抑鬱亭日乘

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2003年10月31日(金)

チラシ

隂晴定りなく雨ならむとして雨來らず、四十雀羣をなして窗外に鳴く、宛然田家に在るが如し、陶然として聞くにいづこよりか衆議院選擧候補者の演舌の聲近辺の家々に響きわたりて轟然たり、擴聲器に怒鳴りたるにや、其の聲徒に騷音を添ゆるに過ず、喧噪きくに堪えず窗を閉る、関根氏より電話あり、村田氏一瞬と永遠のチラシ卅部郵寄せらる、今囘は二ツ折りなり、例の如く宇野亞喜良氏の意匠なり、午後買物をなさむと市内車を馳せるに處々巡査兩三名佇みたるさま何やら事あり氣なり、月半頃より警察署の巡囘車頓に増したり、日暮頻に蝙蝠の飛ぶをみる、

2003年10月30日(木)

掻痒

秋の空澄みわたりて風爽なり、午前原稾飜譯二篇倶に脱す、午後例の如くレモンの頭を掻痒するに陶然たる心地に瞼を閉るなり、寔に愛らしく亦羨ましくもあれば晡時理髮舗に徃く、夕陽燃るが如し、ロイター通信イラク駐留米軍兵士の敵對行爲による死者百十六名に及び戰死者を上回れりと報ず、十數名の自殺者を含まば其數さらに増すべし、天罰とはこのことなり、昨夕陸別町にオーロラ觀測さる、

2003年10月29日(水)

フレア

隂、終日家に在り、執筆飜譯例の如し、太陽にフレア發生す、磁氣嵐地球を襲ひ明晩晴天ならば北海道にオーロラ出現さるゝならん歟、夕月朦朧たり、

2003年10月28日(火)

疲勞

雲氣欝勃たり、早朝ビストロ・ド・ラ・シテ關根氏より電話かゝりて書類飜譯を依頼さる、几に向ひ對談原稿を書かむと思へど疲勞を覺ること甚しく、精神亦明瞭ならず、午後何となく氣分すぐれず臥牀に横りてバンキエーリシンガーズを聽く中いつか華胥にあそぶ、寤むれば短き暮秋の日はたそがれたり、新聞紙日々日本テレビ製作者の視聽率買收工作を報ず、社の株價急落し、氏家斉一郎會長日本民間放送聯盟名譽會長を辤す、件の製作者氏家會長に土下坐して罪を謝せりといふ、二十一世紀に入りても日本人土下坐を好むものと見ゆ、身體記憶の鞏固さの一端を示すものと謂ふべし、一昨日早朝の謝罪番組「あなたと日テレ」視聽率4.1パーセントに達し、前週の三倍以上を得たり、是亦買收のためなる歟、呵呵、是日文化勲章受章者發表さる、緒方貞子大岡信ら五名なり、文化功勞者は遠藤實曽野綾子安藤忠雄岩田靖中村鴈治郎など、遠藤の受賞は斯界初なり、夜に入りて疎雨、

2003年10月27日(月)

疾走する粗忽

晴れて遽に薄暑を催す、公園漫歩、大道平池の対岸より鷺一羽飛來るさま水面を滑るが如し、眼前の流木に留れり、みれば青鷺なり、鳥語鵯鳥語欣々たり、ヒッヒッと啼くは尉鶲なるや、今朝も札の辻川畔の芝生に背黒鶺鴒二羽ゐたり、家に歸り几に對すれどS氏より電話かゝりて用談畢れば日は亭午なり、執筆意の如くならず、レモンと戲る、晡下ござらつせに浴し實家に徃く、夕餉に鰆の味噌漬、蓮根と獅子唐の金平、肉じゃがを食す、食後空港に車を馳せ父上を迎ふ、東名阪に上り車中札幌の樣子につきて款話するに、覺えず上社JCTを過ぎ名古屋高速東山線に入りぬ、春岡出口より下道に下り六十號線にて實家に送る、土産に松前漬マルセイバターサンドなど頂戴す、初更歸宅、是日大阪新阪急ホテル紫の間にて夢路いとしお別れの會催さる、發起人は桂米朝藤田まこと西川きよし他二名、

2003年10月26日(日)

晴天、森林公園を歩む、札の辻川の水面を黑き鳥一羽矢の如く飛ゆくを見る、尾長く羽のみ青紫に輝きたり、圖鑑をみるに鵲と相似たり、然れど鵲は佐賀平野に棲息する鳥なり、大瑠璃なるや叉は翡翠なるや判明せず、此の鳥を見かけしは今月二度目なり、亭々たる木の梢に鵙頻に鳴く、終日何事をもなさず、唯寐つ起きつして日をくらす、飯塚W氏より電話あり、用談は十二月來訪のことにつきてなり、英國國立圖書館網站にてカンタベリー物語キヤクストン初版及び第二版公開さる、

2003年10月25日(土)

萩家の三姉妹

晴天、公園散策、楓樹プラターンなぞの葉仰ぎ見るに茶縁黄の濃淡描くが如し、大道平池の森に鳥語欣々たり、姿は見えずたゞ背黒鶺鴒の二羽頭上を掠めるのみ、午前机に向ひ對談の原稿五枚ほど書き得たり、疲勞のためならんや晝食の後うつら/\と眠氣を催し殆支ふること能はざるなり、母上と観劇の約あれば一睡せんと二時被を擁して臥す、忽華胥に遊ぶ、電話の響に眠より寤むれば五時なり、實家に徃き母上を伴ひ長久手町文化の家に二兎社公演永井愛作演出萩家の三姉妹を観る、凡作なり、二年前新國立劇塲にて永井のこんにちは母さんを看たるに無聊の餘り休憩時間に辤せり、然るに翌年讀賣演劇大賞を受賞し一驚を喫したれば、今宵ふたゞび永井作品の値踏みをするなり、劇作法は十九世紀的にて人物の造形頗る類型的なり、演出演技ともに凡庸といふほかなし、渡辺えり子も期待外れなり、昨夜の燐光群公演を看逃したるはかへす/\も殘念なり、終演後寿司處いせ勢に晩餐をなし家にかへる、是日N子誕生日なり、

2003年10月24日(金)

六十六年五月の青空

快晴夢の如し、是日霜降に當る、風なけれど秋冷肌に沁むばかりなり、昧爽に起き出で旅裝をとゞのふ、十一時十五分新幹線ひかり號にて名古屋を發ち東上す、今月開通せし品川驛に停車す、見渡すかぎり銀白色なり、十年來新築のビル悉く此の色なり、東京駅下車、新橋より銀坐線にて表參道に徃き下車、西麻布へ向ふ、イツセイミヤケ、コムデギヤルソンを過ればプラダブイツク青山店なり、全面を蔽ふ菱形の硝子頗妙味あり、思はず足をとめ中を窺ひたり、南青山四丁目交叉點根津美術舘脇の坂を下り、西麻布二丁目小島章司フラメンコ舞踊團事務處に小島氏を訪ふ、二時なり、六十六年より滯在せし西班牙のフラメンコ界の実態につきて對談し秋公演プログラムに掲載せんがためなれど、餘の始て渡西したるは八十六年なれば聞き役に徹し口述筆記に専心するなり、款唔二時間、小島氏六十六年五月の馬徳里の青空稽古場アモール・デ・デイオス友人恩師抔懐古するに瞳きら/\と輝きたり、宛ら童子の如し、晡下辤して去る、表參道への途次モデルと思しき外国人女性多し、東京驛新幹線窗口にて切符を購はんとするに、指定席いづれも滿席なりとぞ、已むを得ず始てのぞみ號グリーン車に乘る、今月よりのぞみ號増發され、其本數地下鐵に匹敵したれどこの有樣なり、藤が丘に着けば七時半なり、七時開演の燐光群『CVR』に間に合はず、劇塲に寄らず初更歸宅す、

2003年10月23日(木)

中鷺

雨晴る、風寒し、公園に徃く、散策の幼稚園兒中學生織るが如し、大道平池畔に中鷺一羽佇みゐたり、毎朝の鷺なるべし、此の鷺そも/\いづこより飛來れるや、果して其形のみ同じくして異れるものなるや知るよしもなし、されどわれは此の鳥の來るを見れば、訳もなく唯なつかしき心地してあゆみをとめ飽かず打眺るなり、市立圖書舘に立寄り數册借りる、市役處の孔雀草的歴たり、竟日讀書、晩風蕭索、徃來婦人外套を着るもの多し、晩食の後中央公論新社浮世はいとし人情こいしを讀む、夕刋新聞紙をみるに、福岡縣前原市の錢瓶塚古墳に人面を象りし岩偶發見さると云、古墳時代の遺跡より出土するは始てなり、

2003年10月22日(水)

勘當舟

また雨なり、雜誌の稾をつくる、隨想飜譯の校正終了、編輯F氏に寄す、小島氏より電話あり、用談畢りて後、藤が丘名鐵窗口に新幹線切符を購ひ、ござらつせに沐浴してかへる、笑藝人十二號に掲載されし三遊亭白鳥新作勘當舟を讀み呵呵大笑す、近年新作落語の秀作といふべし、

2003年10月21日(火)

胡麻豆腐

輕隂の空午後より雨となる、朝より腹具合思はしからず、野菜を漬け、主治醫の診察を請はむと支度をするに瀧野川 M氏より電話あり、病状依然よくもならず惡しくもならざる由、款語一時間、クリニツクに徃き買ひ物をなしてかへる、草稿を書きはじめたれど興味來らず、遽に睡眠を催し如何ともすること能はず、茟を抛て困臥してふと寤むれば日は早くも暮れたり、夕餉に淺漬と胡麻豆腐を食す、夏頃より腥臭くして油濃きものは箸つける氣もせず、豆腐の柔がよし、

2003年10月20日(月)

パキシル

晴れて暖なり、公園漫歩、背黑鶺鴒川邊の芝を跳ねるが如く飛びゆくなり、背高泡立草の頭花また更に濃なるを覺ゆ、灌木雜草の間に女郎花男郎花芒なぞ咲き亂れたり、白露にぬれふす草木愛すべし、歸途城前町を過るに秋櫻畑あり、寫眞機にて撮影する男女多し、農協に寄り淺漬にキヤベツ胡瓜人參など購ひ歸りて直に机に向ふ、雜誌原稾をつくり、直に編輯F氏に送る、暮刻ラヂオを聞くに、厚生勞働省パキシルの副作用を報ず、思春期の患者に自殺をなす危險却て高まる虞あれば十八歳未滿の大鬱病性障碍患者への投與を禁ずるとのことなり、是豫が二年前より毎朝毎夕服用したる藥なり、副作用なく大に効果あるは幸といふべし、よくも今日まで無事に生きのびしものよと不可思議なる心地せざるを得ざるなり、アートスペース無門舘遠藤寿美子、土方巽が妻元藤あき子歿、

2003年10月19日(日)

掛巣

晴れて風なし、森林公園を逍遥す、晴れわたりたる南天に有明月浮びゐたり、橋を渡るに橋脚より懸巣飛去る、青と黒の羽模様頗る美麗なり、鷄小屋に小憩す、烏骨鶏の白さ雪の如く紫の顔に氣品あり、隨想飜譯の淨寫を畢り編輯F氏に送る、

2003年10月18日(土)

流行歌

晴れて暴に暑し、森林公園をあゆむ、竟日讀書また抄書餘事なし、バスケス・モンタルバン、バンコク國際空港にて歿、心筋梗塞の由なり、夕照の雲離山の彼方に棚曳く、是夜教育テレビにて小沢昭一明治大正昭和はやり歌のコゝロ放送さる、是を聽かざる者流行歌を論ず可らず、

2003年10月17日(金)

このオレがな

來週上京の計畫をなし原稿を淨寫するに忽にして夜も三更を過きければ遂に一夜を明しぬ、バゲツトにメープルシロツプを塗りて朝食となすこと日課の如し、天氣晴朗、風姿花傳再讀、窗外電線に鵯の鳴くこと頻なり、時に遠近相應じて啼くを聽く、幽邃の情筆にしがたし、そも/\此の地の鵯や幽谷を出でゝ喬木に遷るの心なく深く其の跡を雜木野草の間に晦ます、之を當世の文士虚名のために累せらるゝ者に比すれば遙かに賢明なりと言はずんばある可からず、豫鵯を聞いて悦る處少しとせざるなり、レモン時々鍵盤に乘り親指に頭を當てゝ掻いてくださいとねだるなり、親指にて喉元を支へ人差し指にてぽり/\掻けば瞼を閉ぢて恍惚の表情をなす、頑是無きさま愛すべし、文化の家に永井愛萩家の三姉妹入場劵を購ふ、午後寝そべりてうつら/\とする程に窗のの外いつか暗くなりぬ、星野仙一勇退を發表す、心身消磨せしがゆゑなりと、新聞紙の報ずるところを讀むに、日課の散歩に今まで氣に掛けざりし光景に目を奪はるゝ由、リハビリをしながら歩いている人がいるんや、足を引きずつてな、一生懸命に、一歩一歩進んでいる、この人はどんな病氣で、何歳で、家族は何人とか、そんな事を思うやうになつた、このオレがなと記者に語りたると云ふ、その言當に豫が今日の胸中を言尽したり、八月初一より初四の日乘を記す、

2003年10月16日(木)

風姿花傳

昧爽に起出でゝ原稿を書きつゞくること昨日の如し、午前十時頭痛を催し横臥一睡、亭午のころ頭痛少しく痊えふたゝび筆を秉る、演出者協會W理事より電話あり、旅劵のことにつきて商議す、ラパス市の政情ただ/\憂ふのみ、三時脱稿、世阿彌風姿花傳を再讀す、明が丘に徃きコモンに咖啡豆を購ひ、長久手町文化の家に燐光群CVRの鑑賞劵を求め、ござらっせに立寄り露天風呂に沐浴して疲勞を休む、エル・パイスを見るに、墨西哥國立自治大學とセルバンテス協會西班牙語檢定試驗を新設する由、自治大學は學生數二十五万を超え西班牙語圈最大なりり、今まで西班牙教育文化省の DELE が米國の TOEFL 英國のケンブリツジ英語檢定に當りゐたりしが、北米の人口に占めたるヒスパニツクの割合一割四分に達したれば、經濟のみならず言語においても中南米が覇権を握る日遠からざるべし、是日空晴渡りて夜に至るも一点の雲なく、近年になき良夜なり、

2003年10月15日(水)

青鷺白鷺

晴れて好き日なり、森林公園をあゆむ、青鷺と白鷺相伴ひて頭上を掠めたり、頗奇觀といふべし、小島氏の需により十九世紀西班牙詩人の一覧を作成す、ボリビアM氏の書類飜譯すること須臾にして忽夜となる、夕刊の新聞を見るに、ラパス市内物情騷然、燃料食糧不足の報あり、昨夜より電話のかゝること頻なり、いづれも急用ありてなり、豫今月に入りて俗事を耳にせず、心自ら靜寧なりし折とて恰長夜の夢より覺めたるが如き心地したり、ローマグローブ座開場す、柿落しはロミオとジユリエツトなり、

2003年10月14日(火)

原節子

くもりて午前より雨降る、風俄に寒し、セゾン文化財團依頼の隨想を飜譯し畢りぬ、小島章司舞踊團チラシ郵寄せらる、同封の案内状招待状など見るに小島氏より電話あり、四国旅興行の際風邪にかゝりしかど帰京し漸く去るを覺ゆと言はる、ロス・アンデスM氏の返書を得たり、暮方ラヂオにて荒川強啓デイキヤツチを聞くに、駐イラク米陸軍兵士に自殺するもの多しと云ふ、衛星第二にて小津生誕百年特集始りたり、昨夜は一人息子、今夕は晩春なり、深更新しき土放映さるゝ由、原節子の主演作を二本放映するは近年稀なり、鎌倉に在りて今は如何なりしや知らず、

2003年10月13日(月)

暴風雨

風の音に眠を破らる、起き出でゝ見るに風雨烈しく窗を撲つ、八時頃尤甚し、午後に及びて霽る、雲の亂れるさま北斎が神奈川沖浪裏の波の如し、雜誌聯載の稾を起さむとせしが構想未十分ならず、筆を秉らずして歇む、白山通りを散策するに巫女姿の稚兒走りゐたり、本地ヶ原神社祭禮に赴くためなるべし、雨後の夕陽明媚なり、夕刊新聞紙ボリビアの反政府市民と軍の衝突を報ず、死者十三人の由、

2003年10月12日(日)

火繩銃

曇りて蒸暑し、雨來らむとして來らず、鄰家の秋櫻的歴たり、長久手町警固祭なり、朝の中より鐵砲隊の一齋發射轟然たり、明日は本地ヶ原神社社殿改築の祭禮とやら、窗外子供神輿をかつぎ歩むも覇氣なし、宣傳車頻に周囘し、騷音で御迷惑をおかけしますが百年二百年に一度の祭禮何卒ご理解下さいと擴聲器にて觸廻りたり、男の惡聲きくに堪へず耳を掩ふばかりなり、鐵砲隊の的によろしかるべし、終日家に在り讀書カードを整理す、

2003年10月11日(土)

無爲

空くもりて風なし、長澤事務處新國立劇塲バレエガラのプログラムを郵寄せらる、終日何事をもなさず、讀書する氣力もなし、唯寐つ起きつして日をくらす、是日市民祭にて市中處々通行留となれり、公民館にて開運なんでも鑑定團尾張旭瀬戸大會の收録ありし由なり、

2003年10月10日(金)

三州足助

隂晴定らず、薄暑昨日の如し、森林公園遊歩カケスの二羽橋下に憩ふをみる、十時四十五分母上を伴ひ足助香嵐渓に向ふ、一昨日より父上東京に在り無聊を慰むるためなり、東上リニアモーターカー東部丘陵線の工事八草の東に及ぶ、トヨタ博物館東に高速道路長久手立體交差建設中にてグリーンロードの道幅一斜線となり、沿道の山林伐採され平地となりたり、五年前の光景今は痕跡を留めざるに至れり、枝下インターを過ぎ矢作川の橋を渡る、護岸工事を免れたる縁水の眺望名處繪に見る處の往昔の風光を想起せしむ、足助に入り巴橋より香嵐渓を眺む、深山青々わづかに橋の袂に紅葉するを見ゆ、參州楼に晝餐をなす、十一時半なり、獻立は南瓜のポタージユ、サラド、牛のステーキ温野菜添へ、カラメルケーキのタピオカ添へなり、豫両三年前より參州楼のポタージユを好みて食すなり、是日重ねて是を口にするに、その味異る處なし、參州楼はさすがに足助の名店なる哉、何年たちても店の品物を粗惡になさゞるは當今の如き世に在りては誠に感ずべきことなり、當世の日本人初めて商舗を開くや初めの中は勉強して精を出すと雖少しく繁昌すると見れば忽品質をわろくして不正の利を貧るものなり、啻に商人のみならず是日本人一般の通弊なり、豫常にこれを憎むが故にたま/\參州楼のポタージユを嘗めて、其の味の依然として醇美なるを知るや、喜の餘り大に主人の徳義を称揚せずんばあらず、カラメルムースの風味亦甚佳し、食後中橋を渡り舊街道を散策す、白壁の藏の立竝ぶさま松本城下町と相似たり、母上をマンリン書店に案内す、窗に大型本を陳列し柱書筐いづれも古木にてつくりたるは英國の書肆に似て大に風致あり、小物雜貨も商ふなり、沿道天保年間の旅籠商家の土藏數多殘存す、商家白久に抵るに奧の間に凾階段あり、覗きみるに畫廊なり、女主人の話に建造百八十年の昔に遡るといふ、店舖中央の天井は吹拔けにして三階に到る、壁に神棚を奉りたれば神様を踏むを避くがためなりとのことなり、菓子處かえでの店先を過るに首に鈴を提げたる老三毛猫あり、母上をみるや悠揚として起上り足許に摩寄りたり、正真正銘の招き猫なれば入りて栗しぼりを購ふ、是店の柱には天保七年の加茂一揆の刀傷ある由、街道の東端に至りたれば踵を返し、マンリン小路の坂をのぼりて書店裏の畫廊に憩ふ、名は藏のギヤラリーなり、土間の喫茶室に一茶し奧の階段をのぼる、古材再生の展示即賣をなすなり、箪笥卓置物のほか楓の獨樂など小物もあり、内裝に木材色硝子陶器の破片など巧に配し店をして一箇の作品となす、御菓子司風外に立寄り栗きんとんを購ふ、三時實家前にて母上に別れ家に帰る、隨想飜譯、筆大に進む、是日佐渡の朱鷺キン死亡、日本産ニツポニア・ニツポン絶滅しぬ、

2003年10月9日(木)

兄弟

天氣牢晴、十一時森林公園をあゆむ、中央廣場の芝に幼稚園兒輪をなして坐し辨當を食すさま愛すべし、厭ふべきは引率の若き女の金切聲なり、わが国現代の男女の聲日に/\甲高くなり行くを見、心ひそかに慨歎する折柄、過日たま/\ラヂオにて昭和四十五六年の街頭取材を聞たるに、女の聲深く穩かなり、當世の人は口先に聲帶のあるが如し、米國メリーランド州知事夫人之を聞かば銃撃せざらむや、午後ラモス=ペレア氏隨想原稿を寄せらる、プエルトリコ演劇の近況を述べたるものなり、氏は豫を弟、豫は氏を兄と呼び慕へるなり、またセゾン文化財團F氏の書に接す、隨想飜譯の事につきてなり、晡下長久手温泉ござらっせに沐浴す、十年来國聯兒童親善大使をつとめたるがためなる歟、ロジヤー・ムーア是日ナイトの爵位を授与さる、宵月朦朧として夜しづかなり、

2003年10月8日(水)

栗名月

曇る、書數通を裁して半日を消す、晡時理髮舗に赴き瀬戸 PET FOREST に鸚哥の餌を購ふ、 黄昏隂雲散じて十三夜の月出づ、去年の十三夜は十月十八日に當り晴れたり、晩間米國加州知事選擧投票の結果あり、共和党シユワルツエネガー當選す、加州の經濟規模世界六位なれば一國の大統領に匹敵するなり、

2003年10月7日(火)

ゲルギエフ

輕隂、日の暮れてより空かきくもり雨來らむとして來らず、クリニツクに徃き診察を請ひ演劇活動を報告す、十七年前西班牙は失業率二割四分なりしかど自殺する者あらざり、當世に云ふ不況は之偏に新聞紙の洗腦ならざるやと水を向けるに、主治醫贊同して曰く、十年前不況下にありし魯國にて四十歳のゲルギエフが、魯國に文化あり、十年待ちたれば各國こぞりて文化を買ひに來らむと豫言したることあり、然れば貴君も大に文化を高められたしとのことなり、豫の如きは一介の戲作者に過きずその身分その地位前賢と比較すべきものにあらざるや言ふを俟たざれど、まことに豫の言はむと欲する處を言ひつくしたるものなり、昨年より隔週通院しゐたれど今後は都合好き日に来院されたしと、豫の喜び限りなし、讀書執筆例の如し、Tさん繪葉書を寄せらる、レウスに在りフオルトウニー劇塲に芝居を見物すると云ふ、岩波編輯Sさんに返書をしたゝめて送る、夕刻實家に淺漬を持參し夕餉をなす、獻立は栗の赤飯、秋刀魚の梅煮、筑前煮、ポテトサラダ、辛子明太子なり、食後和歌山の柿を食す、初更家にかへる、藤田嗣治ランス禮拜堂に改葬さる、

2003年10月6日(月)

劍の復権と三周年

微雨降りてはまた歇む、午前講演録飜譯、午下父上を誘ひ、三好に徃き、北野武が活動寫眞座頭市を看る、開卷劈頭の居合拔きより観客をして物語の虜にせしめる北野監督の膂力まことに巧みなるものなり、脚本精緻にして編輯の鮮烈なることただ/″\溜息の漏れるばかり、問答無用の殺戮の迫力イーストウツドが許されざる者以來といふべし、淺野忠信が用心棒の演技出色なり、刀捌きは言ふを待たず、かくの如き雄辯なる無言近年稀なり、敵役の役者凡てよし、大楠道代が陋屋の障子黄ばみたるさまなど磯田典宏の美術佳し、黒澤和子の衣裳華美に淫せず是亦好し、平行モンタージユ、カツトバツク、移動カメラ、オフサウンドいづれも多く娯楽活動寫眞の王道を歩む、但し橘大五郎が大家由祐子の三味線に踊りのさらひをなす塲面に執拗にカツトバツクを繰返すは冗長なり、然れども餘の看る處を以てすれば瑕瑾と謂ふ可し、今年最高の痛快娯樂作なり、洋の東西を問はず活動寫眞を愛玩する者誰か之を看て感激せざらむや、歎くも悔るも淀川長治既に鬼籍に入りぬ、思へば十年程前よりタランテイーノ、スターウオーズ新三部作、グラデイエーター、御法度、隂陽師、HERO など、銀幕に刀劍をみる機會年々盛になり行くこと驚くの外はなし、座頭市に比すればスターウオーズの殺陣は拙劣にしてみるに堪へざり、店舖内に父上と一茶し款語するに、勝新太郎の市よりおもしろしと言はる、晡時實家に送り別れ歸宅す、是日 theatrum mundi 三周年紀念なり、宵月鏡の如し、

2003年10月5日(日)

栗羊羹

晴又隂、公園散策日課の如し、彼岸花未だ色褪せず、讀書意の如くならず、野菜を浅漬けにし何するとはなく半日は過ぎたり、晡時突如として睡眠を催す、眠れば晝となく夜となく必惡夢に襲はるに、今夕は映畫撮影初日の夢なり、竹中直人が洋卓を立ち廊下を曲る塲面を二カツトに分け固定カメラにて撮り得たり、安堵して眠より寤むれば日既に暮れ商舗の燈火燦然たり、晩食の後Tさんより頂戴せし栗羊羹を食す、是日セゾン文化財團のメセナ大賞舞臺藝術牽引賞受賞の報に接す、

2003年10月4日(土)

perl

天気牢晴俄に薄暑を催す、六時半レモン枕元に來りて囀る、過日文机の抽斗につくりたりし巣に夜を明したればなり、森林公園漫歩、百日紅の葉黄ばみて落つ、彼岸花金木犀爛漫として咲き、蟲の音も漸く絶えたり、一年の好景將に來らんとす、ボリビアM氏の返書を得たり、ワークシヨツプの事につき年初不都合のことあるが故十二月初旬が宜しかるべし、開催都市については萬事此方の都合好きやうに取り計はれたしとの事なり、始てperl 程序を設計するに日は忽暮れんとす、明が丘コモンに咖啡豆を購ふ、九夜月皎々たり、深更大地震動すること數秒に及ぶ、

2003年10月3日(金)

金木犀

天気晴和、聯日の如き好天春より曾て覺えざる處なり、演出者協會W氏より電話あり、病を問へば未だ癒えざれど退院の由、用談は十二月のワークシヨツプ日程につきてなり、過日協會にて理事等會議せし時英語圈の劇團はいづれも似通りたれば今後は西班牙語圈より招聘するが宜しかるべしと畧決定しゐたりし由、アウグスト・ボアールに関する意見を問はるゝに、晶文社の被抑壓者の演劇に触れしかば初耳なりと言はる、ボアールの生まれしは昭和六年なれば今年七十二歳を數へるべし、協會理事にして譯書の二十年前に刊行されしことも知らざるは人をして一驚を喫せしむ、代案を問はれたれば同じ伯剌西爾のテアトロ・マクナマラを推す、食事して後机に凭りて雜誌の草稿をつくる程に日いつか傾きぬ、三郷に徃きやまとの湯露天風呂に一浴してかへる、月明に金木犀馥郁たり、

2003年10月2日(木)

服務器

蚤起、終日風なく好天氣なり、午前 ThinkPad に Apache を安装しローカルサーバーを架設す、SSI と CCI を上裝前に稼動確認せんが爲なり、午後讀書例の如し、日暮れてレモンふたゝび産卵す、夕刊新聞紙を見るに、金井彰久氏の三囘忌を機に西田敏行年末を以て青年坐退團の記事あり、上弦の月佳し、

2003年10月1日(水)

英雄來らず

昨日にまさりて更によく晴れたり、レモンの囀りに蚤く起き出で倶に朝餉をなすこと例の如し、森林公園散策、常ならば正門廣場より園に入りて子供の家裏手を巡り兒童遊園地よりセンター廣場に下るところを、今朝より趣向を變へて札の辻川沿いの遊歩道を二周す、鹿小屋の裏をあゆみ東門を北に下り大道平池に出づ、白鷺の小魚を獲るさま眼前に見ゆ、花壇を過るに園丁三四名雜草を除き葉の剪定をなすこと日課の如し、川をわたり踵を返してふたゝび越えるに橋下より別の白鷺悠々と舞上がりたり、鶏小屋を過ぎ札の辻池に黒鴨の二羽相携へて尻を上げ潛りては亦顏を出すさま愛すべし、午前讀書、是日映畫の日に当れば午下三好にて張藝謀が HERO を看る、脚本美術いづれも黒澤が羅生門と乱より學びたるにや、ワダエミの衣裳鼓童の太鼓演奏佳なり、然れども台詞に工夫なく演技は一本調子にて無聊を覺えること頻なり、たゞ雨の如く降る槍とワダエミの衣裳を堪能するのみ、觀客十人に滿たず、夕刻荷風が日誌を寫す、