下丸子らくご倶楽部
1997年7月25日19時00分太田区民プラザ小ホール

7時開演ときいて6時45分に会場に入ってみると、前座バトルと称して三人の前座が客席の地均しをしていた。入ったときは三人目の立川志加吾。マクラで談志があちこちから拾い集めてきた七台の冷蔵庫の管理を前座にさせている話。気を許せば故障し、文字通り「冷や冷やさせる冷蔵庫なんです」。噺は人物を立川一門に見立てた「寄り合い酒」。〈酒〉のために〈鬼ごっこ〉の鬼になり〈バラバラ〉にしてやるぞと子供を脅して鰹節をせしめたのが立川ワコール。〈酒・鬼・薔薇〉で神戸小学生殺人事件を織り込む。旬のネタ。母親と一緒に来ているらしい隣りの少女がクスクスとよく笑う。談志の真似が似ていないのが却っておかしい。巧くはないが客に愛されるタイプ。

7時。休む間もなく太鼓がなる。

  1. 立川談生「蟇の油」
  2. 三遊亭楽春「夢八」
  3. 立川談春「付き馬」
  4. 柳家喬太郎「純情日記渋谷篇
  5. 立川志らく 「文七元結」

まず立川談生だんしよう。初めて聴く。顔も図体も態度も妙にふてぶてしい。蟯虫でもいるのか、尻をもぞもぞして片時もじっとせず、時事ネタ満載のマクラは毒たっぷりだが愛敬がなくていけない。今月に入って4人を殺しベルサーチも撃ち殺して全米を逃げ回っていた〈全米でもっとも怖れられる男〉クナナン容疑者がマイアミで自殺していた、ときのう発表されたが、クナナンが男娼=ダンショウでとばっちりを受けた、というオチ。神戸の少年Aと、嫌疑をかけられたはずの〈謎の中年男〉はどうしたのか、と振っておいて、碌な人間がいない神戸に「もう一度地震が来ればいい」。沈黙。タイソン対ホリフィールド。「土人の共食いかと思った」。失笑。噺は「蟇の油」。談志に稽古をつけてもらいに行ったら、「おまえ外国語はできるか」と訊ねられ「英語とスペイン語なら」と応えたら「じゃあスペイン語でやってみろ」と言われて、三方を鏡で覆われた蛙が仰天する件を本当にスペイン語で演ってみせる。最後の sorprende mucho は怪しいが。「中南米ではなくヨーロッパのスペイン語だというところまで通には楽しんでもらいたい」。面白かったのはこれだけ。肝腎の噺は口上が命なのに一本調子の早口なだけで言葉が聞こえてこない。時事ネタの仕込みは結構だが、噺を磨け。油を塗った刀をあてようと脱いだ左の二の腕に赤い斑点が幾つもあった。ありゃ何だ? 酔っ払って呂律が回らなくなった男の第一声にサゲの「血止めはないか」をもってきたのは彼の創作かしら。

続いて三遊亭楽春。ラクハル、と読ませる。バタ臭い顔。年齢不詳。案外三十代前半かも。マクラは寸でのところで圓楽を殺して圓楽襲名の運びとなったかも知れぬという話。噺は「夢八」。四六時中眠ってばかりいる八兵衛。夢のなかでも眠っており、みている夢が眠っている夢、朝起きるときはみた夢の数だけ目覚めなきゃならなくて大変、という男。旦那に用事を言いつかる。大好きな「釣り」の番でアゴ付きで二円の小遣いがもらえるとあって、八兵衛は旦那の後をついてゆくと長屋の一室に閉じこめられる。実は夫が首を吊り長屋の者たちは理屈をこねて関わってくれず、私ひとりじゃ心細い、と旦那に店子の女が泣きつき、女にかわって番をしているとは知る由もない間抜けな八兵衛は、旦那に命ぜられるまま、畳上げされた土間を棒で叩いて睡魔と戦う。肩越しにぶら下がっているむしろの向こうに頭と脚がみえる。むしろに触れるとむしろは落ち、首吊り死体があらわれる。町内の主とよばれる猫が悪巧みをして死体に悪い気を吹き込むと、死体が口をきき、伊勢音頭を歌えと命令し、八兵衛が歌うと死体が八兵衛の上に落ちてくる。翌朝。旦那が部屋に入って揺り起こすと、ハッと目をさました八兵衛は「あッ歌います歌います、伊勢の……」「ああ伊勢詣りの夢をみている」。おそろしく、と言ったわりには首吊りの顔がちっともおそろしくないのがご愛敬。

談春。待ってましたッ、とすぐ後の席から声が上がる。歳は二十八、九か。昭和59年入門だから大卒とすれば37年生まれ、ということは35歳。数年ぶりに顔を拝んだが修羅場をくぐったらしい、いい顔になった。6月18日に真打トライアルを終了、晴れて真打昇進を決めてから初めての高座。マクラで9月20日の真打披露パーティーのご祝儀はくれぐれも十人で五千円なんて真似はしないように、と釘を刺す(楽春のときは本当にいたという)。

噺は「付き馬」。「季節に合わない」と認め、「きのう本を読んで覚えた」とあまり面白くない冗談を言ったあと、まずは〈付き馬〉とは吉原で無銭飲食をした男の家に若い男が取り立てに行くことだとさらりと定義づけてから―――これを知らないと面白さは分からない―――スッと噺に入る。ひとりで三十分以上話す熱演。叔父の証書で明朝には金ができると偽って吉原で客が遊ぶ。明くる朝、客は金を払ってやるからついて来い、と若い衆を大門の外に引っ張り出し、朝湯を浴び朝食の酒やあんかけ豆腐代を立て替えさせ、とんかつ屋を営む馬道の伯母さん―――揚げ方やソースの違いなど、ここはひとしきり引っ張る―――で金を工面すると言いながら馬道は通り過ぎ、オレに輪をかけた粋な叔父さんだ、と田原町の早桶屋へ連れてゆく。店の外に若い衆を待たせ、客は主に、表の男の兄が夕べ急死したから図抜け大一番小判型の早桶を拵えてくれ、今中に呼ぶから、拵えます、とだけ答えてくれればいい、と頼んで、若い衆には、金の工面はできたから貰っておけ、と言い残して立ち去ってしまう。主と若い衆の頓珍漢なやりとりの果てに若い衆は担がれたと悟る。主は早桶代を請求、若い衆は「一文なしなんです」「なに一文なしか。おい小僧、ナカ(吉原)までこいつの馬に行け」。

世の中をなめてかかっている若い衆、若い衆、商人と人物造形がきっちりしていて聴きごたえ充分。談春は口上といい高座の姿といい、惚れぼれします。しきりに手拭いで汗をぬぐいながらも最後まで羽織を脱がなかったのは何故だろう。きっかけを見失ったとしか思えないのだが。

十分程度の仲入り。

今夜の拾い物、柳家喬太郎。無題の――のちに「純情日記渋谷篇」と命名――新作落語。本社が広島の会社に就職が決まった男が思い出の地、渋谷の喫茶店に彼女を呼び出す。話を切り出すまでの男の逡巡―――ストローの芋虫、コーヒーの一気飲み―――、腹をさぐる女―――「ヘン!今日のマーちゃん、ヘン!」―――の造形がまさしく今どきの若者で見事。二人は渋谷の街を歩く。代々木公園、「テイクアウトですか、と訊かれ、いいえ持ち帰りで、と三度答えてようやく意味が分かり、オミヤで、と付け加えた」マクドナルド、よく行った「煙草と塩しかねえんだよなあ」の煙草と塩の博物館、「三つも四つもいらない」パルコ、ハチ公。別れたくない、と恥じも外聞もなく泣きじゃくる男。「見るんじゃねーよ!見せモンじゃねーよ!」。来年の同じ日、同じ時間にハチ公前で会おうと約束して別れる二人。一年後。東京へ戻ってきた男がハチ公前にあらわれる。「いねーよ!ゼンッゼンいねーよ!」。明日も明後日も来ればいい、そう、君がハチ公になればいいのだ、と警官に励まされる男。所変わって、新たな彼氏といっしょにいる彼女。「きょう、なんか大事な用事があったような気がするなー」「いいのかオレといて」「うん。思い出せないってことは、どーせ大した用事じゃないんだしー」。このサゲは利く。話言葉と仕草の観察ぶりに頭が下がる。しな垂れかかる女の甘えた仕草など、誇張がない分リアルで、しばらく笑いが止まらなかった。

トリは志らく。顔がポチャと太った。

三十分近く押しているのを気にしてか、マクラらしいマクラもなく噺に入る。「季節のことなんか考えてない」と断っての「文七元結」。博打に明け暮れ女房を殴る蹴るの左官屋長兵衛の娘お久が吉原の佐野槌に駆け込み身売りするから親に金をくれという。女将は長兵衛を呼びつけて小言をたっぷり言い含めてから、お久を担保に来年の大晦日を期限に五十両を用立てしてやる。長兵衛が吾妻橋にさしかかると身投げしようとする男がいる。「生きていりゃあ小鳥も鳴く花も咲く」と思いとどまらせたと思いきや目を離した隙にまた飛び込もうとする男に訳を訊くと、鼈甲問屋の文七という男で、集金した五十両を掏られたという。不敏に思った長兵衛は五十両を投げつけて立ち去る。文七が店に戻ると、盗まれたはずの金は先方に置き忘れ、遣いの者がすでに届けてくれていた。文七は男が明かした女郎屋の名を思い出せない。なぜか吉原に詳しい番頭が列挙した名に聞き覚えがあり主らは佐野槌へ。事情を呑み込んだ一同は長兵衛の長屋へ向かう。夫婦喧嘩。主は長兵衛に五十両を返し、文七は身寄りのない遠い親戚であり、ついては長兵衛に後見人となり親戚づきあいをして欲しいと願い出て、酒を差し出し、肴も持参したという。表に駕籠が着き、きらびやかに着飾ったお久があらわれる。素っ裸のうえに女房の着物を着た長兵衛、長兵衛の半天一枚を羽織って腰から下は丸見えの女房、豪華絢爛に着飾ったお久が抱き合って涙し、文七とお久は夫婦となった、という後日談で終わり(元結屋を開いた、と言ったのだろうが小声で聴き取れず)。口上が談志そっくり。女に色気がないのがキズ。

客席は親子連れ、老人が多く、ノリが大変よろしい。前座の楽屋話に肯く主婦がいたりする。案外、落語好きが集まっている様子。

9時20分終演。