微笑問題

「パラリンピック」の巻
2000.11.1

B:
パラリンピックがようやく閉幕したね。
A:
本家のオリンピックよりも面白かったな。
B:
今回は、大会史上最多の122ヶ国・地域と個人参加の東チモールの選手を合わせて、3824人の選手が参加。18競技550種目でメダルを争った。なんといっても、障害を乗り越えて記録に挑む、その意気込みと力量に圧倒されたね。
A:
日本人では女子競泳の成田真由美選手が6個も金メダルを獲ったのが凄いな。
B:
合わせて金が13個、銀が17個、銅が11個で合計41個のメダル獲得。快挙だね。
A:
でもパラリンピックも商業化が進んだらしいな。
B:
そう。今までは本家オリンピックとは比較にならないほど知名度が低かったのに、今後は冬夏三大会のテレビ放映権の一括購入契約が成立、国際パラリンピック協会(IPC)と国際オリンピック協会(IOC)が提携して、資金援助の後ろ盾も得た。選手のプロ化も一気に進んだね。
A:
オーストラリアは障害者スポーツの先進国で、入場券販売は予想の二倍以上、110万枚も売れたらしいな。四年前のアトランタが50万枚、その前のバルセローナは無料だったんだから時代も変わったってことだな。
B:
だけど、水面下ではいろいろ問題があるらしいよ。
A:
なにそれ?
B:
五輪では選手村滞在費が無料なのにパラリンピックは選手ひとりあたり1812豪ドル(6万5千円)を負担することが不公平だとオーストラリアでは議論を呼んでいたんだ。組織委員会は「今までもそうだったから今後も負担してもらう」と言っている。
A:
それこそ差別じゃないか。
B:
だからIPCは次回から滞在費無料化をめざして、負担を次回開催国のアテネの組織委員会に要求した。ところがいまだに開催契約が成立していない。
A:
ケチだな。
B:
そういう問題じゃないだろ。ところでパラリンピックっていつから始まったんだろう。
A:
おまえってやつは、本当にものを知らないな。
B:
大きなお世話だよ!
A:
もともとは戦争後遺症で下半身不随になった人のリハビリから始まった。
B:
そうだったのか。
A:
スポーツが身体障害者のリハビリテーションに有効な治療手段となると分かって、イギリスのストークマンデビル病院長,グットマン博士とかが脊髄損傷による下半身麻痺者のスポーツを奨励して競技大会を開いた。1952年にオランダチームが参加して国際的競技大会になったんだよ。
B:
へえ。
A:
なにが「へえ」だよ。少しは勉強しろ。
B:
知ってるからって自慢するなよ!
A:
1976年のカナダ大会からは切断者、視覚障害者の参加も認められるようになった。1980年のオランダ大会からは脳性麻痺者も加わって、現在の形になった。
B:
そこまで発展してきたんだから、アテネも負担金払ってあげればいいのに。
A:
ソクラテスに頼めばいいんだよ。
B:
なんで古代ギリシアの哲学者なんだよ!
A:
アリストテレスでもいい。
B:
わけわかんないボケはやめろ!
A:
おまえ、なんにも知らないんだな。
B:
なんだよ?
A:
今でもギリシアではソクラテスとかアリストテレスっていう名前の人がたくさんいるんだぜ。
B:
それは初耳。
A:
だから頼めばいいんだよ。「右や左のだんなさま…」。
B:
それじゃ乞食じゃねえか!で、誰に頼めばいいの?
A:
その辺ブラブラしているソクラテスかアリストテレス。
B:
ただのオヤジじゃねえかよ! 一般人にはなんの権限もないんだよ!
A:
それにしても障害者の競技を見ていると、とても障害者とは思えないな。
B:
100m競技なんか、義足で11秒台だからね。もうじき10秒台に突入すると言われている。そうなれば五輪と紙一重だね。
A:
そもそも五輪だって一種の障害者競技だぜ。
B:
どういう意味だよ?
A:
特定の競技に向けて、体の特定の部位を強化しているだろ。ふつうの人の体とは違うんだ。いってみれば〈人造人間〉だぜ。
B:
キカイダー(古い)じゃあるまいし!
A:
ドーピングだって、抜打ち検査だから、発覚しないままこっそり筋肉増強剤を使っている選手は間違いなくいる。どう考えても〈人造人間〉、特殊な人間じゃねえか。
B:
まあ、そう言えなくもないね。
A:
だったら、パラリンピックがオリンピックに近づくんじゃなくて、オリンピックそのものをパラリンピックにすればいい。
B:
無茶言うな!おまえの価値観が差別を蔓延させる元凶だよ!
A:
逆だぜ。ぼくだって障害者なんだから。
B:
おまえが?
A:
なにを隠そう、オレは愛知県公認の精神障害者。
B:
そうだったの?。
A:
鬱病患者とか精神障害者には「精神障害者通院治療費公費負担制度」というのがある。オレはそれのお世話になってるんだよ。
B:
知らなかったな。
A:
おまえ、本当に無知だな。
B:
無知で悪かったな。
A:
だからオレだってパラリンピックに種目が増えればメダル狙えるんだぜ。
B:
どんな種目?
A:
鬱病十種競技。
B:
なんだよそれ?
A:
「夜は一睡だにできない」とか「もの忘れがひどい」とか「微熱がつづく」とか「生きていても仕方がないと思う」とか「いつも気が滅入る」とか「いっそこの世からきれいさっぱり消えてしまいたい」とかの症状を競う。
B:
どんな競技だよ! しかも十種競技とかいっておいて六種目しかないじゃないか。
A:
残りは「緊張感がとれない」「気が転倒している」「体が震えるような感じがする」「いつも何かが気がかり」。
B:
見ている方が気が滅入るよ!
A:
オレ、メダル確実だぜ。高橋尚子なんて霞むぜ。
B:
だいたい、どうやって得点を争うんだよ?
A:
自己申告。
B:
客観性、まるでないじゃねえか!
A:
鬱病の苦しみは本人にしか分からないんだよ。
B:
それじゃ競技にならないよ。
A:
でも障害者には違いないだろ?
B:
そりゃそうかも知れないけど。鬱病ってそんなに苦しいの?
A:
なにせ脳の機能障害だからな。自分が自分とは思えないってくらいつらいことはないぜ。
B:
でもやっぱり、五輪の精神にのっとった今のパラリンピックの方が見応えがあるよ。
A:
Citius, Altius, Fortius だろ。
B:
は?
A:
おまえ、底無しの無知だな。
B:
悪かったな!
A:
より速く、より高く、より強く。五輪の標語のラテン語。
B:
で、鬱病十種競技にも標語はあるの?
A:
ある。
B:
なに?
A:
より暗く、より滅入り、より絶望的。
B:
どんな標語だよ!
A:
たとえば「もの忘れがひどい」という種目なら、オレ、絶対優勝。
B:
自信満々だな。
A:
競技場に着くなり、「ここ、どこでしたっけ?」。
B:
忘れるにも程があるだろ!
A:
でも重篤な鬱病患者は本当にそんな精神状態なんだよ。「夜は一睡だにできない」種目も金確実だな。
B:
いやな競技だな。
A:
毎晩睡眠薬飲んでるからな。「さあ、teatrum mundi のこの選手、いったいいつまで眠れないんでしょうか」「あと三日はいけるんじゃないでしょうかね」なんて、松本明子と田中義剛にコメントされたりして。
B:
テレビ愛知の「TVチャンピオン」じゃねえか、それは!
A:
「いつもそわそわしている」競技では、会場で猛烈にそわそわする。
B:
「猛烈に」の使い方がおかしいよ!
A:
すると審査員が「あなたねえ、そんなにそわそわしなくてもよろしいんじゃありませんか?」。
B:
なんで口調がデヴィ夫人なんだよ!
A:
もうひとりの審査員が「おもろいですねぇオ~ホホホガガカ!
B:
中村玉緒じゃねえか!
A:
審査委員長は「ボクもね、あのね、あの~、あれなんですヨ。テヘヘ」。
B:
誰だよ?
A:
蛭子能収。
B:
いい加減にしろ!