨拶せらる、そろりさんなり、切符と包みを贈られ連れが居りますのでと早々に歸り去らる、歸宅して包みを解くに和三盆糖紅白おちごさん柏餠赤飯の祝重ねなり、深切謝するに辞なし、烈風夜に入りて更に甚し、朧月鎌の如し、

2004年4月22日(木)

ITI世界大會

晴天、昨日にもまさりて更に暑し、終日机に凭る、國際演劇協會O氏より電話あり、第三十囘ITI世界大會に誘はる、開催地は墨西哥なれば是非にも御同行ありたしとの事なりしが折惡く舞踊團公演の最中なり、事情を告げて辞す、竹内均二十日都内の病院にて死去せし由新聞に見ゆ、享年八十三と云ふ、餘小學生の時もつとも好みたるは天文學なりしかば理科年表雜誌ニユートンなど愛讀したりき、學識徳望兩つながら敬虔の情自ら湧來るを覺えたりき、何とも知れず悲しき心地す、

2004年4月21日(水)

田形美喜子さん

空晴れ渡りて蒸暑き事夏の如し、燕飛來りて窗硝子をかすめること數次なり、階段踊場より木曾御嶽を望む、終日執筆讀書、ルベンより電話あり、飜譯の依頼なり、田形美喜子さんCDを贈らる、作詞せられしセーラーマーキユリー水野亜美こと浜千咲の Mi Amor なり、畏友の活躍喜びに堪えざるものあり、

2004年4月20日(火)

T君Iさん

晴天、南風吹きつゞきて暑し、草稿二篇つくる、午下藤が丘驛に徃く、T君去年の卆業生Iさんと倶に來る、雅ピロにて昼餐をなす、Iさん先月D社を去り青年海外協力隊に轉身せむとて勉強中の由、學部に學びし時墨西哥メキシコニカラグアに滯在したることあり、食後咖啡農園に憩ひ、夕刻抑鬱亭に招いて笑語七時半に及ぶ、藤が丘驛に送りて別る、夜に入りて風烈しく冷なり、是日國際演劇協會より電話あり、墨西哥訪問への誘ひなりとて期間は五月末より六月初めの由、折惡しくゼミ卆業生Oさん新婚披露の宴と舞踊團公演の時節なれば、辭退せざるを得ざるなり、惜しむべきことなり、

2004年4月19日(月)

T君

淫雨濛々、體温平熱なれど心地すぐれず、精神亦明瞭ならず、午前漸くT君に電話通ず、水曜まで名古屋に在りとて誘ふに午後二時訪來らる、墨西哥メキシコ放浪より歸國したるは去年一月、ブルガリア印度インドネシア音樂、高橋竹山、大野一雄、中沢新一、カスネダ、シユタイナー抔につきて笑語す、五時半梅の花に徃き晩餐をなす、款語二時間ばかり、T君は學部二年次に退學して後京都にて會社勤めをなす傍ら中南米の記録映畫輸入上映に盡力するなり、餘T君とは教室にて會ひたることなく、屡研究室を訪來られては映画ビデオを處望したりき、明日ふたゝび抑鬱亭に迎へる事を約す、八時藤が丘に別る、東南の風烈しく雨滝の如し、

ドラツグストアゆたか跡地に GEO 出店す、

ヤシンの後繼者ランティシ氏イスラエル軍のミサイル攻撃にて慘殺さる、日本人五名解放されしかどカナダ人、米兵二名、パレスチナ人一名、オランダ人一名、ヨルダン人一名、伊太人三名などいまだ消息なし、

七月歌舞伎座猿之助に代り玉三郎座長を務む、櫻姫東文章の相手役市川段治郎、

先見日記に片岡義男港千尋しりあがり寿坂本龍一の隨想を讀む。

2004年4月18日(日)

悵然

心づけば日は将に午ならむとす、玄關外に荷物あり、京都T君の手紙と土産なり、餘昨日藤が丘の約に赴かざりしかば初更わざ/\抑鬱亭を訪來られて空しく歸り去られたる由、次の機會にお目にかゝれれば光榮なりとぞ、秘露ペルーの詩人ハイメ・サビーネスの譯詩あり、非禮を詫びむと電話すれど應答なければ詫状を送る、悵然たることしばらくなり、T君の深切謝するに辞なし、それにつけても昨日の午より記憶途切れたるは甚不氣味なり、舞踊團完成チラシ郵送せらる、宇野氏の意匠簡素にして雅趣あり、〔十九日記す〕

2004年4月17日(土)

眩暈

春風駘蕩、掃除して圖書館に徃く、午下突然眩暈を催し殆支ふること能はず、驚いて蓐中に臥し京都T君の聯絡を待つ、〔十九日記す〕

2004年4月16日(金)

藤の花

晴れて暑し、暴に暖なり、浴衣に着かへたき程なり、躑躅つゝじ的歴たり、稲葉町の紫詰草一齋に花開き爛漫として咲亂るゝ中に紋白蝶さまよふ、幼稚園の庭に藤の花今を盛りとさき匂ひたり、演劇年鑑をAの許に郵送す、竟日讀書、週刊誌に倉嶋厚の對談あり、涙下りて讀むに忍びず、夕刻に至り遽に睡眠を催し如何ともすること能はず、困臥してふと寤むれば春の日は早くもたそがれたり、眼鏡の蔓破損したれば眼鏡屋に修繕せしむ、昨夜人質三人解放さる、横山光輝宅失火、火傷により死去、享年六十九、

2004年4月15日(木)

三十五歳

雨霽れて日うらゝかなり、俄に暑し、森林公園散歩、兒童遊園の芝生に鶫雉鳩土鳩夥しく、澄渡りたる碧空に川鵜悠々と舞ふ、四十雀川原鶸の聲五月雨の如し、珍らしくも園丁遊歩の人挨拶せらる、圖書館に立寄りて家にかへる、心地爽かなり、終日讀書、國際演劇協會年鑑を送來る、鷺沢萠頓死すと云、青年座が小説君はこの國を好きかを翻案上演したるは僅三年前のことなり、自殺の風説あり、行年三十五、二十二日より杉並区立富士見丘小學校にて渡辺えり子谷川俊太郎小椋佳など通年の演劇授業を行う由、久しぶりにて Iraq Body Count網站サイトを見るに、フアルージヤにて米軍に殺害されたるイラク人八百八十名に及ぶと云、アルジヤジーラ英語版の網站に町の寫眞を見る、破壊されたる家屋に血痕夥し、惨憺たる光景に唖然として言葉もなし、

2004年4月14日(水)

人心

細雨糠の如し、ベランダの欄干にひよどり來りて雨を避く、四年生Aさんの來書に接す、卆論についての相談なり、野鳥の會々報に鳥インフルエンザの記事を讀む、舊臘より今春にかけて流行したるは鳥インフルエンザにあらず高病原性鳥インフルエンザなる由、鳥インフルエンザは昔より自然界に在り害なきに等しく亦通常人に感染する虞なし、然れども家畜に感染したらば変異して病毒性高まることあり、之を高病原性鳥インフルエンザと呼ぶなり、鳥特有の病なれば人には感染せず、タイ越南ベトナムにて死者出でたるは大量の粉糞を吸込みたるがためなるべしといふ、鳥の害の如きはたとえこれ有りとなすも恐るゝに足らず、恐るべきは人心なり、新聞紙の記事によりて世間の事を推察するに、天下の人心日に日に兇惡となり富貴を羨み爭亂を好むものゝの如し、人質家族への中傷已まざる由、厭ふべくまた恐るべきなり、春雨夜に入りて猶歇まず、猿之助七月歌舞伎座休演、

2004年4月13日(火)

馬鹿どもがいろんなことを言ふだらうけど、全部小朝に任せておけばいゝ

乍陰乍晴、薄暑を催す、森林公園遊歩、キリゝといふ聲いそがし、川原鶸かわらひわなる歟、北散策路を過るにつぐみ一羽寄添ひてあゆむこと數歩、何ともなく悲しき心地にて打眺めたりしなり、歸途主治醫の診察を受く、圖書館に立寄り原稿の資料を獲たり、白山林の櫻花いつしか散りぬ、午後猪瀬直樹ピカレスクを讀む、恐るべきは井伏鱒二の廉恥心なきことなり、唖然として言ふ處を知らず、哺下FMにて竹村淳ミユージツクプラザを聽く、工藤律子氏の談話屡紹介さる、チアパスに就きてなり、夕食の後吉川潮わが愛しの藝人たちを讀む、藝術祭選考の杜撰ぶり天下に知らしむ、桂三木助自殺の顛末に暗涙を催す、談志三木助の姉に電話して、馬鹿どもがいろんなことを言ふだらうけど、全部小朝に任せておけばいゝとて慰めたる由、畏怖の念胸底に湧起るをおぼえたり、愛に充ちたる好著なり、

2004年4月12日(月)

おんじ

忽にして夜も三更を過ぎければ本など讀みて一夜を明しぬ、ラヂオ未明釧路沖の地震を報ず、今日も晴れて暑きこと六月の如し、何の故なるを知らず、四十雀の囀り欣々たり、朝飯済ませて戸を開くに、通路奥にアルムのおんじに似たる翁あり、千歳の翁に似たる白きあご髭、青きシヤツに煉瓦色の胴着、枯草色のズボン姿にて登山帽を戴き、脚立に登りて螢光燈の交換をなしゐたり、脚立は高さ二尺ばかりなれど恰も山の頂に立ちたるが如き様子なり、餘窃にアルムのおんじと命名す、午後企畫書最終稾を脱す、朝夕燕飛交ふを見る、郡山今井高遠三氏いまだ解放されず、過日高遠氏の掲示板中傷の記事殺到し閉鎖さる、絶對安全の場と匿名僞名に隠れたる者の殘酷さ限りなし、

2004年4月11日(日)

常磐津

乍陰乍晴、暖氣昨日の如し、拂曉に起出でゝ筆を秉る、ラヂオを聞くに人質今日中に解放さるゝといふ、イラク宗教指導者の説得に應じたるが故なりとぞ、八時森林公園逍遥、兒童遊園の阿舎あずまやよりフルートの音聞ゆ、中年男なり、四十雀羣をなして葉櫻に鳴く、野球に興ずる父子あり、捕手打者は四五歳ばかりの男兒、野手は父親、投手は年の頃五六歳の少女なり、がんばれベアーズを思はずを得ず、歸宅するに鄰家の軒先より燕飛來りて頭上を旋囘す、市中半袖姿多く見ゆ、常磐津権八松島を聞く、三味線常磐津英寿、正午FMにて富田勲が清兵衛の主題曲を聞く、NHKけふの料理も氏の作なり、三時疲勞を覺え午睡、寤むれば深夜十二時なり、ラヂオに清水義憲と西原理恵子の雜談を聞く、

2004年4月10日(土)

惡夢二夜

五時半雀の聲に惡夢より覺む、天氣牢晴、暴暖初夏の如し、森林公園をあゆむ、鳥語欣々、四十雀の囀り勇まし、芝生半ば青くなりぬ、雀の子芝を轉がる櫻の花瓣を追ひて啄みてはまた追ふ、花壇にチユーリツプ咲揃いぬ、午後企畫書校正、眼鏡の鼻當破損したれば眼鏡屋Kにて修繕せしむ、歸途理髪舗に立寄り散髮、店長近郊の靈地を語るに伊勢神トンネル定光寺入鹿池抔なりとぞ、餘靈感に乏しけれど稲武町どんぐりの湯に赴くとき伊勢神に甚不氣味なるものを感じたりき、讀書昏黑に及ぶ、新聞紙社説をみるに讀賣は小泉首相の撤退拒否支持、毎日はアルジヤジーラに報道を依頼すべしと云、朝日は支離滅裂なり、文いずれも拙劣讀むに堪えず、

2004年4月9日(金)

見殺し

午前二時牀に就く、悪夢に襲はる、雀の聲に寤むれば五時半なり、正午眠氣を催し横臥、忽ち華胥に遊ぶ、昨日アルジヤジーラ報ずるにイラクにて篤志家高遠菜穂子今井紀明報道記者郡山総一サラヤ・アル・ムジャヒディンといふ武裝集團に拘束さる、エル・パイスに犯行聲明文概要を讀む、自衞隊三日以内に撤退しなくば燒殺すなりとぞ、今井紀明は今春江別市西野幌立命館慶祥高校を卆業せしばかりにして日刊ベリタ最年少記者志望者なり、西野幌は餘が實家の鄰町なり、劣化ウラン彈の調査を行ひゐたる由、昨夜福田官房長官緊急記者會見を開きて、自衞隊は人道的復興支援のため赴きたれば撤退の理由なしと云、見殺しを言明しぬ、自國民を護らぬ國家自衞隊に何の存在理由あるや、若し見殺しにしたらば餘はこの非人道的國家日本の國民なりと宣言するものなり、〔十日記す〕

2004年4月8日(木)

雪見櫻と雁之助

天氣限りなく佳し、書筐を整理し十數册を古書店に賣る、歸途稲葉橋にて八重櫻の彼方に木曾御嶽の雪を望む、月初來外出する事稀なれば偶然櫻と雪山を望み得て覺えず車を停む、企畫書校正、終日事務處と傳眞ファックスを交換す、是日じゅんやさんに誘はれ moblog を體驗す、サンテグジユペリの戰鬪機殘骸マルセイユ沖に發見さる、ジヨン・ベルーシ聖林殿堂の舖道に名を刻む、芦屋雁之助世を去りぬ、去年の日記を見るに急性心不全にて緊急入院せしは四月十一日、名鐵ホールとんてんかんとんちんかん出演後のことなり、行年七十二、

2004年4月7日(水)

晝餐

晴れてはまた曇る、薄暑五月の如し、正午ターコさん來駕、昼餉をつくらる、獻立は淺蜊のパスタトマトソース、帆立と生ハムのサラド、デザートは苺とアイスクリームなり、小鳥の小物を頂戴す、食卓例になくはなやぎぬ、笑語二時間ばかり、四鄰の八重櫻殆ど滿開なれど緑町界隈はいまだ開かざるものあり、讀書忽ち日は暮れたり、

2004年4月6日(火)

自筆原稿

好晴、暮春らしき暖氣に白山林の櫻花一時に滿開となれり、辛夷また咲出しぬ、竟日手紙したゝむ、薄暮雀のベランダに戯るゝを眺む、春宵の光景愛すべし、京都T君の書を得たり、去三日中也の遺族直筆原稿を山口市中原中也記念館に寄贈す、現存する稾の九割、百九十二點に及べり、同日新聞紙国立音樂大學にてバツハ結婚カンタータ BWV216 」の原譜發見を報ず、是日は長崎外海そとめ町立遠藤周作文學館にて沈黙自筆原稿發見さる、

2004年4月5日(月)

菊田一夫演劇賞

空は拭ふが如く晴れわたりしが微風冷なり、森林公園をあゆむ、櫻花の咲亂るゝあり、園内の光景先週にまして畫趣を添へ得たり、遊歩の人多し、鳥語欣々、新樹にひよどりの聲さわがしく、おのづから清新の趣あり、病身この景物に對すれば一層の悲愁を催す、午前勉強して舊稾を校訂す、菊田一夫演劇賞發表さる、大賞山口祐一郎、演劇賞松平健高畑淳子藤真利子和央ようか花總まり、特別賞森光子、高畑の受賞慶賀せずんばあらざるなり、午後に至り遽に睡眠を催し如何ともすること能はず、困臥してふと寤むれば永き春の日は早くもたそがれたり、夕餉の後滿月の昇るを見る、

2004年4月4日(日)

配役案

朝四時半睡よりさむ、昏々と眠りたること十四時間に及べり、暗雲天を蔽ひ雨屡來る、寒きこと冬の如し、毎日新聞文藝部K氏今週の本棚十周年紀念の小冊子を贈り來らる、丸谷氏の取りはからひによるものなり、關容子の隨想に名譽の醫師の配役案あり、落馬するドン・エンリーケは勘九郎、兄王ドン・ペドロは幸四郎、コキンは中村獅童なりとぞ、餘の喜び限りなし、鄰の頁に獅童の隨想あるをみて一驚を喫す、丸谷氏の深切感涙に値すと謂ふべし、暮方雲間より夕日斜に照り渡りたり、始めて xhtml 文書をつくる、

2004年4月3日(土)

昏々

半陰半晴、拂曉ふつぎょう雀の聲に眠より寤む、餌をやること日課の如し、今春今だに燕を見ず、怪しむべきことなり、舊稾を淨寫す、燐光群、劇團クセツク公演案内を郵寄せらる、午後二時仮睡一睡せむと横臥、忽華胥に遊ぶ、〔四日記す〕

2004年4月2日(金)

丸谷才一

朝來淫雨濛々、空暗きこと黄昏の如し、午に至りて霽る、四鄰の白木蓮的歴たり、終日何事をもなさず、唯寐つ起つして日を暮らす、丸谷才一氏繪葉書を寄せらる、阿国につきての拙論に大慶至極と言はる、百年の憂苦を慰め得たるの思あり、自筆の舊假名遣ひをみるは是日が初めてなり、祕露のTさんより來書あり、人類學部始業、登校午前七時の由なり、燈刻門前兒童の集りて遊び叫ぶ聲聞ゆ、十三夜の月佳し、

2004年4月1日(木)

Triangle

昧爽に起出づ、薄曇りの空風もなくて靜なり、市役處に行き國民健康保險證を受取り、國民年金の手續をなす、午前企畫書脱稿、午睡二時間ばかり、覺めて卆業生KさんMさんの約に赴く、六時半榮の串燒屋に晩食をなしライヴハウス LOVELY に ピアノトリオ Triangle の演奏を聽く、祕露人打樂器奏者ルベン・フイゲロアは曾て愛知縣立大學に非常勤講師として一年間教鞭を執りしことあれど此夜初めて相識りたり、ピアニストのダニー・シユエツケンデイツクは米國ジヨージア出身、ベース奏者名古路は唯一の日本人なり、ダニーの演奏オスカー・ピーターソンを思はしむ、歓談夜のふくるを忘る、二更歸宅、藤が丘の夜櫻佳し、是日マーヴイン・ゲイ二十囘忌、