抑鬱亭日乘

 help

2009年8月31日(月)

政權交代

晴。民主黨三百八議席獲得、自民黨百十九議席にとゞまり政權交代。自民大物議員相次ぎて落選、死屍累々たり。公明黨太田明宏冬柴鉄三の落選大に慶賀すべし。疲勞困憊。朝食後また眠を貪り、寤むれば五時過なり。日沒して涼味襲ふが如し。蟲語喞々たり。二更東海テレビにSMAP×SMAPの夏休みスマスマキャラクター復活祭を見る。草彅剛デビールマン稲垣吾郎ゴロクミ香取慎吾カツケン木村拓哉ペットのPちゃん。何れも惡巫山戲に淫しておもしろからず。

2009年8月30日(日)

夏去りぬ

半陰半晴。溽蒸甚し。R君價格ドットコムにてパイプオルガンやアルプホルン賃貸貸間など檢索に夢中なり。午前R 君父上母上を車に乘せ地下鐵道驛に送る。R君二時の新幹線にて千葉に歸るを以てなり。歸宅途次小學校に立寄り衆議院選擧の投票をなす。門より會場まで投票者行列をなせり。投票率高かるべし。民主黨壓勝は火を見るよりも明かなり。家にかへり、鳥籠の扉を開けシジミを遊ばせ、洗濯物を干す。三時車にて地下鐵道驛に赴き父上母上を迎ふ。酷熱堪ふべからず。投票所に案内して家にかへる。孫と名驛地下の矢場とんにて味噌カツを食されたる由。疲勞を覺え一睡を試む。

2009年8月29日(土)

大學巡り

曇りて後に晴る。殘暑甚し。R君を伴ひ車にて名古屋市内の大學を廻る。本山より山手通を南下し、まづ名古屋大學に行く。豊田講堂前に車を停め構内を歩む。古川記念館裏手の山道をのぼる。つく/\法師の啼きしきる聲せはしなし。雜木林の樹木生茂りて樹影心地好し。右手に宇宙線望遠鏡研究室あり。奧のテニスコートに學生練習に勵みゐたり。野球場、競技場を眼下に望む。林を拔けて高等總合研究舘前に出づ。正面の道を下るに農學部の畑と鷄小屋あり。生物機能開發利用研究センター前にて色黒の留學生らしき女性にコンビニエンスストアの場所を訊ねらる。余の知る限り、山手通向ひの文系キャンパスにファミリーマート一軒あるのみ。その旨地圖にて示すや、感謝しつゝ溜息漏らさる。探し草臥れし樣子なり。直に作業服の小柄な中年男にまたコンビニエンスストアの場所を聞かるゝ。余を名大關係者と思はれしやうなり。理工學部の佇まい公團住宅の如し。暑氣忍難く、自動販賣機のあるを幸にスポーツドリンクと罐コーヒーを購ひ小憩、一服す。折々學生行交ふ。歩く者あり自轉車の者あり。情報基盤センターより山手通に出でゝ、道を渡り、文系キャンパスを歩む。豊田講堂に戻れば十二時半、丁度一時間の散策なりき。山手通一丁目交叉點のハンバーグ店ハローキッドにて晝餉をなす。店内ほゞ滿席なり。食後山手通を南下し、南山大學を右手に望み、中京大學八事キャンパスを少し歩む。ついでに豊田キャンパスも見むと、本山に戻りグリーンロードを東進。室内スケート場を見學。浅田真央は居らず、後輩と思しき女子三名黒き練習着を身に纏ひ練習を始む。晡時歸宅。夕餉に櫃まぶしを食す。

2009年8月28日(金)

R君

薄く晴れて風なく靜なる日なり。午前草稿をつくる。午下千葉の甥R君二年振りに來宅。地下鐵道驛より道に迷ひたる由。幸にして無事到着せり。背丈伸び一驚を喫す。晝飯を食し、父上母上R君を伴ひ自働車で豊山町のイチロー紀念舘アイ・ファインに赴く。客我等のほか一名のみ。今期の安打數を豫想し投票す。歸途コメダ珈琲店に憩ふ。晡下歸家。夕餉にR君の好物味噌カツを食す。

2009年8月27日(木)

懊惱

曇天。煩悶甚し。

2009年8月26日(水)

倦怠

妙案浮ばず呻吟す。心倦みつかれて草藁をつくる氣力なし。輕き胃痛を覚ゆ。半日眠を貪る。

2009年8月25日(火)

品切

曇りて後に晴る。アサリ水桶に身を浸して水浴びすること幾囘なるを知らず。眞夏は決して浴びず、秋や冬に浴びるなり。氣温は無關係と見ゆ。母上を車に乘せ近鄰の市場を廻りて無花果野菜米など購ふ。B印刷所雜誌廣告圖案を送來る。午後一睡。病院に徃き診察を乞ふ。歸途ドラッグストアに立寄りマスクを購はむとするに品切なり。ハンドソープも激減しぬ。新型インフルエンザ流行を以てなり。町内の稻熟して水田の眺望黄ばみて見ゆ。

2009年8月24日(月)

中京大中京

快晴。空氣清涼にして乾燥し朝晩は肌寒きほどなり。セキセイ鸚哥の爪を切る。余の掌中に在りてアサリもシジミも暴れず。前回シジミに深爪して出血せしめたるを以て、細心の注意を拂ひしが、迂闊にもまた深爪し、忽鮮血流れて白き羽を汚せしめり。母上すぐさま線香に火をつけて止血せらる。筆とるも感興來らざるを以て、午後氣分轉換にやまとの湯に赴き露天風呂に浴す。温泉は今年初めてなり。宮下橋より矢田川の中州に川鵜十數羽の憩ふを見る。歸宅して高校野球中京大中京對日本文理の決勝戰ラヂオ中繼を聽く。十對四にて中京引離し九回表二死、あと一人としたところで居間に赴きテレビを見るに、堂林投手緊張したるにや、日本文理に連打を浴び、救援投手森本も集中打を浴びて十對九にまで追上げらる。然れど最後の打者を三塁ライナーに仕留め、一點差を守りて四十三年ぶり最多七度目の優勝を果たせり。日本文理の選手一同猛攻を慶びて欣喜雀躍、涙を流す者一人もなし。中京に笑顔なく、堂林は悔し涙を堪へること能はず。一見するに、どちらが優勝チームなるを知らず。手に汗握る好試合なりき。

2009年8月23日(日)

涙に暮るゝ午後

八時半起床。晴。門巷車尠く兒童の聲も聞えず寂寞たり。山下達郎サンデー・ソングブック納涼夫婦放談に思ひがけずグラン・トラノの主題歌流るゝを聞きて暗涙を催す。高校野球準決勝、中京大中京對花巻東戰を見る。打撃守備ともに中京が花巻東を壓倒せり。背筋痛にて先發を外されし花巻東の菊池投手涙とまらず。蟲の音夜ごとにしげくなり行けり。涼味襲ふが如し。

2009年8月22日(土)

花火

曇天。小雨あり。ジェームズ・キャメロン監督の新作映畫 AVATAR 豫告編を看る。午後疲勞し、横臥して高校野球準々決勝中京大中京對都城商業戰を看る。中京投打にまさり準決勝進出。堂林投手よし。初更町内花火大會の響き空に轟きわたれり。

2009年8月21日(金)

温室

どんより曇りて風絶え溽蒸忍び難し。温室に在るが如し。然れど今年は八月に入りて猛暑の日なく、例年に比ぶれば過し易し。ベルリンにて開催中の世界陸上男子二百メートルでジャマイカのウサイン・ボルト十九秒十九の世界新記録樹立、百メートルと併せて二冠達成。驚異と云ふ外なし。午下N子を地下鐵道驛に見送る。微雨あり。クリスティアンの取材回答を飜譯。連載原稿を脱稿するを得たり。輕き頭痛を覺ゆ。

2009年8月20日(木)

母アンナの子連れ従軍記

六時半起出でゝ窓を開けるに風涼しく肌寒きほどなり。ハビエルの取材回答を飜譯。セブンイレブンに文庫本二册受取り、理髪舗に立寄りて家に歸れば午なり。谷川道子先生光文社古典新譯文庫の新著ブレヒト母アンナの子連れ従軍記を贈らる。服部幸雄宿神論を少し讀む。夕刻一睡。蟲語風聲既に新秋の如し。

2009年8月19日(水)

イチロー紀念舘

どんより曇りて風なし。朝食の後母上とN子を伴ひ車を運轉してあぐりん村に徃き無花果西瓜野菜など購ふ。無花果遂に大量入荷せり。白無花果もあり。カーマホームセンターに赴き日用品を求め、鄰の市塲に生ハムを買ふ。グリーンロードに出でゝ名古屋インターチェンジより東名阪自動車道を走り勝川インターチェンジにて下り、縣營名古屋空港そばのアイ・ファインといふイチロー展示ルームを見學す。三階建てのビルにて展示品多く一驚を喫す。見學者我々のみにて心ゆくまで展示品を眺むるを得たり。靴のサイズ二十八センチ五ミリに及ぶを知りたり。小學生時代の學習机や鞄類などよく保存せしものよと母上感歎すること頻なり。液晶テレビに今日の試合の要約版を見る。四安打、打率三割六分五厘。味美上ノ町k喫茶店に小憩。木曾街道を通り、ふたゝび高速道路を走りて家にかへれば三時過なり。休む間もなく公演雜務を處理す。夕餉に生ハム無花果を食す。蟲語を聞く。

2009年8月18日(火)

O君

曇天。公演準備の雜務に追はる。社用にて札幌より來りしO君と會食の約あれば、六時名古屋驛前に赴く。幸福の科學の設立せし幸福實現黨とかいふ政黨ロータリーに選擧カーを停め、候補者三人入替り立替り擴聲器にて大聲に時事を論ず。喧噪長く居るに堪へず。いば昇本店に赴きひつまぶしを食す。諧語に時の移るを忘る。終電にて歸宅。金大中の訃に接せり。享年八十三。

2009年8月17日(月)

晴。晝の内は殘暑依然たり。日暮れて涼味頓に生ず。懸案の筆今日も進まず。讀書忽ち華胥に遊ぶ。所謂夏バテの兆候を示す。二更地下鐵道驛に徃きN子を向ふ。到着時刻二十分遅れたり。那智勝浦より南紀線にて名古屋に向ふ途次、尾鷲附近にて先行列車猪と正面衝突したる由。土産の天照梅を食す。

2009年8月16日(日)

公害

陰のち晴。總選舉の立候補者自働車にて住宅街を經巡り擴聲器にて何やら喚立てる。聲を聞く限りどの政黨なるやを知らず。公害と云ふ外なし。

2009年8月15日(土)

無事來日

曇りて濕氣多からず風爽やかなり。廣告文の案出に四苦八苦、筆一向に進まず胃痛を催す。讀書例の如し。宜野灣市の五十七歳男性新型インフルエンザに罹りて死亡、國内初の死者となりぬ。西班牙は既に十名死亡せり。罹患者十代に多けれど死者は二十代から六十代まで樣々なり。初更M氏より電話にてギタリストとカンタオール無事成田に到着せりとの報告を受く。七月の旅行代理店業務報はれて安堵の思をなす。晩涼水の如し。

2009年8月14日(金)

赤蜻蛉

空晴渡りて風涼しく炎暑昨日に比すれば稍忍易し。赤蜻蛉の多く舞飛ぶさま、秋も酣になりしが如し。雜誌の原稾をつくり編輯長に送る。チラシ文案筆進まず。苦心慘憺。讀書日課の如し。山城新伍歿。享年七十。レス・ポール歿。享年九十四。

2009年8月13日(木)

書直し

朝の中曇りて風爽やかなしが午後に至りて苦熱昨の如し。ハビエルの需により臺本を書直す。けふも單一民族神話の起源を讀む。昨夜ビデオ録畫せしウォルフガング・ペーターゼンの活動寫眞アウトブレイクを看る。レネ・ルッソ二千年代に入りて活動頓に衰へ、ケヴィン・スペイシーは映畫界を引退し倫敦オールド・ヴィック劇場の藝術監督に專念す。活動猶盛なるはモーガン・フリーマンとドナルド・サザーランドのみなり。

2009年8月12日(水)

単一民族神話の起源

晴。酷暑退かず。攝氏三十四度。無花果を求めて地物市場を廻るも未だ何處も入荷せず。午後小熊英二単一民族神話の起源を讀む。

2009年8月11日(火)

茶番

陋屋震動して眠を破らる。數秒に及びたれど物の落つる音も聞えず、眠氣如何ともし難ければ、時計も見ず直に眠りに落ちたり。朝起き出でゝテレビをみるに午前五時過駿河灣にて地震發生、伊豆市焼津市牧之原市御前崎市で震度六弱を記録せりといふ。八時過東海道新幹線運轉再開。東名高速道路は牧之原市にて路肩崩落し、豊川東京間にて通行止となりぬ。死者行方不明者なし。黎明のこと故被害は最小限にとゞまれり。午後強いて筆を秉る。感興索然たり。酷熱益甚し。坐ながらにして汗じめじめと湧出でゝ心地よからず。ミャンマー軍事政權アウン・サン・スー・チーに懲役三年の有罪判決を下し、直後に國歌平和發展評議會議長が一年半の自宅軟禁に減刑せりといふ。支離滅裂なり。

2009年8月10日(月)

嵐の空白地帶

暗雲低く空暗きこと薄暮の如し。颱風九號接近中にて尾鷲は豪雨に見舞はれしが名古屋は雨ふらず風もなし。執筆一枚半にて歇む。讀書。

2009年8月9日(日)

欝々

陰。溽蒸甚し。今月に入りてより執筆の氣力遽に消磨し、心欝々として樂しまず。小熊英二對話の回路を讀む。夜に入りて小雨ふる。

2009年8月8日(土)

精神低迷

晴。風絶ゆ。酷熱汗居ながらにして湧くが如し。輕き眩暈痊えず。依頼原稾二篇校正。大使館より届きたる依頼状を飜譯す。晡下物書かんと試みたれど睡氣を催すばかりにて書く事能はず。今日まで連日懸案の筆を把らむ事を思へど執る事能はず。鬱の氣味日に日に増しゆくなり。九時前寢に就きNHK總合テレビをつけるに、逃亡中の酒井法子容疑者文京區富坂廰舎に出頭せりとのこと。

2009年8月7日(金)

眩暈

目覺めるや體ふら/\し精神明瞭ならず。机に凭りて筆秉らむとせしが眩暈をおぼえて已む。横臥して新潮社考える人に吉田秀和堀江敏幸の對談を讀む。此日立秋。

2009年8月6日(木)

困憊

陰。ホテルのレストランに朝餉をなす。珍しく女性客多し。部屋に戻りて執筆少々。九時精算し、赤坂驛より千代田線にて國會議事堂前驛に徃き、丸ノ内線に乘換へ東京驛に赴く。赤煉瓦の驛舎復元工事中なり。白きトタン板現場を圍繞し、地下鐵道の入口を示す看板の何處にあるや分からず右徃左徃する老女あり。新幹線改札内の休憩所にコンセント附の細長きテーブルあり、電腦を開きて執筆。十時十分新幹線のぞみ號にて東京驛を發す。車中執筆餘事なし。鄰席の肥満男何やら淫猥なる插畫入りの文庫本を讀みゐたり。横目で題名を覗き見るに人妻最後の國と讀めり。十一時五十一分名古屋驛着。小雨。雨を避けむと地下鐵道と乘合自働車を乘繼ぎて家に歸る。執筆夕刻に畢る。困憊しベッドに横たはるや忽眠りに落ちたり。大原麗子の訃に接す。ギラン・バレー症候群の故なるにや、死後二週間以上經ちて發見されたりといふ。氣の毒なることこの上なし。

2009年8月5日(水)

猛稽古

曇天。溽蒸甚し。睡眠劑のおかげで熟睡するを得たり。ホテルのレストランに朝餉をなし、部屋に戻りて執筆。十一時東京驛八重洲口にてH氏と落合ひ、中華料理屋にて晝餉をなし歡語二時間半。ホテルに歸りて再び執筆。四時脱稾。シャワーを浴び、六時タキシ自働車を西麻布交叉點に走らせ事務所に赴く。原稾印刷し終るやハビエルとクリスティアン來る。七時稽古開始。群舞の振附、配役決定。休憩無しの猛稽古三時間半に及べり。歩美さんの通譯迅速にして的確なれば余の出番は殆なく、立ちつ坐りつして稽古の樣子を見學す。時折通譯の手助けを爲すのみなりしが、稽古場の熱氣に終始壓倒され、踊らずとも汗流るゝばかりなり。十時半終了。遠來の一名を除き團員全員殘りて振附の復習を始む。余はハビエル、クリスティアン、小島氏と共に西麻布の和食ハワイアン料理店 HALEKAI'S に赴き夕餉をなす。ハビエルの猥談とゞまることを知らず機關銃の如し。呵々大笑すること幾回なるを知らず。こゝに記すこと能はざるを憾む。ホテルに歸れば一時半なり。二時過睡眠劑を二錠飮みて寢に就けり。

2009年8月4日(火)

稽古開始

晴れていよ/\夏らしき日となりぬ。蝉聲日に/\盛なり。名古屋攝氏三十四度。東京は二十七度で時々小雨の豫報なり。夜の仕亊に備へて假眠一時間ばかり。荷物を纏め、雨を虞れて折疊み傘を入れ、二時前出發。地下鐡車内に動物園歸りの小學生兄妹あり。二時五十三分新幹線のぞみ號にて東上す。N700系車兩は足元廣く窮屈せず。車中成田空港のM氏電話かけ來りて、ハビエルとクリスティアンの無亊到着を報告せらる。余の安堵限りなし。IdeaPad s10e にて執筆、忽ち東京驛に着くなり。丸ノ内線のプラトフホームに駈下り、到着せしばかりの電車に飛び乘るに、次は淡路町との車内アナウンスを聞く。迂闊にも反對方向の電車に乘りぬ。かくして今日もまた粗忽力を存分に發揮せり。已むを得ず淡路町にて下車、歩みて新御茶ノ水驛に徃き千代田線に乘換へ赤坂に出でゝ、定宿に荷を解けば五時過ぎなり。小憩して辻自働車を倩ひ西麻布のスタジオに赴く。舞踊團員三々五々集まり來る。待望のハビエルとクリスティアン兩氏到着。ハビエルと抱擁し二年間の久闊を陳ぶ。クリスティアンとはこの日初めて相識りたり。然れども電子郵件を何度もやりとりしたる仲なれば舊知の友人の如し。両氏とも余が手配したる電子航空券に何ら問題なく入國審査も圓滑に進みたりといふ。七時稽古初回開始。今宵はハビエルが臺本を説明し物語の概要を確認、余は通譯を務む。後半は配役選びの參考にせむとて全員を踊らしむ。二年前ハビエルが振附を施したる戰下の詩人たちより二場面なり。八時過ぎ解散、ハビエル、クリスティアン、小島氏と四人で歩みて西麻布のビストロ WALNUTS に登りて晩餐をなし今後の豫定につきて商議す。西麻布交叉點に別れ、辻自働車を倩ひてホテルに歸れば三更なり。

2009年8月3日(月)

梅雨明け

快晴の空拭ふが如し。梅雨漸くあけて炎暑忽燬くが如し。かくも遅き梅雨明けは觀測史上初めてなりといふ。中庭の植木に蝉の鳴きしきるを聞く。役場に赴き用事を辯じ、食材を求めて歸る。公演に關する雜亊に明け暮れたり。無事來日せんことを希ふ。

2009年8月2日(日)

悶々

朝来淫雨濛々、空暗きこと黄昏の如し。執筆興なし。読書に日を消す。

2009年8月1日(土)

雨中の流し素麺

舊六月十一日。朝飯を食ふに、曇りし空一際暗くなりて雨降り出し、直に車軸を流す如し。母上を伴ひ雨を衝いて産直市場に行き買物をなす。あぐりん村にて今夏漸く無花果を購ふ。今年は淫雨歇まず日照不足にて發育よからず、無花果農家は死活問題と嘆くなり。庭の芝生に假設テント張りて金魚掬ひと流し流し素麺の設營中なりき。土砂降りの中親子列をなす。連日霖雨霽れず空雲に蔽はれ、夏休みの児童は氣の毒なり。茄子人參など全て一袋百圓也。生協にて食パン百二十八圓、葡萄デラウェア種一房百圓。アミカに立寄りいつもの廉價なるラクトアイス二リットル四百九十八圓を買ふ。午後筆秉るも懶く、横臥するや間もなく華胥に遊べり。寤むれば日は既に沒しぬ。コラソン・アキノ歿。後年七六。