微笑問題

「演劇ってなんだろう?」の巻
2000.11.2

B:
オレたち、こうやって漫才やってると、いろんな芸能人に会うよな。
A:
まあな。
B:
先月は松本幸四郎さんに会った。(=実話)
A:
そのまえに木の実ナナさんにも会っただろ。(=これも実話)
B:
二人とも、芸能人、というよりは、俳優さんって感じだね。
A:
ドラマやコマーシャルや映画にも出てるけど、主な活動の場はナマの舞台だからな。
B:
今まで会った舞台俳優さんって、どれくらいいる?
A:
いっぱいいるな。渡辺美佐子、鳳蘭、草刈正雄、宍戸開、団時朗、長塚京三、藤木孝、西田敏行、三國連太郎、音羽信子…。
B:
大物ばっかじゃん。いちばん印象的だったのは誰?
A:
なんといっても、〈大将〉だな。
B:
大将って、欽ちゃん?
A:
たしかに萩本欽一は弟子から〈大将〉って呼ばれてるけど、ちがう。
B:
じゃ誰だよ。
A:
ヒ・ミ・ツ。
B:
気取ってないで教えろよ!
A:
玉三郎。
B:
え! あの歌舞伎の坂東玉三郎さん?
A:
事務所の人は〈大将〉って呼んでる。
B:
知らなかったなあ。
A:
おまえ、ミレニアム級の無知だな。
B:
なんだよ「ミレニアム級」って! 意味分かんないよ! ふつう、そんなこと知らないよ。
A:
オレもお会いするまで知らなかった。
B:
なんか、イメージだと、雲の上の人って感じだけど。
A:
実際、仙人みたいな暮らしをしている。頭の中は芝居のことばかり。世間の雑音はきれいさっぱりシャットアウトしている。
B:
このあいだ、NHKの - スタジオパークからこんにちは」ってトーク番組に出てたのをたまたま観たんだけど、吃驚したのは、ちっとも気取らない人なんだよね。
A:
そうなんだ。斯界のトップに君臨する人は、偉そうな顔はしないもんなんだよ。中途半端に名声を勝ち取ったやつほど偉ぶって鼻持ちならなくなる。
B:
そこまで言うか。
A:
言うよ。
B:
玉三郎さんって、女形だよね? オレ、歌舞伎ってよく分からないんだ。なんだか難しくて。
A:
玉三郎は歌舞伎だけじゃなくて、「ロミオとジュリエット」の演出をしたこともあるし、三島由紀夫の『サド公爵夫人』というストレート・プレイ、つまり普通の舞台にも出たこともある。映画だって三本監督しているし、ダニエル・シュミットの『書かれた顔』という映画には俳優として出演もしている。
B:
へえ。あちこちで活躍してるんだ。でもさあ、なんか演劇って、観てて恥ずかしくならない?
A:
どうして?
B:
だってさあ、自分じゃない他人を演じるんだろ」なんていうかなあ、胡散臭い感じがするんだよ。
A:
その気持は分かる。歴史的にみても俳優はいつも社会の底辺に押しやられていたんだ。
B:
どういうこと?
A:
おまえ、確定申告、してるか?
B:
なんだよいきなり! してるよ毎年。自営業だからな。
A:
つまり税金をとられてるわけだろ?
B:
そうだよ。
A:
俳優に限らず、芸人は長い間、税金をとられなかったんだ。
B:
マジかよ! ラッキーじゃん。
A:
バカかおまえは! 税金をとられないってことは、人間扱いされてないってこと。
B:
そういう意味か。
A:
芸人に課税されるようになったのは明治八年。
B:
じゃあ江戸時代は? 歌舞伎が流行ってたんだろう?よく知らないけど、市川団十郎とか、〈千両役者〉とかなんとか呼ばれる有名な俳優がたくさんいたんじゃないのか。
A:
でも税金はとられなかった。生産活動に従事していなかったから、〈河原者〉と呼ばれていた。
B:
カワラモノ?
A:
河原ってところは、畑も耕せないだろ?無断で魚も獲れない。つまり、ヤクザとか女郎とか芸人とか、生産手段をもたない人たちは、みんな河原に集められた。そこから〈河原者〉とか〈河原乞食〉と呼ばれるようになった。
B:
ふ~ん。
A:
今でも歌舞伎役者は「河原乞食でございますから」とへりくだって言うことがある。
B:
肩身が狭いんだ。
A:
狭い。爆笑問題の田中の肩幅より狭い。
B:
どんな譬えだよ!
A:
アリとキリギリスの小さい方より、狭い。
B:
しつこいよ!
A:
歌舞伎でよく、ポーズがピタリと決まったときに、客席から「よッ、高麗屋!」とか「橘屋!」とか叫ぶのを聞いたことない?
B:
実際にはないけど、そういう習慣があるのは知ってる。
A:
あれは、江戸時代に士農工商のさらに下に置かれていた役者たちが商人と肩を並べられるようにという気持をこめて始まったんだ。
B:
歌舞伎って演劇のいちばん偉い人たちの世界だと思ってたけど、不遇の時代もあったのか。
A:
今は違うけどね。
B:
でも、やっぱり演劇って、なんか敷居が高いっていうか、照れ臭いっていうか、馴染めないんだよなあ。
A:
食わず嫌いなだけじゃないのか? 今までどんな芝居観たことある?
B:
……。
A:
なに黙ってるんだよ。
B:
芝居かどうか分かんないんだけどさ……ディズニー・ランドのショー。
A:
ほかには?
B:
劇団四季の「キャッツ」。
A:
それだけか。
B:
あと、小学校に来た劇団の人の「ブンナよ木から下りてこい」っていう、カエルの話。
A:
……なにも観ていないに等しいな。
B:
いきなり全面否定かよ! 仕方がないだろ、興味もないし、機会もなかったんだから。「ブンナ」はけっこう面白かった記憶があるよ。
A:
あれは確かによくできてる。でも演劇には、もっと大きな世界がある。
B:
そもそも演劇って、なんなの?
A:
それに答えるには……13時間20分かかる。
B:
なんでそんな中途半端な長さなんだよ!
A:
それくらい難しいってことだよ。
B:
説明できないんだろ?
A:
できる、とも言えるし、できない、とも言えるな。
B:
なんだよ、いつもは歯切れがいいのに、きょうは妙に威勢がないな。
A:
演劇って聞いて、まっさきになにをイメージする?
B:
そうだなあ……カツラ被って、化粧して、「ジョン」「なんだよメアリー」とかいって外国人の真似する芝居、かな。
A:
それは翻訳劇という演劇の一種だな。でもなかなかいいセン行ってるぜ。そもそも〈演劇〉という言葉が生まれたのは中国なんだけど、日本に輸入されたのは明治以降で、ヨーロッパの劇芸術をさす言葉として使われたのが始まりなんだ。
B:
おれもまんざらじゃないってわけか。
A:
のぼせ上がるな! このタワケモノが。頭が高い!
B:
遠山の金さんか、おまえは!
A:
でもそのうち〈演劇〉は歌舞伎をさすようになった。でも当時の歌舞伎は非道徳的な話が多くて、政府は音楽より下に見ていた。
B:
というと?
A:
音楽は、唱歌とかあるだろ、明治に早々と公教育に取入れられた。ところが演劇は無視された。今でも国立大学に音楽科はあっても演劇科はないだろ。
B:
そう言われてみれば聞いたことないな。
A:
演劇が、なんか胡散臭いものっていうイメージが今でもあるのは、公教育に課目として取り入れられなかったせいが大きい。
B:
たしかに学芸会くらいしかなかったよな。授業はなかった。
A:
フランスには17世紀から今でも続いているコメディ・フランセーズという劇団がある。そこの女優の台詞回しを覚えることが花嫁修業のひとつと言われているくらい、教育的効果が認められている。
B:
きちんとした喋り方を学ぶってこと?
A:
もちろんそれもあるけど、演劇を学ぶってことは、世界の秘密を知るってことなんだ。
B:
いきなり大風呂敷広げたな。
A:
あとで畳むよ。
B:
いいよ畳まなくても! 広げたいだけ広げろよ!
A:
きちんと畳んで、箪笥の二番目の引出しにしまうよ。
B:
意味のないボケはやめろ!
A:
玉三郎の芝居を観れば一目瞭然。
B:
やっと玉三郎さんの話に戻ったな。
A:
93年に『エリザベス』っていう芝居に主演した。
B:
エリザベス? どんな歌舞伎?
A:
歌舞伎なわけねえだろ! ストレート・プレイ、ふつうの翻訳劇だよ。
B:
で、どんな芝居?
A:
エリザベス二世号が沈没してディカプリオが…。
B:
『タイタニック』じゃねえか! たしかにエリザベス二世号っていう豪華客船はあるけど。
A:
エリザベス一世、シェイクスピアの頃のイングランドの女王だな、彼女がじつは男だったという話。
B:
なんだ、お笑いかよ。
A:
そうでもないんだ。在位期間が1558年から1603年。フランスやスペインなどの強国相手に40年以上も王位を守り、しかも独身を貫いた。
B:
独身?
A:
そう。だからいろいろな噂や学説がある。じつは男ではないかって。
B:
空想としては面白いけど、事実はどうなの?
A:
女だったと思うよ。でも〈エリザベス一世=男〉という見方で歴史を見ると、歴史が違った相貌のもとに現れてこないか?
B:
たしかにね。面白そう。
A:
そういうテーマで、フランシスコ・オルスというスペイン人が80年代に芝居を書いた。それをぼくが翻訳して、玉三郎がエリザベスを演じた。
B:
え? だって玉三郎って、歌舞伎でいつも女形を、つまり女役を演じている人だろ?
A:
そこなんだよ。いつもは女を演じている男である玉三郎が、じつは男だったという女王を演じるという芝居。
B:
頭がこんがらがってきた。
A:
玉三郎は実生活では男だ。でも歌舞伎では女を演じる。近松門左衛門という人に〈虚実皮膜〉という理論がある。「芸といふものは実と虚との皮膜の間にあるものなり。(中略)虚にして虚にあらず,実にして実にあらず。この間に慰みが有たものなり」。
B:
難しいな。
A:
つまり、実生活で男なんだから、玉三郎にとって男であることが〈実〉、歌舞伎で演じる女はいってみれば嘘、つまり〈虚〉だ。
B:
少し分かってきた。
A:
その玉三郎が、〈じつは男だけど女王として君臨している人〉を演じる。さあ、これはどこまでが〈実〉でどこからが〈虚〉か。
B:
なんだかめまいがしてきた……。
A:
それでいいんだよ。めまい、するだろ?〈実〉と〈虚〉の境界線のあいだにたゆたうものにこそ、芸の本質が、演劇の本質があるってこと。
B:
嘘か真か分からないところに面白味があるってことか。
A:
おまえにしちゃ物分かりがいいな。
B:
褒めるんならもっと嬉しくなるような褒め方してくれよ!
A:
『エリザベス』は第一回読売演劇大賞を受賞した。
B:
早く言ってくれよ。観たかったな。
A:
95年に再演された。
B:
なんで教えてくれないんだよ!
A:
人に教わるまえに嗅覚を鋭くして情報をキャッチしないと、いい芝居には巡り合えない。
B:
そんな殺生な。
A:
映画は客がいようがいまいが、スクリーンに映せばその世界は成立する。でも演劇は客がいなければ成立しない。客が多いか少ないか、俳優の体調、天候、いろんな条件で、同じ芝居でも全然ちがう雰囲気になるのが芝居の面白さ。
B:
それじゃ当たり外れも多いだろ。
A:
多い。そのかわり、〈当たり〉の芝居に出会えたときの喜びはたとえようもない。
B:
焦らさないで教えてくれよ。
A:
だったら teatrum mundi の「劇評」を読め。
B:
結局自分のホームページの宣伝かよ!
A:
アクセスカウンターないから、何人アクセスしてくれてるのか分かんないんだもん。感想、掲示板に書いてね。ヨ・ロ・シ・ク。
B:
いい加減にしろ!