双数姉妹 featuring 東京オレンジ『コサックТОКИОへ行く』
1995年8月2日 19時30分 大隈講堂裏東京テント

テント入り口はプレハブらしき殺風景な作りだが、なかは思いがけず広い。最前列でかぶりつきだったが、舞台がちょうど鼻先にくる高さで席は舞台ぎりぎりまで迫っている。客席全体の勾配はかなり高いからどこに座っても舞台はよく観えるはず。なんの予備知識もなく、なんとなく静かな劇を想像していただけに、舞台を上下縦横に失踪する動き、絶叫、キッチュさに茫然唖然。大きく分けて、おとなしめの役者たちは双数姉妹、タイガー・ショットはじめ〈マガイモノ関係〉を一手に引き受けたのが東京オレンジ、ということのようだから、東京オレンジがなければ似て非なる舞台になったことだろう。舞台に明かりが入ると、いきなり女子プロレスらしき場面。ひとしきりワーワーギャーギャー、コンノヤロォー! とやって、それがイメクラのプレイであることが分かる。客の二人はどこから見ても日本人のデヤンとドラガンのストイコビッチ兄弟。彼らがコサックだったと告白し、じゃあコサックプレイにしようと提案する店の女の子(大倉マヤ[双数])もじつはアニエス・ミロセビッチというスラブ人。で、いきなり話ははボスニアへ。物語は前回公演から繋がっているそうで、ゲンナジー・コトフというコサックが前回死んでから(端正だがどこか不気味な面構えの小野啓明[双数]が亡霊として演じる)、同僚ボリス・ヤーシキン(阿部宗孝[双数])はボスニアでつましい家庭生活を送っている。「最前線はいまや東京にある」とストイコビッチ兄弟の弟デヤン(今林久弥[双数])から電話があり、戦士の血が滾るボリスは若いコサック3人を引き連れて東京を目指す。しかし、聞かされていた目印と信じた東京タワーは広島タワー、ドームは原爆ドームで、広島に着いてしまう。広島を支配しているのは女王ネーナ・スケール(明星真由美[双数])。彼女の目を盗みながら演劇を通じて怪しい平和運動を展開していた劇団「タイガー・ショット」は(彼らのパフォーマンスの胡散臭さといったらない)、平和運動が実りを結ぶ気遣いがないことに業を煮やし、実力行使集団「タイガー・ショット」に脱皮(対馬陽子、平野多香子、安田尚世[以上オレンジ]、杉井邦彦[双数])、東京タワーにオレンジ爆弾を仕掛け東京を木端微塵にすると東京王(横山仁一[オレンジ])を脅迫する。東京へ向かう「タイガー・ショット」。コサックたちも、本物の寿司屋、ロシア生まれの演歌歌手第一号、アパレルとそれぞれ夢を胸に秘めて上京。東京王、自称王ちゃまは宦官(小野啓明二役、小林至[双数])を従え、これまた怪しい演劇活動を展開しているのだが、実は「タイガー・ショット」は、彼らの芝居の拙さに嫌気がさした王ちゃまが(ここで役者の実名をあげて欠点をあげつらう楽屋オチが延々と続く)広島へ飛ばしていたことが分かる。そしてリーダー、サカイマサトはスラブ人ボバン・ミロセビッチ(堺雅人[オレンジ])で、アニエスが長らく探していた兄。妹との再会もよそにサカイマサト/ボバンは「タイガー・ショット」の面々を従え、天辺で東京王が待つ東京タワーの階段を歩いて昇っていく。兄を追ってアニエスも昇る。一度は任務を諦めるボリスだが、「タイガー・ショット」のメンバー、タカコがボバンを裏切り、王になにを要求するでもなくただ東京を破壊したがっている彼を捕まえてくれと、コサックダンスを踊って懇願するのに心打たれて、コサックたちを引き連れタワーを駆け昇る。こうしてみながタワーを上へ上へと昇ってゆき、途中、女子プロレスラーが絡んだり、「タイガー・ショット」の体操のお兄さんっぽい男も実は元コサックだったり、デヤンとドラガンの漫才があったりするが、ともかくみな天辺に辿り着く。退治する王ちゃまとサカイマサト/ボバン。さあやれるもんならやってみろ、と王ちゃまは三脚をとりだして据え置く。オレンジ爆弾を手にサカイ/ボバンは三脚を一歩一歩昇る。詰め寄るボリス。アベムネタカと名乗れと叫ぶサカイ/ボバン。その通りにするアベムネタカ/ボリス。金目当てに東京までやってきたが、一人の女性アニエスへの愛にも支えられている、その気持ちにおいて、おれは本物だと叫ぶボリス。ほくそ笑み頂上へ上り詰めるサカイ/ボバンはオ掲げたレンジをかぶりとひと噛みし、「すっぺえなあ!」。雪のような灰のようなものが天から降り注いで、幕。

ハッタリに次ぐハッタリ。ラストに雪とか鶏の糞とか降らせる〈お約束〉の芝居を揶揄する台詞をアニエスに吐かせておいてのこのラストには恐れ入りました。王ちゃまははっきり「三脚をもってこい!」と宦官に命じていたから、これは東京タワーの天辺じゃなくて、天辺に見立てたということ? だとすれば、ラストは演出家(=王ちゃま)が看板俳優(=堺)の演技を見守っているわけで、これはいかにもアングラ演劇的な演出家と役者のエゴのぶつけ合いそのものを演じていたことになる。胡散臭い町東京を笑い飛ばすアイデアは面白いし、コサック兵が跳梁跋扈するというアイデアは秀逸、まがまがしさが貴重といえるシーンもいくつかあってそれはそれでいいのだけど、王ちゃまが一人ひとりの役者をけちょんけちょんにやっつけるところなどは冗長。あの後はすっかり中弛みになってしまって客席もぐったりしていた。1時間半でまとまる芝居だと思う。ただ、キャラクターの強さが魅力的で、とくに東京オレンジのアクの強さがいい。王ちゃま役の横山仁一が主宰者なんだよと、客席の片隅から声がしたが、きっとそうに違いない。白のシャツにダボダボの白のパンツで頭のこれまた白いバンダナに赤い羽飾り、首にも赤いスカーフと、オカマっぽいんだが不思議に品があって、ついつい見入ってしまう。「ああ、○○ちゃん。こいつぜんぜんダメなんだよねえ~、すぐ××しちゃってさあ!」と抑揚なしの一本調子で通すのが圧巻。そして絶えずドタバタやってる役者陣。アングラの正統な後継者ですね。「世界で一番キツい」コサックダンスを彼らは3回やりました(脚は伸び切っていないし、音楽とも合ってなかったけど)。そしてラストの東京タワー登攀。舞台上手は奈落から階段になっており、そこから舞台にあがり、下手からはパイプで組んだ階段が螺旋状に舞台奥をとおって上手からさらに上に折れる。そこで天井へ消えた役者がしばらくするとまた上手下から現われ、これを繰り返すからタワーの階段を延々昇りつめていく感じがよく出ていてうまかった(このラストで流れていたのは小沢健二「ぼくらが旅に出る理由」)。終演9時40分。