トップページでもご案内しておりますが、本日の小島章司フラメンコ舞踊団公演『戦下の詩人たち 《愛と死のはざまで》』、午後7時の回を天皇皇后両陛下がご覧になります。不詳粗忽天皇、両陛下の解説役を仰せつかりました。残席僅か、是非劇場に足をお運び下さい。作品の質はわたくしが保証いたします。
ゆうさん、ご活躍ですね。
ああ、日々の雑務に追われてそういう文化的なイベントから遠ざかっているなあ・・・
で、不詳粗忽天皇だそうですが、ぜひ解説は詳しくお願いいたします。
たこ焼き村さん、土曜の朝六時半に、もしかしてお仕事…ですか…?
解説につきましては、ハイ、もちろん。
天皇陛下のお隣には我らが濱田滋郎先生、皇后陛下にはわたくしがつきます。なにしろ勉強熱心な皇后陛下、どんなご質問が飛び出しますことやら戦々兢々、出しゃばらず的を射た解説を心がけます。
皇后様は素晴らしい女性です。昔、軽井沢で近くから拝見し、お声も聞きました。侍女の方が茶色のビロードのクッションを、当時皇太子妃美智子さまの為に持っていらしたのを覚えています。
勉強熱心な方で、アイルランドの詩を勉強するのに、アイルランド人の神父が皇居に、高島屋の紙袋に本を入れて伺った、という話があります。
先日亡くなった濱尾枢機卿も、ラテン語だか何だかをお教えしに、ブルーバードならぬ、ボロバードで皇居に堂々入っていらしたそうです。話してくれた方は、あれでよく門番のおまわりさんに止められなかったもんだ、というくらいボロバードだったそうです。
エレガントの生きた見本でいらっしゃると思います。
お話、聞かせてくださいね。
ミーハーいこちゃん、こんばんは。
お役目つつがなく済み、つい今し方ホテルに戻ってきました。
皇后陛下のお人柄にはすっかり魅了されました。意味なしBBSの書き込みと重複しますが、舞台の場面転換があるたびに、踊り手についてや、舞台で子どもが朗誦した詩(拙訳)について、各場面のスペイン語のタイトルの意味など、疑問に思ったことは何でもお訊ねになります。率先して拍手をなさったのも皇后陛下でした。最終場のタイトルは「喜び」を意味するスペイン語「アレグリーア」で、皇后陛下は何度もアレグリーア、アレグリーアと呟き、どうも意味がピンと来なかったようなので、わたくしが「英語のジョイ joy に当たります」と申したところ、「ジョイねえ!」と腑に落ちたご様子でした。
休憩なし、ノンストップで一時間半続いた舞台を観たあと、別室に移って出演者スタッフ十名と歓談しました。皇后陛下は一人ひとりの前に来て、その人にふさわしい質問をなさいます。わたしは詩人のフェデリコ・ガルシーア・ロルカやアントニオ・マチャードの作品について、また内戦時にどう行動したか、ロルカの戯曲にはどんなものがあり内容はどうであるかなど、ずいぶん長くお話をしましたよ。二十分の予定が三十分以上続いたようでした。最後は小島章司さんに深々と頭を下げ、「どうかいつまでもお元気で」と一礼、しずしずと退室なさいました。
エレガンスが服をまとって歩いている、そんな方でしたよ。
ひょえー
ここが『メイン』になったのね、と言うヒマもなくすごいことになってますね!
なにはともあれ、お役目ご苦労様でしたゆうさん。またゆうさんが遠い人になってゆく。ここはホントにすごい人の集まりなのですね。
S先生の奥様、ありがとうございます。水曜木曜はドキドキハラハラ緊張したけど、昨夜の本番は自分で言うのもナンですが沈着冷静、6時半から9時過ぎまでおよそ三時間、心穏やかにお相手できました。皇后陛下と濱田滋郎先生と三人でロルカのの話ができたのは嬉しかったなあ。楽しかったよ。
ここだけの話だけどさ、二十歳のときマドリードで中曽根首相と話したことがあるのよ。ヨーロッパ歴訪中にスペインに来て、在スペインの財界人が百名、ホテル・リッツで歓迎パーティーを開いたの。わたくしは留学中。たまたま日本大使館に可愛がって下さった方がいて、一介の学生に招待状を下さったんです。招かれた中で学生はわたくし一人。「そうか、じゃあこっちに来い」と総理の付き人に促されて一対一で話をした、というか、させられたの。周囲をぐるりとSPに囲まれて、握手しながら、
「何をなさってるんですか」
「ハイ、奨学金をいただいて大学でスペインの演劇を研究しております」
「そうですか。頑張ってください」
「ありがとうございます」
と、これでおしまい。手を離して一礼したのも束の間、こわい顔をした付き人に腕をむんずとつかまれて後ろにぐいと引っ込められました。首相の目は死んでました。顔はこっち向いてたけど目はどこも見てないの。だから「人と話をした」という感じがまるでありませんでした。ロボットみたいだった。
(中曽根って、わたくし大嫌いなのよ。首相としての器はなかなかのものだと思うし他の首相に較べて教養もあるけど、「運命共同体」発言に代表される国家観、マッチョな言説、どれもイヤ。なのに会う羽目になるんだから人生って何が起きるかわからないね)
それに較べて天皇皇后はちゃんとこちらの目を見て話をして下さる。こちらの話にもじっくり耳を傾けて下さり、心から頷いて下さる。そう、「心」が伝わるんです。中曽根に「心」は感じなかった。
それにしてもさ、「不詳粗忽天皇」って書いたけど、正しくは「不肖」じゃないか。たこ焼き村さんも誰もつっこんでくれないし。さすがみんな粗忽主義臣民共和国の国民だよ。天皇として鼻が高いよ。
>で、不詳粗忽天皇だそうですが、ぜひ解説は詳しくお願いいたします。
あ!
たこ焼き村さんがちゃんとつっこんでくれてた。気づかなかったおいらって一体…。
そうなんです。最初はそこにつっこんだつもりだったんですけど、もうそんなことどうでもいいぐらいすごい話ですなあ。
「抑鬱亭日乘」も読んできました。
いやあ、すごいなあ、ゆうさん、すごいよ。
ほかに言葉がないよ。
僕なんかには逆立ちしてもできない芸当、脱帽です。
才能プラス努力、なんでしょうなあ、やっぱり。
でもね、
> 余はこの時ぞとばかりに地の婚禮や
は直しておいたほうがいいと思うよ。
ゆうさん、お疲れ様でした。
ホント、すごいですね。
来週の『皇室アルバム』、必見ですね、
って違うか。
たこ焼き村さん:
すごいのは(あたりまえだけど)皇后陛下です。ご存じの通り、一時期は大変な苦労をなさって容色衰え、般若のような顔になってしまわれた。それをくぐり抜けて今の輝きがあります。陛下のお人柄を讃える人の多いこと、その理由がよくわかりました。
>は直しておいたほうがいいと思うよ。
やっちまっただよ。訂正しました。ほかにも書き損じがいくつもあったのを直しました。
ターさん:
どうもありがとうございます。
昨夜は平気だったのですが、きょうの午後になってどっと疲れが出て、「きょうはゆっくり観るぞ」とのんびり観劇してたら途中で何度もうとうとしちゃいました。
ネットのニュースでも記事が読めます。
朝日と毎日は公演の案内。行幸啓については徳島新聞。他には東京新聞や熊本日日新聞、山陽新聞、中日新聞などが同じ記事を掲載しています。2ちゃんねるにもスレッドが立ってるよ。引用先に我がサイトが紹介されてます。たこ焼き村さんの四字熟語「要求皇位」。なんてタイムリーなんでしょう!
いろいろ気遣いの必要なお立場で、山越え谷越えてここまでいらした方。
それでいて品格を落とさない方。
素晴らしいですね。
どうかお幸せでいらして下さいますように、と皇后様に申し上げたい気持です。
まさに山越え谷越えの歩みでしたね。
> どうかお幸せでいらして下さいますように、と皇后様に申し上げたい気持です。
皇后陛下は別れ際に小島章司さんに深々と頭を下げ、「どうかいつまでもお元気で」と挨拶なさいました。それを受けて小島さんが「陛下もどうかいつまでもお元気で」と応じました。陛下は一挙手一投足にあたたかいお人柄がゆきわたっていましたよ。艱難辛苦は昔のこと。これからは本当にお幸せに暮らしてほしいものです。
たいへんごぶさたいたしております。
『抑鬱亭日乘』にて一昨日のお仕事の様子を知りました。
粗忽天皇がニホン国の天皇・皇后とお話しになったということもわれらの共和国としては慶賀するべきことですが、それとは別に、わたしは一昨日しるしておられたことによって、『抑鬱亭日乘』が『斷腸亭日乘』にさらに近づいたという印象をもちました。
ゆうさんは、現代にちらりと顔を出した荷風かもしれないと勝手に思っております。
じゅんやさん、久方ぶりのご登場、うれし涙がちょちょ切れます。
きのう銀座、京橋、鍛冶橋を歩きながら、荷風が歩いた町だなあ、荷風の足跡が残っているかも知れないなあ、と感慨に耽りました。
「抑鬱亭日乘」は逆立ちしたって「斷腸亭日乘」に遠く及びません。だいたい「酒」と「女」が出てきませんし。
荷風の人生最大の皮肉は昭和27年の文化勲章受章です。あの荷風が天皇から勲章をもらってしまった。
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十月廿一日。晴。午後毎日新聞記者小山氏來り今朝文化勲章拝授〔ママ〕者決定。その中に余の名も見ゆる由を告ぐ。
十月廿五日。陰。正午島中氏高中氏來話。島中氏洋服モーニングを持ち來りて貸さる。來月三日余が宮中にて勲章拝受の際着用すべき洋服を持たざるを以てなり。
十一月初三。晴。朝八時島中氏島中氏新に買入れし自働車に乘りて迎ひに來る。朝十時まづ文部相人事課に至りそれより文化勲章拝受までの次第下の如し。坂下門より宮城に入り皇居表玄關ヱレベーターにて階上の一室に導かれ岡野文相次に吉田首相式部官某々に紹介せられ勲章拝受の順序礼法の説明を受けし後別の廣間に至り玉座を拜す。玉座の右側窓寄りに吉田首相左側に岡野文相相立ち、吉田首相箱入の勲章及び辞令を手渡しせらる。
初の休憩室らしき一室に戻り係の式部官らしき人勲章の綬を解きて拝受者の襟元に結び附け、暫くして食堂に案内す。
食卓に著席者の名札置きてあり。余の直ぐ左の席は高円宮宣仁親王、其の左は陛下なり。右隣は梅原氏なり。酒は日本酒ばかり。献立はコンソンメー(肉汁)小海老甘鯛フライ、牛肉野菜煮。菓子は栗を入れたるプデンク。葡萄バナヽ。食事終り隣室にて珈琲と日本茶を喫して歓談す。熊谷博士結核のはなし。治藥のはなし。朝永博士原子物理學のはなし。實驗用機械の費用莫大なりと云ふはなし。辻博士親鸞聖人一字實在の人物ならずとの妄説行はれしと云ふはなし。安井氏ロートレツクと鈴木春信板畫のはなし。以上諸氏の談話面白かりし爲余は別にまとまりし御話もせずに済みたり。平生訥弁のの余はこれにてやつと重荷を卸せし思をなしたり、玄關外に出で新聞寫眞班の撮影ありて後初めの應接間にてまた日本茶を喫す。これにて勲章授與式は終る。
----------------ここまで------------------
荷風も緊張したようです。
そうですね。わたしもゆうさんの12月1日の日乘を拝読しながら、荷風の文化勲章受章を想起しておりました。
しかし、
> だいたい「酒」と「女」が出てきませんし。
そちらはわたしにおまかせください (<おい!)。
> そちらはわたしにおまかせください (<おい!)。
まかせたッ!
今日は雨も上がり寒く冬らしい陽気になっています。
一仕事終えた後のゆうさんが銀座京橋辺りを心地よく歩いていらっしゃった御様子が眼に浮かびます。
そして唐突ですが抑鬱亭日乘を読ませていただいて、舞台でなく客席の様子を思い浮かべています。
ゆうさんは13番だったのでしょうね。そして4列前の13番辺りにお父上様、お母上様。
背後の気配に相当な意識を集中されて体を堅くなさっていらしたのでは、、、。
(失礼ながら)両陛下よりも舞台よりも、お母様はゆうさんのご様子を見ていたいと思われたのではないでしょうか。
ゆうさんに気遣いさせないよう、内緒内緒でこっそり劇場にお出かけになられた皆様。お妹様も数日前からさぞかし緊張がおありだったのしょう。
そんなことを思いながら、今度ルテ銀へ行った時、ゆうさんと母上様を探してしてしまいそうなsororiです。
「親孝行したい時に親は、、、、」と言います。良い親孝行ができましたね。
お疲れ様でした。ばあやさんとともに泣かせていただきました(笑)
sorori さんだ!お懐かしゅうございます!最後の書き込みが2006年2月10日、梅田でエリザベート・ガラコンサートを待っていたとき以来ですね。
座席はピンポーン♪ 9列13番でした。両親と妹は5列の13番あたり。わたしはスペイン大使ご夫妻や両陛下の案内役として礼を失しないよう自分のことで精一杯、周囲の様子を見る余裕はなく、四列前に家族が来ていたなんて夢にも思いませんでした。一ヶ月前から内緒で示し合わせていたんですって。そういうやつらなんです、うちの家族は。
妹は小島さんの鬼気迫る踊りにアテられ気を失っちゃったそうです。映画もテレビも楽しく明るいものしか見ない人で、小島さんは死神役で物凄く、妹は顔が土気色になり吐き気を催し、母はよっぽど退席させようかとハラハラしたけれどなにしろ舞台のほぼ真ん前、しかも背後には両陛下。身動きしようにも動けず、飴だか何だかを口に含ませ、何とか持ちこたえてほしいと念じたところ幸いにして事なきを得たとか。
親孝行だったかどうか…。ともかく忘れがたい一夜でございました。
気づくのが遅くて時宜をいちじるしく逸しましたが、じゅんやさんのウェプページの「おぼえがき」10月27日に「よろしかったでしょうか」型語法についてのメモがあり、こう書かれています。
----------------ここから------------------
★「よろしかったでしょうか」型語法は、 t さんがおっしゃるとおり決して「マニュアル言語」ではなく、むしろファミリーレストランなどの経営側がこの語法を再三禁止してきた事実があるにもかかわらず自然発生的に使われているものです。この点で秋月高太郎著『ありえない日本語』はまちがっています。(拙論 p.81 参照)
----------------ここまで------------------
同じメモで紹介されているじゅんやさんの論文、「フランス語の『丁寧の半過去 (imparfait de politesse)』と日本語の『よろしかったでしょうか』型語法との対照研究」(PDF)も読みました。
「よろしかったでしょうか」型語法について、先日たまたま高島俊男の『お言葉ですが…⑨ 芭蕉のガールフレンド』(文藝春秋、2005年)を読んでいたら「ファミレス敬語はマニュアル敬語」と題するエッセイがあり、それによると、「こちらケチャップになります」「カレーでよろしかったでしょうか」「千円からお預かりします」などの語法を考案したのはリクルート社で、1993年ごろに接客ビデオを制作し、ファミリーレストランやコンビニの研修に盛んに用いられたそうです。実際にビデオを制作した人から高島氏に手紙が届き、そのビデオで研修を受けた人たちからも連絡があり確認がとれたそうです。
> 「こちらケチャップになります」「カレーでよろしかったでしょうか」「千円からお預かりします」などの語法を考案したのはリクルート社で、1993年ごろに接客ビデオを制作し、ファミリーレストランやコンビニの研修に盛んに用いられたそうです。
な、なんと、そうでしたか!
おおはばな粗忽で、わたしの説が完全に粉砕されましたが、こうも一発でふっ飛ぶと、われながら爽快でたまりません。
すくなくとも当初は「マニュアル言語」の機械的反復であったのなら、「おぼえがき」に書いた「自然発生的に」という部分は撤回しなければなりません (もっとも、さいわい論文には「自然発生的」とは書いておらず、「禁止にもかかわらず使われつづけてきた」という趣旨のみ書いておりましたので、そちらはいちおう有効でありつづけていると思いますが)。
今後論文を本にまとめたり、同じテーマでまた発表する機会があれば修正をほどこしたいと思いますが、とりあえず当面の処置として、おなじ「おぼえがき」にゆうさんのご指摘を(ゆうさんの掲示板より、として)引用させていただいて、「後日追記」として訂正を書いてもよろしいでしょうか。
「書くことはつねに中間報告」といえばきこえはいいですが、わたしはもともと、書き終わって数日すればもう修正したくなる性癖をもっているので、論文についても、また旧稿を添削できることがよろこばしいです (笑)。
重要な情報をお教えくださり、こころより感謝申しあげます。
この話題、本来ならじゅんやさんのウェブページで報告すべきことでしたが、掲示板は閉鎖されてしまいましたし、《MIXTURA》のコメント欄に書くには分量が多すぎる、たこ焼き村さんの掲示板で蒸し返すには遅すぎる、というわけで、久々にここに書き込んで下さったのを幸いに、たぶんアクセスして下さるのではないかと期待してここに書いた次第です。
「後日追記」、どうぞ書いて下さい。なお「1993年ごろ」というのはわたしの推測で、高島氏の原文には「約二十年前」とあります。このエッセイが『週刊文春』に掲載されたのが2003年なので、だいたい1993年ごろなのだと思います。
ありがとうございます。後刻加筆したいと思います。
わたしの方の掲示板は、あるいは機械的な、あるいは人為的な、各種の「まねかれざる客」になやまされ、さっさと閉じてしまいました。
しかし、ゆうさんの掲示板はそうした問題を何度も克服して永年つづけておられるので、ただただ尊敬申しあげるばかりです。
「招かざる客」の到来はBBSの宿命ですね。ミクシィがはやるのもむべなるかな。しかしネットの面白さはこういた「招かれざる客」の到来も含めて不特定多数に開かれているところにあるとわたしは思うので、ミクシィにはほとんど興味がありません。
閑話休題――
高島氏のエッセイについて、わたしの事実誤認がかなりありましたので補足します。
エッセイ「ファミレス敬語はマニュアル敬語」は『週刊文春』2004年1月29日号に載ったもので、今は単行本『お言葉ですが…⑨ 芭蕉のガールフレンド』(文藝春秋、2005年、p. 123-126)に収められています。顛末は以下の通り。
さる読者が高島氏に新聞の切抜きを送った。毎日新聞(平成15年5月31日夕刊)で、フリーアナウンサーの長野智子氏が「メディアの手習い スタジオ初」と題したコラムです。長野市はTBSラジオ「アクセル」に出演しており、こう書いているそうです。
----------------ここから------------------
…「こちらケチャップになります」(これからケチャップになるのか)「カレーでよろしかったでしょうか」(何故過去形?)「1000円からお預かりします」(どっからじゃい)といった、いわゆるファミレス敬語に不愉快な思いをしている人も多いだろう。実際、TBSラジオ「アクセル」でこの問題を取り上げたら…(p. 123-124)
----------------ここまで------------------
火元が判明した。
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…するとそこに衝撃的な内容告発電話が入ってきた!なんと「約20年前ファミレスが増え始めた頃、某大手R社が接客ビデオを制作した。現在使用されている変な敬語は、全てそのビデオにマニュアル化されていたのだ」というのである。電話をくださったのは、他ならぬビデオを作った当人。何とその後、そのビデオで敬語を勉強したという店員、そのビデオで店員を教育したというトレーナーからも続々と電話が入り、「アクセス」は実に短時間に、現代社会に蔓延する変な敬語の元凶を暴くに至ったのである。(p. 124)
----------------ここまで------------------
高橋氏は「R社はロイヤルホストにちがいない」と見当をつけたのですが、『週刊文春』連載後にこれはまちがいと判明、「右のR社はリクルート社なのだそうです。あるかたがお知らせくださった」(p. 126)と、単行本で追記しています。
そんなわけで、火元をつきとめたのはTBSラジオ「アクセル」でした。約20年前だから1984年ごろですね。上の書込みで「1993年ごろ」なんて書いちゃいましたが、わたしの計算まちがいです。三桁以上の計算は苦手なんです…。
> 約20年前だから1984年ごろですね。
そんなに古いのですか! たいへん意外です。
ゆうさんも計算まちがいというよりは、「よろしかったでしょうか」のたぐいがきこえはじめた少し前という調整を無意識になさって、1993年ころとお書きになったのではないでしょうか。
無意識の調整、そのとおりです。
「よろしかったでしょうか」を初めて意識して耳にしたのは1998年、名古屋に来た年でした。名古屋独特の言い方なのかなあと思ったのを覚えています。そこから遡って、1993年あたりからじわじわと浸透したのかな、と勝手に考えたようです。
「よろしかったでしょうか」型語法、素人の私ですが、興味深く読みました。
海の見える湘南のデニーズへ行った時、例によって「いらっしゃいませ、デニーズへ陽こそ!」と言われて、家族4人なぜかそれに答えなきゃいけないような、圧迫された気分にさせられたのですが、バイトのおねえさんの迫力に負けて言われるがままに、全員うつむいただけでした。
で、そのおねえさんが去った後、出来っこないくせに、「あのお姉さんに、『きょうはいい天気ですね』とか、『いい景色ですね』とか言ってみようか」という話題になりました。
お姉さんがどんな反応をするか想像して、『学校のお友達のKちゃんなら動じもせずに返してくるよ、きっと、だけど今の人はダメだよね、きっと、』などと湧いたのですが、結局、『シーフードカレーでよろしかったでしょうか』と言われても、大人しく『はい』なんてうなづいて、みんな大人しく食事してきました。
本当は言ってみたかったんでけどなぁ。
わーい、いこちゃんだ。
>「いらっしゃいませ、デニーズへ陽こそ!」
太陽が燦々とふりそそぐ感じがして、これはこれでいいな。
> 本当は言ってみたかったんでけどなぁ。
いこちゃん、勇気を出してお姉さんに聞きましょう。「いい天気ですね」とか、「素敵なお召し物ですね」とか「従軍慰安婦問題についてどう思いますか」とか。
「よろしかったでしょうか」については、高島俊男さんがズバッとこう斬ってますぞ。
----------------ここから------------------
ちかごろの娘は、「よい」(もしくは「いい」)の丁寧語が「よろしい」だと心得ているのではないか。折々そういう場に出くわす。
「よい」が「優」あるいは「良」だとすると、「よろしい」は「可」である。上の者が下の者に対して「一応合格」とやや横柄に容認するのが「よろしい」だ。ほかにも用法はあるが、いずれにせよ「よい」より丁寧というわけじゃない。
「お茶はいかがですか?」くらいのことが言えないんですかね。
それとも「お茶のほう、よろしいですか」のほうが上品だと思っているのだろうか。――つまりは育ちが悪いのでしょうね。
高島俊男『お言葉ですが…⑨ 芭蕉のガールフレンド』、p.126
----------------ここまで------------------
ゆうさん、とりかえっ語も6周年おめでとうございます。思えば、語尾取りととりかえっ語、どちらの方が粗忽がしやすいかといえば、甲乙付けがたい事とは思いますが、なんとなぁ~くとりかえっ語かなぁ~と感慨も深くなります今日この頃。ああ、週末ってやっぱり脳みそが疲れてるかしらん?幾久しくよろしくお願い致します。
6周年に甘んじて、今まで粗忽にうちゃってたことを懺悔し
一発かましてみました、
って言うほどの内容じゃないけどさ。
フン!
お祝いありがとう!
長く続いているのは、(とんねるずじゃありませんが)みなさんのおかげです。
ともこさん:
とりかえっ語の方が粗忽しやすいですよね。語尾取りは漢字一字だけなのに対して、ひらがな三文字。ともこさんは書き込み時刻がほぼ毎日同じなので、生活の一部になってるんだなあ、と勝手に喜んでおります。
ターさま:
一発といわず、二発三発かましておくれー!
最近開くたびにぎやかで楽しいじょ。
ありがとう!反応があるは嬉しいなあ。
今年はずーっと不調でアイデアが浮かばずサボりまくってました。今はバリバリ書きたいぞ。
新スレをたててくださったので、わたしもこちらにのりうつります。
まず、お約束の訂正記事を書きました。(おなじ記事内での後日追記にしようと思ったのですが、長いのでやはり新記事にしました)
http://wjunya.blog39.fc2.com/blog-entry-72.html
なお、「江戸のかたきを長崎でうつ」わけではありませんが、「よろしい」が語彙内在的にこのましくない、ましてや「育ちが悪い」とする高島氏の説には反論があります。
なぜなら、「よろしかったでしょうか」型語法のように疑問文でもちいるときには、「よい」よりも評価がさがる「よろしい」という判断をくだすのを相手にゆだねているからです。
つまり、「上の者が下の者に対して『一応合格』とやや横柄に容認する」のはだれかというと、「よろしかったでしょうか」(あるいは、おのぞみとあらば、「よろしいでしょうか」、「よろしゅうございますか」なども同断) とたずねる側ではなく、それにこたえる側であるということです。
訂正記事拝読しました。じゅんやさんの誠実さにはつねづね感服しております。
ここでみなさんに解説しよう!
学者の中には自説をちょっとでも批判されると烈火の如くいきり立ち感情的になってヒステリックに暴れまわる人が少なくないのです。じゅんさんは正反対。「書くことはつねに中間報告」(#14436)である、この一節にじゅんやさんの学者としての誠実さが如実にあらわれています。
それはさておき、「仇討ち」の件ですが、なるほど!と蒙を啓かれました。判断を相手にゆだねている。これには気づきませんでした。
あまりにも過分のおことばで、恐縮のあまり物陰に隠れたくなっております。
わたしは単に粗忽主義者として、「かりそめな」研究しかしていないという自覚があるばかりです。
> 学者の中には自説をちょっとでも批判されると烈火の如くいきり立ち感情的になってヒステリックに暴れまわる人が少なくないのです。
さいわい、「少なくない」というほどは実例を知りませんが、そのようなひともいることは確かですね。
しかし、いうまでもなく、発表にせよ論文にせよ、研究をおおやけにするのは、批判をいただくことが大きな目的でしょう。批判を受けてこそ現状を蝉脱し、研究を発展させることができようというものです。
じゅんやさんは粗忽主義者の亀鑑です。
「少なくない」はちょっと大袈裟でした。たぶんわたしがいわゆる「学者」との交流が極端に少なく、統計の分母がとても少ないせいでしょう。
この記事をホットカーペットのヌクヌクのなかで一所懸命読もうと思っていたら、スイッチはONだったけどコンセントが入っていなかったぜ、寒ぅ。
ターさまも粗忽主義者の鑑でございます。
でんでんさんの「直角冷水」。好きです、こういうの。
いこちゃんの「極秘貧困」は身につまされる…。
たこ焼き村さんの「正面間食」。実話とみた!
幸か不幸か、実話ではありません。
でも、そういう学生がいたときのために、僕は常に教卓の下に白飯を大盛りにした丼とお箸を忍ばせておき、学生が正面間食を始めたと見るやここぞとばかりに教卓の下からご飯を取り出し負けじとパクパクパクパク・・・ああ、早くその日が来ないかなあ。
実話じゃなくてちょっと残念。
白米をわしわし食うたこ焼き村先生。教室芸者の本領発揮。
あ、教室芸者だったっけ、僕。
じゃあ白米じゃなくて三味線だよね、やっぱり。
教卓の下からおもむろに三味線を取り出して
♪うめ~はぁ~咲い~たか
♪さく~ら~はぁ~まだかいなぁ~
♪梅はきらいよ桜もいやよ
桃と桃との間(あい)がいい♪
・・・教師生命終わっちゃうよ・・・
ブログなら炎上、2ちゃんねるは祭になるでしょうね。
無能神仏。笑ったよ。
分かっちゃいるけど神頼み。ウッシッシ~~~
す、すみません。
「三層結論」を二層に投稿してしまいました。
粗忽だ粗忽だ嬉しいな。二番目のを消しておきました。
それにしても「三層結論」は身に覚えがあるだけに落ち込みます…。
おお、それは大変。
では「三層結論ゆうさんバージョン」をば。
粗忽主義貧民共和国国民の結論です。
ゆうさんは偉大だ。ゆうさんは天才だ。天皇は大統領だ。
これからいよいよその季節ですが、無能神仏、受験生の、主に親達に、徹底させなければいけません。
どうしたら広まるかなぁ。
今から戦略考えているようじゃ遅いな。
お受験の季節が10月だから、いくら何でも遅いわね。
まるで受験準備の遅れと同じだわ。
志望校に直接数千万円のお布施を納めるのは犯罪ですから気をつけましょう。
喜んでいただけて、僕もうれしいです。
でも4時間以上も小便ちびり続けるのは不健康ですよ。
ミーハーいこちゃん:
東大赤門前で毎日演説するといいよ。きっとテレビが取材にきて全国に放送してくれるよ。
たこ焼き村さん:
お布施もらったことありませんかー?
落語で言う「座りションベンして馬鹿になる」ってやつです。
ないっ!
「ビックリして座りションベンして馬鹿になるな」っていう、あれですね。
考えてみると意味のよくわからない表現ですよねー。
大声でヒステリックに反応するあたり、実は後ろ暗いところがあるんじゃないかしら…いっひっひ。
そうです、そうです。「火焔太鼓」で主人が女房に放つフレーズです。よくわからない表現だけど、よくわからないだけにインパクトはものすごいです。
私も、やけにヒステリックな反応だなぁ、と思った。
ねぇ、いくら?いくらだったの?
ここだけの話、いくらだったの?
でしょでしょ~?怪しいよね。
なにしろたこ焼き村大先生へのお布施ですから、百万円ポンと渡す、なんて単純なのではダメだと思うんだ。かりに現金だとしても、一ひねりしてると思うんだよ。で、いくつか可能性を考えてみました。
1. 一万ペセタ(旧スペイン通貨)
2. ノーパンしゃぶしゃぶ回数券
3. 『日本国語大辞典』第二版を4セット(全14巻×4、882,500円)
4. 3,000,000リンテンドル(セカンドライフの専用通貨)
5. 赤福・白い恋人・吉兆弁当詰合わせ一年分
何なんだ、みんなイヤガラセみたいなのばっかりじゃないか!
そんなものをくれるぐらいならポンと百万円・・・
いや、いただきません!
うわ。ものすごくコーフンしてらっしゃいますね。
みなさん!百万円じゃ少なすぎるそうです。やっぱりケタが一つ足りなかったか…。
ゆうさん、こんにちは
こんな記事を見つけました。写真がきれいだったのではっちゃいます
ろしーたさん、お久しぶりです!
イルミネーション、きれいですね。最近は「地球温暖化を助長する」という理由で派手なイルミネーションに反対する声が強くなってるそうで、省エネ型の電球を使うところが増えてきてるそうです。たぶんいちばん下の写真、アルカラ通りのイルミネーションがそうじゃないかな?
記事の最後にリンクがありますが、スコセッシが撮ったCM、ヒッチコックの世界を堪能できます。
あたし的にわぁ、
赤福・白い恋人・吉兆弁当詰合わせ一年分
だな。
とってもよいとおもいます。
一年分いっぺんにドンと来たらどうする?困ると思うぞなもし。
一年分、と一口に申しましても難しいんでございますのよね、これが。
一人分なのか?二人分なのか?三人分なのか?四人分なのか?五人分なのか?六人分なのか?七人分なのか?八人分なのか?九人分なのか?・・・百人分なのか?
どうします?どのくらいもらうことにしたいですか?たこ焼き村さん。
そうですねー、そういうことなら 2,000人分いただければ、僕の職場の大学の場合は学生教職員全員の分がまかなえると思うんですよね。
ただ「一年分詰め合わせ」っていうのは、ちょっと困るかなあ。
赤福と吉兆弁当はやっぱり毎日届けていただかないと。取っておけませんからねえ。
白い恋人は120日持つそうですから、これは4ヶ月ごとでいいですけど・・・って、
ちがぁーーーうっ!!!
いらん言うとろーがぁーーーっ!!!
大体やね、僕とこ品物送ってきてもろたかて、東大にはよう口きかんのよ。
そこんとこ、わかって聞いてる?
ほんとにごぶさたしていました。冬休みがちかづいてきて、ようやく気持にゆとりが…
スコセッシのCM見ました! 最後まで手を抜いてないのがすごいですね。あと、セリフの意味はわからないところもあったけど、見てるだけで面白かった。
日本では柴崎コウさんがカバのコマーシャルに出てますけど、あれも雰囲気あるなあ、と前から思ってました。センスのいい会社ですね。
フェレロ・ロシェのCMのベタな感じも笑えていいけれど。あの男性のナレーションの雰囲気が、アルゼンチンとも共通してました。
ふぇりす・なびだ!!
あげときます。
私も白い恋人好きです。そのせつはおすそ分け楽しみにしてます(違
スコセッシ、手抜いてませんね。オープニングからソール・バス風のタイトルが流れて、もうワクワクでございます。「ヒッチコックの知られざる脚本を見つけてそれを映画化する」というコンセプトですね。
シャンパンでもどう?
今年も一人でこっそりケーキを食べて、紅茶を飲んで…。
某ダイエットコーラの宣伝の某シンガソングライタの言うように一人分のケーキでへすす君のお誕生日祝い。
いやー、味わい深いですよね~(涙)
ええ、シャンパンいただきますとも!
ふぇりすなびだ!皆様、ゆうさん。
誰も来ない…ショボン…と思ったら、ともこさんが来てくれた!¡Feliz Navidad, Tomoko!
ケーキはあした甥っ子が遊びに来るので今夜はおあずけなのだ。
テレビを見ない生活なので「某ダイエットコーラの宣伝の某シンガソングライタ」が誰なのかわかりませーん。
ふぇりーす・なびだ!
サンタさんにグランドピアノが欲しいとお願いしておきました。
明日の朝クリスマスツリーの下に置いてあるといいな。
どんなに巨大なツリーなんだ!靴下に入ってたらもっと驚き。ふぇりす・なびだー!
クリスマス・プレゼントは平和な世界、クリーンな地球がいいです。靴下に入れておいてください。
地球がすっぽり入る靴下をお持ちなんですね。高かったでしょうね。あ、そうか。受験生の親からたっぷりお布施を(以下自肅)
靴下に穴が空いているのに気が付かず…。
プレゼントはポンタが食っちまったのか?庭に埋め込んだのか?
本来ならば…、ですが80過ぎのおじいちゃんなので無罪放免、って
元々はオイラのせい?
スマン、ポンタ。
明日はホームランだぜ?
た、ターさま…意味がさっぱりわかりませーん。
すみません、ツマラナイ解説です。
わたくしが普段愛用している靴下は
その激務によって薄く擦り切れています。
で、でも皆頑張っているんだよ、
ってでいいですか?
ポンタって靴下の名前だったのね。はー、すっきりした。
きょうが大晦日だと思ってた…。
昨日の夕方気付きましたが、昨日は朝から30日だと思っていました。殆ど同病ですね。
おお、しげきさん。同志ですね。
今年もお世話になりました。
これから帰省いたします。
来年もどうぞよろしくお願いします。
ゆうさん、皆様、良いお年をお迎えください。
ともこさん、道中お気をつけて。
よい新年をお迎え下さい。
またまたやっちまった。
先ほど、スーパーに買い物に・・・
私「今晩の年越し蕎麦を買おうよ。これで良いかな」
妻「明日頼んであるお節を取りに行くからその時で良いわよ」
私「・・・」
粗忽というよりかなり重度の健忘症ではないかと…。
老人性痴呆症のテスト問題に追加『粗忽と健忘との違いを述べなさい』
模範解答例
「忘れました」
「粗忽はカナで書くと3字だが、健忘は漢字で書くと2字である。そこが違う」
「粗忽はあわて者という意味だが、粗忽はあわて者という意味である」
「問題は粗忽と健忘との違いを述べよと云う物だが抑私の人生は粗忽と健忘に満ちた波乱万丈の人生であり私こそ粗忽健忘統合の象徴であり粗忽健忘が私として具現化して居るのであるから其処に違いの生じる余地は無い。拠って本問の解答は不要である」
先生!部分点ありですか?
(学生にありがちな質問)
うっかり与えることがあるかもしれませんし、うっかり間違って減点することがあるかもしれません。
採点中に正解を忘れてしまうこともあると思います。
たこ焼き村先生「抑私の人生」とは「私事を抑制した人生」という意味でしょうか。
抑は「そもそも」だと思います(マジレス)。
あぁそうか「も抜け」なんですね。
「YOKU」の変換間違いかと勘違いしていました。