抑鬱亭日乘

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2004年2月29日(日)

脱稾

朝おそく起き出でゝ見るに雨しと/\と降りしきりたり、午後雨霽る、今日も雀二羽來る、雜誌の稾を脱す、日曜日なれど門外小兒の騷ぐ聲聞えず、怪しむべき事なり、

2004年2月28日(土)

熟睡

風再び寒し、ベランダに雀二羽來りて餌を啄む、ベアトリーチエ端書を寄らる、

2004年2月27日(金)

民莫不穀、我獨不卒

黎明に至れど眠るを得ず、朝餉の後窗外をみるに雪ふり出でしが須臾にして歇む、終日何事をもなさず、網野善彦歿、享年七十六、谷エース病歿行年五十九、

2004年2月26日(木)

輾轉反側

輾轉反側して暁に到る、日も亭午の頃起出で郵便箱を開き見るにTさんの封書あり、直に返書をしたゝめて送る、公演の事につきて小島氏と電話にて商議す、雜誌聯載再開、首の凝り少しく痊ゆ、是日久しぶりに暗涙を催さゞりしかど、將來に對して猶心平なること能はざるものあり、思へば年始に御籤を引きたるに大吉を得たり、何の意なるを知らず、

2004年2月25日(水)

三年

梅花未開かざれど暖氣四月の如し、日の光眩し、瀬戸T病院春日井T病院に赴き診察料を支拂ふ、首肩の凝り甚しければオムロン電子治療機にて揉み療治をなす、去廿二日日乘を綴りて早や三年は經ちぬ、

2004年2月19日(木)

揉み療治

晴れて暖なり、サイレース10mgにて睡るを得たり、公園三周日課の如し、ラモス=ペレア氏に書を送る、夕刻ござらつせに赴き揉み療治をなす、

2004年2月18日(水)

復讐

昨日の手紙に愕然として、睡眠藥を飮まず僅に眠るを得たるも心地爽ならず、朝の中より頭痛甚し、文辤甚悲痛なるものあり、此れにつけても憎むべきはかの二人の態度なり、多年にわたる淺ましさを思ふに唖然として言ふ處なし、餘は固より近親憎惡を念頭に置くものにあらず、然れども其の爲す處豹變常なきを見ては不快の感禁ずべからず、以前讀みたる鵜飼哲の書にあらゆる暴力は復讐なりとぞ、武力にせよ言葉にせよ暴力を振るう者復讐と知らずして之を行ふこと頻なり、暴力の聯鎖斷切ること容易ならず、憤懣押へ難し、是日快晴の空午後に到りてくもる、森林公園遊歩の人少く、鶫、鵯、輕鴨、四十雀もまた多からず、目白二羽枝にたわむるゝを見ゆ、若き女におはやうございますと挨拶さる、年は二十二三、ござらつせに立寄り沐浴してかへる、

2004年2月17日(火)

樂園

マイスリー10mgにて四時間ばかり睡るを得たり、隂、森林公園に徃く、途次ラヂオにホセ・カレーラスのサルスエラを聽く、鳥語欣々、芝の鶫椋鳥日に/\多くなれり、散策路をあゆむに芝の縁沿を倶にあゆむものあり、四十雀頭上を飛交ふ、頭をかすめんとするものもあり、枝先の鵯に顔を寄せるに逃げず、今日も川に翡翠を見ゆ、札の辻池に輕鴨、眞鴨、白鶺鴒、雉鳩、睦まじく憩ふ、樂園は彼岸に在るものならざるべし、この時こゝをおいて樂園はなし、火曜日なればクリニツクに立寄り主治醫の診察を受く、先週火曜の慶事を報告するに喜色滿面祝福せらる、睡り難き夜續きたればサイレース1mgを處方さる、午後執筆一時間ばかり、森高東のアロマクラブに赴き揉み療治をなす、四十五分三千九百圓なり、歸宅するに本地が原公園の上に白きものふわ/\と漂ひゐたり、みれば白鷺なり、通路より飽かず打眺む、S子に書をしたゝめ日も晡ならむとする頃、窗邊に雀二羽來りてはじめて餌を啄む、抑鬱亭内にレモンの聲聞えざれど外は鳥語欣々たり、嬉しさ言ふばかりなし、

2004年2月16日(月)

無爲

何の故なるや睡ること能はず、輾轉反側して暁に至る、起き出でゝ咖啡を啜るに涙澎湃として溢れ落る、餘の不甲斐なさ救いがたし、商品劇塲O氏に禮状したゝむ、終日家に在り、泣き疲れ、何事をもなさず、唯寐つ起きつして日をくらす、ハイツセンターH氏の來書に接す、寒風吹きつゞきぬ、くもりて暗き日なり、

2004年2月15日(日)

元ゼミ生

雨降りては歇む、夜に入るも霽れず、早朝晴間を窺ひ森林公園を二周す、鶫夥し、北散策路を通るに傍の切株に尉鶲飛來る、札の辻川に翡翠矢の如く飛ぶをみる、輕鴨眞鴨川鵜池に憩ふ、午前稾をつくる、小島氏と電話にて商議す、午睡二時間ばかり、元ゼミ生OさんSさんと會食の約あれば、七時本郷ダリに徃く、先週卆業論文口頭試問無事畢りたる由、Oさん四月より專門學校に英語を學び、Sさんは萬博關聯の職に就くとのことなり、笑語十一時半に到る、來月二十日の謝恩會に招待さる、餘の喜び限りなし、店主ペドロにペネロペ・クルスの抱きしめたい!DVDを貸す、三更歸宅、是日元ゼミ生廣島のF君書を寄せらる、畏敬の念胸底に湧起るをおぼえたり、末尾を讀むに、勝手な、願いで申し譯なく思ひますが、また教職に就かれたら、その時、その大學の研究室にお邪魔したい、可能なら、先生の講義を再び、(もぐりで)聽講したいと考へてをります、とあり、是日偶然元ゼミ生三人と交流することを得たれば喜びのあまりこゝに追記するなり、

2004年2月14日(土)

案内状

空曇りて暮方より雨となる、森林公園の芝に鶫十五六羽あり、う札の辻川に鶫白鶺鴒水浴びす、風絶えて大道平池鏡の如し、頬を掠めて四十雀飛來る、終日エンニオ・モリコーネを聽く、暗涙禁ずるを得ず、餘曾て六年間涙流すこと能はざりし事ありしかば、心身恢復を証して餘りありといふべし、然れど苦悶甚し、S子菓子を贈らる、小島事務處M氏紫綬褒章受賞を祝ふ會案内を郵寄せらる、発起人宇野亞喜良赤川次郎ドナルド・キーン觀世榮夫岸惠子清水邦夫中村梅玉深町幸男山本陽子渡邊守章など五十一名に及ぶ、

2004年2月13日(金)

尉鶲

空くもりて風なく暖なり、森林公園をあゆむ、鶫四羽、日に/\多くなれり、タヽヽヽと小走りに驅けて直に屹立し遠くを眺むるさま愛すべし、札の辻川に脊黑鶺鴒水を飮む、大道平池前の橋を過るに、橋の下に川鵜一羽佇みゐたり、雙眼鏡にて觀察す、鉤型の嘴、鋭き眼光、鷹の如し、池に向ひ小道を通るに、小鳥飛び來りて傍の潅木に留れり、百舌に似たるも枝餘の肩ほどの高さなれば、何なるやとみるに、赤褐色の腹、羽に白き斑紋あり、尉鶲なり、池の中に中鷺一羽威風堂々、三周せむと南散策路に戻りてあゆむに、何故なるや、年初來さま/″\の事胸に去来し、デボラのテーマ耳の奧に響きてAを想ひ、悵然として涙下りて歩みがたし、午後世阿彌の花鏡至花道申楽談儀を再讀す、

2004年2月12日(木)

デボラ

空どんよりと曇りて風絶えたり、森林公園散策、心地爽なれば三周す、中央廣場芝生に鶫三羽あり、四十雀嬉々として鳴く、歸途車内ラヂオにてFM放送を聞くに、エンニオ・モリコーネ作曲デボラのテーマ流れ來りしかば、路傍に車を停め聴入る、思へばワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカを最後に看たるは八年前なり、家にかへりて旧稾整理し、DVDにて再見す、フアツト・モーの店仕舞、階段のケーキ、路地の喧嘩抔デボラのテーマ流れるや涙禁じ得ず、S先生人間學紀要五部郵寄せらる、

2004年2月11日(水)

仕送り

くもりて風靜なり、森林公園をあゆむ、遊歩の人いつもより多き故不思議の事と思ひゐたりしに、是日建國記念の祝日なり、午後世阿彌風姿花傳其の他を讀む、午睡一時間ばかり、燈刻父上母上來駕、米國産牛肉輸入禁止され吉野家の牛丼發賣中止さるゝを紀念して獻立は渥美牛の牛丼なり、晩餐の後母上あずかりものがありますと云ひて封筒を渡さる、中をみるに札束なり、餘が八年前より送りゐたりし仕送りに手をつけず貯金しゐたる由、窮迫せらるゝべしとて持參せらる、謝するに辤なし、

2004年2月10日(火)

國語入試問題

昧爽に起き出でゝ推敲、ユネスコに第二稿を送る、森林公園逍遥、何とも知れず足どり重し、川原に脊黑鶺鴒を見る、芝生に鶫一羽きよとん屹立す、倦怠を休めんと札ノ辻池ベンチに憩ひ輕鴨を眺む、其數十五、いつも追ひつ追はれつ水面を騷がす一組あり、一羽必ず尾を咥えんと近づきもう一羽これを避く、求愛ならや敵意なるや、しばし見入るに脇の小枝に翡翠來りて留りたれば雙眼鏡にて觀察す、三列風切羽の縁と青、腹の橙、脚の眞紅、冠羽の白き斑點描くが如し、足許にはいつの間にやら土鳩雀羣をなして集ひぬ、日既に高く遊歩の人増え足早に池を過ぐ、餘悄然としてたゞ池を眺むるのみ、晝?すませて横臥、忽ち華胥に遊ぶ、睡より覺めれば午後十一時半なり、是日T大学國語入試問題に拙稿出題されたるを知る、三年前岩波雜誌科學に寄しものなり、分不相應なれば遽に信じ難く、通知再讀、眞なるとのことなり、四年生Nさんより來書あり、來月謝恩會に招待せらる、深切感涙に値すと謂ふべし、〔十一日記す〕

2004年2月9日(月)

人間學紀要

?晴定まらず、森林公園二周日課の如し、兒童遊園に親子バドミントンに興ず、札ノ辻川に黄鶺鴒のあゆむを見る、大道平池畔に鶫あり、四十雀羣をなして木立に鳴く、S先生人間學紀要最終號を郵寄せらる、拙稿讀むに從つて多くは忘れ果てたり、回顧すれば三年前のことなり、餘が記憶の力に乏しきこと歎息するの外なし、今日重ねてこれを讀むに徒に枚數多し、當時の事を思起すに、餘の身も別人の如き心地するなり、生きながらへて恥多しとは誠に吾身のことなるべし、ユネスコに初稾を送る、手紙數通したゝむに日は忽ち暮れんとす、是日漱石先生キャロル・キングの誕辰なり、

2004年2月8日(日)

雪ふりしと覺しく、起き出でゝ窗外をみるに、市中の屋根處々白きさま、粉砂糖をふりかけたるが如し、森林公園の門を過るに四十雀つぴ/\と茂みに鳴く、日の光全く春めき來りて、囀りもおのづから勇しくなれり、芝生殘雪點々、大道平池鏡の如し、柱廊の如き北の散策路をあゆむに、頭上の枝に目白一羽あり、南に戻りて鹿小屋の裏を過るに眼前の枝に四十雀二羽、幹をはさみて鄰の枝にもう一羽目白に似たる鳥あり、佇みて觀察するに、上面淡き茶縁にして目の上に白き筋走り縁取なければ鶯なるべし、歸宅して机に凭るに雀の聲さわがしく、ベランダをみるに、餌臺に氣附たるにや、欄干に一羽とまりゐたり、しばし眺むるに一羽また一羽來りて三羽行儀よく竝びたり、餌臺まで一間ほどなれど四鄰睥睨するばかり、須臾にして飛去りぬ、午前横臥し綿矢りさのインストールを讀む、午睡、寤むれば既に昏黑なり、

2004年2月7日(土)

書簡

眠より覺めれば朝七時なり、半陰半晴、ゼミ卆業生KさんOさんと午に會食の約あれば赴かんとするに、信箱にOさんより電子郵件屆きゐたり、昨夜より風邪發熱吐氣痊えざれば日を改めたしと云、直に見舞の返書を送る、札幌の従兄Sの來書に接す、思へば一年ぶりなり、來月名古屋に出張せらるゝ由、Hさんより詑状屆く、昨秋のことにつきてなり、Hさんに非なく責はたゞSにあり、餘Sに對する憤懣押へ難く十一月長文の詰問の書状をしたゝめて送りたれど今だ返事なし、つく/″\あきれたり、埼玉Tさん封書にて酒井抱一十二ヶ月花鳥圖貼附屏風の繪葉書一組を贈らる、レモンへの弔意なる哉、深切大に謝すべし、午後ボリビア演劇原稿の飜譯を畢る、返書數通忽日は沒して市中燈火の輝くを見る、

2004年2月6日(金)

蹴りたい背中

朝七時半睡より寤めて窗外市中を見渡すに屋根の上雪うつすらとつもりゐたり、朝食の後再びみるに粉雪紛々、北風吹き狂ひたり、午前歇みしを幸に雜誌を購はむとK書房に徃く、綿矢りさの蹴りたい背中を手にとり冒頭七行を讀みて感心し、帰宅して直に通讀す、文體著者近影いづれもAを思はしむ、何故なるや脱力し胸苦しく枕につき昏々として睡る、三時頃のことなり、〔七日記す〕

2004年2月5日(木)

素晴しき哉人生

陰晴定まらず、公園に徃きレモンの墓を拜す、立春を過たる故にや日の光俄に明く暖氣そぞろに探梅の興を思はしむ、青空の家一行來りて挨拶す、例の如く園内二周し札ノ辻池畔のベンチに憩ひて輕鴨十五六羽の嬉々として戲るを眺む、羽を繕ふものあり伸びをするものあり逆立ちして水草を食むものあり、岸邊に嘴細烏來りてしづ/\と池に下らむとするをみるや、ぐえ/″\と啼きて退散せしめるさま愛すべし、滑空する番の次列風切羽あざやかな藍色なり、歸途粉雪、隣家の畑に鳥の大羣あり、椋鳥なり、飜譯執筆餘事なし、夕刻キヤプラの素晴しき哉人生再見、涙禁ずべからず、夜に入りて北風吹き出で復び寒くなりぬ、滿月鏡の如し、

2004年2月4日(水)

Linux by Knoppix

暁方小雪ちら/\と降りそめしが須臾にして歇む、ボリビアのK氏原稿と寫眞を送り來る、終日家に在り、リナツクスに慣れむと無料文件 Knoppix を試む、僅五分にして互聯網に接続するを得たり、今年に至り甚しく現代人の著述を厭ふのみならず、友人の手紙を除きては一切讀むことを欲せざるを以て、荷風先生の筝曲の歌詞を讀む、わかれて後のいくとせや、またの逢瀬はこの世にて、かなはぬものと知りしより、その折々の悲しさを、四季のながめに事寄せて、忘るゝ道も悟りしが、悟りすませばまた更に、身にしみ/″\と寂しさの、堪えもやらねばそのむかし、悟り開かぬ宵毎の、なやみ悶えのさてなつかしと、せめては夢をたよりにて、夢で顔見て泣きたやと、無理な願に日をくらす、命あれば憂き思こそ絶えやらね、悟ればさびし鐘の聲、悟らねばつらし夜の雨、これが浮世や人の世や、是日カレンの忌日なり、

2004年2月3日(火)

月出皎兮 佼人僚兮

睡より寤めて窗外を見るに四鄰暗黑に沈みゐたり、時計午前二時を示す、午睡半日に及びぬ、ふたゝび被を擁して臥す、八時起き出づ、晴れたれど北風吹きすさみて寒し、午前クリニツクに徃き主治醫の診察を受く、通院早くも五年にならむとす、ビルの眺望は當時と異なることなし、悵然として階段手摺に倚ることしばらくなりき、一枚をも書き得ずして日は暮れたり、ヘデラ日に/\枯れゆくなり、月明蒼然として水の如し、詩經に月出皎兮、佼人僚兮、舒窈糾兮、勞心悄兮、といへるもの當に餘が今日の悲しみを言盡したり、餘滿腔の愁思を遣るに詩を以てせむと欲するも詩を作ること能はず、僅かに古人の作を抄録して自ら慰むのみ、
月出皎兮     月出でゝさやかなり
佼人僚兮     よきひとのうるわしさよ
舒窈糾兮     のびやかな姿よ
勞心悄兮     うちしずみうれえくるしむ
月出皎兮     月出でゝ冴えたり
佼人劉兮     よきひとのうるわしさよ
舒優受兮     かろやかな身のこなしよ
勞心掻兮     胸さわぎうれえくるしむ
月出照兮     月出でゝ照れり
佼人燎兮     よきひとのうるわしさよ
舒夭紹兮     しなやかなわかさよ
勞心慘兮     つらさ心にしむ

2004年2月2日(月)

疎雨斑々

疎雨斑々としてベランダの欄干を撲つ、午前雜誌原稿をつくらむとすれど懶く遂に果さず、手紙したゝむ、餘の如き不甲斐なき人物も世には尠かるべし、二時疲勞を覺え被を擁して臥す、〔三日記す〕

2004年2月1日(日)

桂文治

薄く晴れて風なく靜なる日なり、終日家を出でず、國際演劇協會O氏突然電話をかけ來りて飜譯中の英文原稿の助けを請はる、Book of Changes は變身物語なるやと問はれしかば易經なりと荅ふるに、來年以降の飜譯を依頼さる、是日桂文治加藤道子歿、文治の高座を最後に聴きしは九八年二月池袋演芸塲晝席なり、客僅か七八人を數へるのみ、顏の艶聲の張りともに失せて老衰見るに堪へず、布團にぢつと坐ることもでき難き身と成れり、愛玩動物のマクラも思出し/\して語るありさま、ネタは猫と金魚なりき、十八番なれど處々臺詞失念し目は宙を泳ぎたり、文治の味わいは頓珍漢な遣取りを小氣味よくぽん/\繰出すところにありき、開口一番どうぞお構ひなくの挨拶を聞屆けるを得たりしは幸いといふべし、