野沢直子はいまアメリカに拠点を移し、ときどき帰国するという生活をしている。
彼女の口癖は「そうなのよォ!」だ。この「よォ!」は、一歩間違えるとと相手にべったり寄り添った、なれなれしい響きになるものだが、彼女は自分のキャラを確立した上で、確信犯的に言葉を使っている。彼女の言葉には、無駄がない。口を開くときには必ず笑いがとれる、計算し尽くされた言葉を瞬時のうちに択びとる。態度も言葉も一見下品でキワモノっぽいが、じつは品がある。品とは、同業者(=他者)への配慮だ。どんなに傍若無人に振舞っても、観る者に嫌悪感を与えない。これは優れた素質の証である。そして彼女は勉強熱心な芸人である(松村邦洋もそうだ。元祖歌声模写の人間国宝級の芸人、白山雅一のライブにも通っているほどだから)。
私が彼女に注目したのはフジテレビ「冗談画報」と「夢で逢えたら」。どちらも清水ミチコが共演していた。波長か合うのだろう。
野沢直子の言語感覚は端倪すべからざるものである。「マイケル富岡の夜は更けて」「モンキーダンス一家」などの歌で底力を発揮する。
野沢といっしょに仕事をしたことがある西条昇(1964年の若い芸人評論家であり、バラエティーの構成や舞台の運営もてがける、〈芸人の生き字引〉である)によれば、野沢はスタッフ側の製作意図を「パッと理解してしまう勘のよさと、どんな状況でもいい結果に持っていってしまえる絶妙のバランス感覚を持っていたと思う」(『東京コメディアンの逆襲』261頁)。「野沢ほど、番組スタッフに信頼されていた、評判のよかった女性コメディアンは珍しい。『野沢がいれば、もう安心!』という声もよく耳にした」(同上)。
野沢直子はとにかくリアクションが抜群である。コメディエンヌとして、清水ミチコと双璧をなす。このことは西条昇が『東京コメディアンの逆襲』(光文社文庫)でも指摘している。私は見逃してしまったが、西条昇によると、『お笑いウルトラクイズ』の司会をしたとき、熱川バナナワニ園のワニの群れの上を、体にエサをつけた芸人が宙吊りで滑車で通過していくという企画があった。うちひとりが、エサをワニに引っ張られて、本当に噛み付かれそうになったその瞬間、野沢直子はすかさずこう言った。「これよォ!この画〔え〕が欲しかったのよォ!」。この感覚。こんなリアクションはなかなかとれるものではない。
(2000年10月16日)